「ダメだダメだダメだ……!死にたくない、そんなちゃちな理由で『ペルソナ』を覚醒されるなんて……つまんないし、格好良くないだろぅ?なぁ?」
燃え盛る黒い炎を囲む、キャンプファイヤーを思わせる空間で『彼』――『御影桐人』と同じ声が、御影桐人と炎を隔てた所で語りだす。
「貴様には、向き合うべき事柄、胸に隠している事柄、そんな
「………………ここは、ええと、どこ……おれは」
「――死にかけていた貴様をわざわざこの"ベルベットルーム"に連れてきてぇやったんだ。先ずは、感謝だろぅ?」
『彼』の嘲りが込められた声が低く響く。炎はいつしか薪をくべられたかのように燃え盛り、薪の水分が勢いよく弾け小気味良い音がする。しかし、その音は御影桐人にとっては気味の良いものではなかった。心の中の不穏が沸騰し弾けるようなざわめきだった
「――じゃあ、おれは、あの時……」
――死にかけた……それを言おうとしたとき、肝が冷えて何も言えやしなかった。
「ああ、そうさ――まぁ、ただで救う訳はない。"シャドウ"に黙ってペルソナに目覚めるのは勘弁な上、貴様にはして貰いたいことが有るから、なのは……薄々感づいてくれよ、な?」
――ぺるそな……?多分、とにかく、……何だろう、何故かおれはそれを"理解している"ような気がする。
そういえばおれは……あの紫髪であること以外はおれとうり二つの姿をした子に、「力が欲しい」と願った気がする。あの子はおれの意思に応えるって言っていた気がするし、その直後にあの自分と同じ声色をした男にここ……べるべっとるーむ?とやらに転移させられた。つまり――『ペルソナ』とは何らかの力なのか。それも、『理不尽を消す』程の大きな力。
――それを個人的な趣向らしきもので邪魔をした、彼は。
「……ありがとうございます。で、して貰いたいことって、なんですか。おれだから出来る事ですか。それとも偶々おれが選ばれたんですか」
「フフ……知っているくせに。貴様は今日、"巻き込まれた"わけじゃああるまいに。」
その言葉に悪寒を覚える。
――古城からこのキャンプファイヤーまで、桐人は得体のしれない引力に導かれていることは自覚していた。だから、それを嗜虐に満ちた笑みで言及する彼に最大限の警戒――半ば敵意を見せた。
「必然…………何故かここに呼ばれた事はともかく、あの古城に引き寄せられたのも、頭の中で響く謎の声、も。」
その時だった。桐人と『彼』を隔てる黒い炎が一瞬風にあおられたように揺らぐと、勢いが衰え小さくなる。その時桐人から見えた『彼』は、目を閉じ握りこぶしに顎を乗せ、神妙な顔で思案にふけっていた。そして自分が全く及ばないその美形に、少し心を痛めた。
とにかくデコを見せるためだけに掻きあげた左右バランスが少し歪な髪ではなく、つややかなワックスが黒を煌めかせる直毛のセンターパート。鼻や耳は痩せているのかと思うほど薄く小さく、自分は丸っこい顔をしているのに、彼はシャープなフェイスライン。自身が全く及ばないその美形に、桐人は少し心を痛めた。
「さて……答えくらいは貴様自身が決めるべきだろ?」
「じゃあ、必然、なんだ」
桐人が震えを隠せない声を投げかけると、『彼』は二重の目を緩やかに見開いた。それは蝶の羽ばたきを思わせる。両手で顎から目元までを覆い、悦んだ
「っ…――アンタ、おれにやってもらいたい事あるからここに呼んだんでしょ。なら、そろそろ要件言ってくださいよ。どうせ、おれは――」
「貴様、その口ぶりなら俺に生殺与奪ふくめいろいろ主導権を握られてるってぇ事理解できてるんだなぁ――なーら、あともう一時間は黙ってみようかなぁ?どう?」
「――いい加減にしてくれ」
桐人は見知らぬ脅威から身を守る幼子のように、炎の前で頭を抱えてうずくまる。
炎の前であるのに吹雪荒れる山の遭難者のごとく震える桐人を前にして、『彼』は一層悦に入る。。
「あー?そう言えば、古城の兵士に斬られた時もそうだが、死にたくない死にたくないってさぁ?貴様にとって一番の恐怖ってのは、"それ"だったか?」
「当たり前だ……当たり前だろ」
「じゃあ今現在の意思は、生き延びたいってぇことか?それ以外は二の次、ってなぁ感じか?」
「………無事に、元の平穏に帰りたい…」
「――だったらァッ!!」
「!!?」
突如響いたがなり声に、桐人は転げて切り株の椅子に背を打ち付けた。
「――貴様の理想は、ぜぇんぶ零れ落ちるだろう、なぁ?」
桐人は、黙ることしかできなかった。
「少なくとも、まだ貴様はイセカイの中でギリギリ自身を保っている。欲望を理性のフィルターでろ過した、その意思を第一として考える事が僅かに出来ている。貴様はただ生きているだけで満足できる人種じゃあないだろう?」
「……今はそんなこと、どうでもいい」《black》
《black》「ダメだダメだダメだ!違う違う!――"怪盗団"は、そんな弱音は吐かない」
しん、と激しく揺れていた炎が穏やかになった。
まるで懇願めいたその語気に、桐人は怯えるのをやめ『彼』の顔を再び覗く。『彼』のその顔は、多少の苦悶があった。
「………………かいとうだん?」
『彼』はため息をつく。それは憂いを帯びているような、感じがした。
「あぁ、怪盗団。貴様は彼らの生き様に触発されるべきだ」
彼の嗜虐に満ちた笑みは一瞬だけ消え、そこには寂しそうな憂い。桐人がイセカイに迷い込んでから見たものの中で、最も優しいもの。しかしそれは一瞬のこと。すぐさま表情は歪み狂った笑顔に。
「まぁ、そういうことだ。貴様がこの古城に入り込み、このベルベットルームに連れてこられたのは運命!――さぁ、なぁんにも変わりやしない、平穏な夢の日々は今日で終わりにして、ミニ・ゲームを始めよう。"貴様の意思"を賭けて。」
――ああ、その笑顔は正に、自分が総ての万象、それの手綱を握りしめているときに出るような、そんな笑顔だ。例えが上手い下手は置いておいて、これまでの短いなりの人生で最も気色の悪い"傲慢"だった。
だからおれは、このミニ・ゲームのプレイヤーにならざるを得ないのだろう。これは偶然じゃない。『彼』に仕組まれた運命なのだから。
「…おれの意思を賭けるなら、おれが勝ったあかつきにはおれの"意思"を叶えるってことなのか?」
「ああ、その通りだとも。"みーんな許される世界"、だったか?」
脳裏に浮かんだのは、二つの記憶。
あなただけは、許してあげて――その声と、坂本くんの苛立った顔だった。
おれの、諦めることは全く無いがそれと同じくらい叶いそうにもないと思う夢も。そして、今はやり直すことの出来ない人、やり直す機会を捨てた人にもチャンスを。
荒唐無稽な思想を願うなら、自由だ。そしてそんな思想を賭けるのも、自由だ。
「――じゃあ、やる」
「………掛ける意思は承った。――これより、ミニ・ゲームの開幕に取り掛かる。」
その気色の悪い笑顔を浮かべたまま、『彼』は指を鳴らす。すると椅子代わりの切り株と黒い大火以外にこれといったものが存在しない、周囲は星すら飲み込む漆黒が広がるキャンプファイヤーだったはずのこの場所に、いつの間にか『彼』の背後にその座高の2~3倍はありそうな、しかし横幅は言うほどな大きめの本棚が現れた……………いや、ミニ・ゲームの承諾と同時に存在している?不思議だ。どう見ても、て言うよりおれはこの本棚がいつ現れたのかこの目で知った筈なのに、その正しい情報が認知できない、正確だと、信じきれない。
色とりどりの背表紙、サイズ、それからわかるジャンルの多様さ。子供が上辺だけの片付けをした後のような、まとまりのない本棚から、隙間なく半分近くの本が勢いよく飛び出していった。それは黒い炎に消えていき、暫くは穏やかだったそれを激しく燃え滾らせた。
烈しく燃え上がった炎はまたおれ達の間を完全に隔てる。『彼』は徐に立ち上がってこちらの傍に歩み寄る。
その手に収まっていたのは、一冊の本。何処かで見たことのあるような背表紙。
彼はおれのすぐ隣にある切り株に座り、見せつけるように長い足を組む。その手にあった本を一度、じっくりと吟味した後にその本の表紙を見せつけてきた。………題名が書いてあるが、難しい英語で書かれていてチンプンカンプンだ。……………エフ、アール、エー、エヌケー……フランク、エン?ステイン…?
その本に描かれていたイラストを推測の頼りにしても、いまいちわからない。面長の男性のモノクロ写真一枚だけしか情報がなかったからだ。
「少し遅いような気もするんだが、ここでは"同士"たる俺の呼び名を決めようじゃあないか」
『彼』はその得体のしれない本をめくっていく。ろくに中を見ることもなくページをめくっていったもののその手は途中で静止した。ふむ、と考え込むように左手を顎に乗せ、吟味するよう目を見開いた。
「……………善し。じゃあ候補はこれら、だな」
両手で本を閉じる。もう要らなくなったのか、左手のスナップで勢いよく本を投げ捨てた。
投げ捨てられた本は………奇妙なことに、"もういらなくなった"という意思を宿したかのように、大火へと浮遊しながら導かれていく。そして炎に全身を隠したのち、薪がわりとなった。
「ひっ…………」
「なぁ?貴様にとって、俺の呼び名としては
《black》「フラン。」
「そう、フラン。」
「…ふらんっ?」
拍子抜けした声がでてしまう。
「なんなんだその稚拙な理解力は…鈍臭い………フラン、だ」
「え?フと、ラと、ン――?」
いやいやいやいや、なんだよ、あり得ないだろ、なんなんそのかわいらしい響きの名前はよ?
欧米のお嬢様の名前だろそれ。女の子につけるならまだしも、あの、傲慢で不遜な振る舞いをして、きしょい笑顔をして美形を台無しにして、いちいち所作と指遣いがねっとりしてるコイツの名前に、"フラン"?
勘弁してくれ、気持ち悪い。
「チェンジで。なんか嫌」
「あのなぁ、ココはそう言うことがまかり通る場所じゃねぇんだよ、なぁ……!ハァ…ガキ、駄々こね、我儘、ああもう。なら
さすがに失笑が漏れた。
健。どう見たって、健って言葉のイメージと何もあってない……
「チェンジしきれてないんだけど………なんでそんなに子供っぽい名前ばっか、セオドアでいいよもう」
「被っていると言っているだろう!――んん…貴様は"やはり"性根から傲慢だな」
お前が言うな。
「――ンん、ああもういい。貴様に呼んでもらう俺のプレイヤーネームは"フラン"だ。それ以外で呼んでも返答しないからな?………次はミニ・ゲームの概要を、決めるとしよう」
あ、それなら健がよかった…………
「先ずは、勝敗条件だ。と言っても負けはどう判断……いいや、どうするべきか……………そうだなぁ、ゲームオーバーは"貴様が全て捨てたい"と願った時でいいだろう――命は勿論、反逆も。」
歪んだ笑みで見下ろされる。背中に冷や汗が伝うのを感じる。
――おれが自分の死を願うなんて、あり得ないと思っている。いるんだけど、フランの笑みは確信めいた、それか必然めいたものだ。その条件を設定することでゲームが破綻するわけがない、むしろこれくらいが当然だ、と傲慢めいた信頼が、おれの確信を塗りつぶしていくのを感じる。
「――勝利…勝利条件は」
《black》「貴様が"怪盗団"として名声を勝ち取るか、覆された破滅の運命を覆すか。」
――――――は?『覆された破滅の運命を覆す』?
「なぁに惚け顔してるんだってぇの…!貴様が流れに干渉しなければ、この世は悪が打ち倒され、歪みが消えて大万歳だ。でも貴様は?それが嫌なんだろう?だから、覆された破滅の運命を覆さなきゃ、なぁ?」
「おれがこの世を歪ませるかのように言うな」
「事実、だぁろ?」
嬉々とした声色。その言葉も、あの傲慢めいた信頼を帯びている。
「ああそうだ。ゲームのプレイヤーには、多様な援助や機能が進捗に応じて配られていたな……まぁ、今考えるのは面倒だ。貴様がみせるその欲望に応じて
「支援?……その言い方なら、今欲しいと言ったらくれる、ってこと?」
《black》「無理、だ。欲望がちっとも感じれないなぁ」
やっぱりこいつ、なんかめんどくさい。
名前決めの時もそうだが、こちらの話、返事を求めてくるのにそれにはまともに取り合わない。
理由も偏屈だ。なんだよ、欲しいって言ってるのに欲しいって気持ちが感じれないって。めちゃくちゃだろ。脊髄反射で返答してるだろ。何もわからないんだよ。……ああ、もう何なんだほんとに――
「………覆された破滅の運命を覆せってなんだよ、そんな運命を切り拓くってベタな主人公みたいな力もないのに、どうやって」
「分からなくても問題は皆無、なんだよなぁ。しかるべき運命が導いてくれる筈だから――」
フランが仰々しく両手を漆黒の闇夜にむけて掲げる。
《black》「学校で興り!色彩に紛れる悪を見出し!カネにさえ執着しないその高潔な精神で!世直しと個人の救済を両立し!たとえ国家の謀略が阻もうとも国すら盗むっ!――怪盗団のこの一連ですら、運命に導かれたものだ」
御影桐人はただ、その劇場芝居がかったセリフを眺める。
放心はしていない。心当たりがあったからだ。『運命に導かれている』という。
「運命――ここからは言い換えて"神の愛"としよう、その神の愛は今、貴様に差し伸べられている。わかるだろう?もう三回も不可思議に出会っている。偶然なんて言えないことを貴様は認知している。だから何も心配なんていらない。貴様が……すぅぐメソメソする愚物じゃあなければの話だがな」
「まぁ、怪盗団はその神の愛を拒否して神さえ堕としたんだが、な」と少々引っかかるようにフランは言う。
「………………分かった。」
分かってなどいない。
御影桐人はそこまで要領のいい人間ではない。
ただ、それしか言えなかっただけだ。頭に響く声と、死の感触。悪い夢だと信じたかった場所で、うすうす本当に起こっていると感じながら、その上これらが紛れもない現実のものだと思い知らされた以上、どこまで馬鹿馬鹿しくても嘘と断定することなどできなかった。
《black》「なら、もういいだろう。粗方のルールは決めたんだ。俺は鳥瞰者として貴様の"ミニ・ゲーム"を鑑賞し、貴様次第では干渉する。さぁ、己が意思を賭け、神の愛に導かれ。覆された破滅の運命を覆せしてみろ」
「分かった」
さっきと同じ"分かった"だった。
「質問はあるか?何の事柄でもいい」
分かった。と出そうだったが、グッと喉元でこらえて忘れていた言葉を絞り出した。
「なんで、このミニ・ゲームを始めようと?」
「――この世界は愚民にあふれ、愉しめないからだ。"怪盗団"のほかにも娯楽はあって損はしないだろう、なぁ?」
やはり、フランは。
紫の髪をしたあの謎めいた子より、あの古城で出会った兵士に近い精神性を感じる。
残酷。その一点は特に似通っていた。
「じゃあ、もう質問はいいよ……」
「いや………………最後にもう一つ言わせろ」
「?」
フランが本棚を一瞥する。そしてすぐに元通りに向き直る。
なにも、起こらない………………瞬間、黒いノイズが手元を隠す。
何もない手元には、ノイズの後に一冊の本が。
左手でつかみ、手首のスナップで桐人に見せたその本のタイトルは――神曲。
……しっている。おれは、それを少しだけ知っている。確か、主人公が詩人で、この世の地獄巡りをして、最後は天国に行くものだと。
「その本が、どうし」
「"認知"だ」
は――
何度目だろうか。分かろうとはするが、やはりどうしても理解不能なモノには変な声が反射的に出る。
「認知。が、どうした」
「人が高みに至るには、特別な経験や突出した才能は特に必要ない。自身が紛れもない聖人だと当然の如く確信すれば、人を憎む凡愚でさえ至高天に達する。貴様も、自身を救世主だと認知すればどうだ?」
……思うわけないだろ。おれは、普通の学生だ。
「…無理」
《black》「そうか、ならせいぜい励め」
「………………最後の話、もう終わったなら……とっとと帰らせて」
その時。フランがおれを指し示し、それをひゅいっ、と左向き――炎の明かりが及ばない、漆黒の森のほうへと振る。
「……ッ」
一拍遅れて、青いノイズと共に浮遊感というべきか離人感というべきか、身体全体が風に揺蕩う感覚が走る。
「何……を、し」
ノイズは次第に明滅へと変じ、それに伴い揺蕩う感覚は更に軽やかさを増して、意識が薄れていく。
思考のノイズは視界にも侵食し、青と黒が激しく入れ替わる。
「あ―― う ん」
そして世界が青一色に染まり、自身が在る感覚さえ失った時。
自分は、裏路地に居た。
「――ンん……また、別のところに――」
そう思い左右上下を見渡すが、空は水色、軽い空気。紛れもない現実のモノ。
まさか。今度は歩を進め、裏路地から出る。――そこには、生徒たちが駄弁り賑わいの声が聞こえる、何の変哲もない秀仁学園だった。異世界の要素なんて、何一つない現実だった。