「ねぇ、じゃあ日下部センパイ、センパイって、この世の流れを決める運命とかってあると思います?」
「ん、御影、そういう胡散臭い勧誘には、中国人のフリしてイーシャオリンチーって威嚇すれば寄ってこないぞ」
「おれは勧誘されてないです……」
「俺を勧誘しに来たの?早いこと手、切れよそんなの」
「ああ、もう、へんな宗教関連じゃないです、ただ単にセンパイが運命を信じてるかどうかってことです!」
「この世の運命ってもう響きがもうなんかヤバいじゃんか、おおう、自分で言ったら鳥肌立ってきた」
あの不可思議な世界から脱出したのち、一夜明けて4月14日。どうしてもこの経験を誰かに相談したくて仕方ないがこの通りまだ一番話を聞いてくれる(当社比ならぬ御影比ではあるけど)日下部センパイはやはり、なんか…どこか小馬鹿にしたかの軽い返しをしてくる。
「鳥肌が立つ理由って驚きとか、恐怖が一番の原因なんっすよ。つまりセンパイは、この学校に染みついてるあのおどろおどろしい古城の残り香?みたいなものを感じ取ったんですよ」
「やば、えぐち、陰謀論っぽいやん」
あ、もうだめだ、こうなってしまうと話をマトモに聴いてなんちゃあくれない。理解度が一気に半減してしまってるからこういう風になんとなーく雰囲気で合わせに行った返答が帰ってくるんだ。
「なぁんかまるでおれが与太話話してるかのようにしてますけど、本当ですからね!――ああ、こんなんで、おれって運命に導かれてるのかなぁ……」
「とりあえず五月の終わりくらいにその話もう一度してほしいな。ほら、御影もまだ全然分かってないじゃん?その古城とか、キャンプファイヤーとか。後……くつがえされたはめつの運命をくつがえせって……うおおっ?!」
もう春だというのに、センパイは真冬でもそうそう見られないほど、それこそバイブのように残像がブレるほど凄まじく震えた。
はぁ……おれ、怪談代わりの涼みネタを提供する気はありませんよ、センパイ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えー、昨日は少年法について色々と取り組んでもらいましたが、今日は……」
昨日の球技大会から疲れが来ているのか、今日、辺りの生徒は殆どが寝るか隣とヒソヒソ駄弁っているかの2通りだった。かくいうおれも、あの古城やらキャンプファイヤーのせいで気分が重い。
しかも現在の授業はうつらうつらでもある程度解けるほど得意な国語でもなく、(一学年の頃は)予習復習よく履修、欠かさずサボらず書き写す事を常に心がけているのにもかかわらず赤点を取るのでもう諦めかけている理数系でもなく、『公民』ときた。あー……やっぱ昨日の発表のせいか、なんか視線感じる。期待とか、嘲笑とかの…だるいなぁ。
――あいつ、昨日坂本や"あの"転校生と一緒だったんだぜ
――え~っ、なんか怪しくねー?あいつのことだから、二人をえこ贔屓してるだろうし
――どっちも悪者やから、良からぬことを考えてるかもしれないぜ
……なぁんで本人が聞こえかねない場所で陰口してるんですかね、あの人たち。前方に居れば、最後列のおれには聞こえないとでも勘違いしてさぁ、ああ……別の意味でだるくなってきた。おれは"依怙"贔屓なんてする人間じゃないから。悪いヤツだったらどれだけ貶しても良い訳がない、やり直しの機械くらいは与えられてもいいって考えてる人間なんだから、むしろ公平無私って言葉が一番ふさわしいでしょ。
こちらをチラチラ見つつ小悪党めいた笑みで影口を交し合う前方の二人を、不機嫌な顔をして上目遣いで睨む。そうするとチラ見してきたやつは反射的に顔を引っ込めて、あからさまに声を抑えて話題を切り替えた。
――そういえば―三島――――鴨志田――られたってさ
――坂本――――――ほんとやばくね~――転校生も――――だし
「………………ん」
そういえば、うん、そういえば。『鴨志田』についてだが――
古城でおれがあの衛兵に斬りつけられて、殺されかけたあの時。おぼろげな記憶ではあるものの、衛兵の口から"鴨志田様"と発せられた覚えがある。いや、ああ……球技大会で何度も鴨志田、鴨志田さんとキャーキャーした黄色い歓声のシャワーを喜んで浴びていたのがうっとおしいと強く印象にあったのと、あの時は頭の中にノイズのような声が幾度も響いて、自我も"ぶれていた"のでもしかしたらその記憶も捏造された、もしくは記憶が"組み替えられた"ようなことが起きているのかもしれない。
いや、でも。鴨志田に対しての敬語は聞き慣れているが、『様』付けするほどのものは全く聞いたことがない。
あんなおどろおどろしい古城で、それも実に屈強な――鴨志田が貧弱な細身に見えるほど恰幅の良い衛兵が、鴨志田に対してへりくだっている……そう、つまりあの異世界でも"鴨志田"がいるって仮定をして。
あの古城と秀仁の関係性は断定できるほど明確な共通点なんてないが、バレーボール部の一部は鴨志田のパシリくらいの存在、まあ言いなりになっている、って噂があるのを考えると、あのいかにも忠義ばかりアタマに詰め込んでそうな兵士はまさにバレーボール部員の現れであるかもしれない。
それに学校と城(というか、中世の一国)の大雑把な階級、階層はかなり似通っている。いかに優れていても、生徒会長以上の役はないのと資金力以外に戦で功績を挙げなければならないので上位の階級に座ることは不可能に近い生徒と一般市民。『ある程度の場所とそこに在る人』を管理する権限を上役から与えられ、かといって上役にこびへつらう必要はそこまでなく、自力で上り詰めればその上役にすら意見を唱えることができる教師、教諭と諸侯。そして最後にこれらを束ね、細かく調整を刻む校長、教頭と国王。
もし、この理屈から秀仁=古城だった、古城には秀仁の鴨志田と似たような鴨志田がいるとして。――多分、あの古城は、"誇張された秀仁"なのではないか。
鴨志田はかつて陸上部の顧問をしていたことがある。そこで自身に逆らい、歯向かう坂本とやりあって彼の足を壊した、と言うのが坂本を貶す語り草となっている。教師の姿かと疑いたくなるほど情けないが、今ではバレーの顧問に専念してからは"表向きだけは"矯正し皆に拡散されるほどの悪事は起こさないようになっている。無論、隠れてやっている悪事に体罰めいたハードな指導はあるだろうが。
しかし表向きの矯正すら嘘であり、今でも坂本の足を壊したようにすぐ逆上する幼稚な精神性のままだったら?
――衛兵がおれに"脱走者"と言って殺しにかかったのを鑑みれば、バレー部の中で互いに出欠のチェックをさせ、所謂ずる休みをする部員を炙り出して制裁めいた指導なんかは現実でもうしているのかもしれない。
だとしたら、これは由々しき事態だ。誇張された世界とはいえ、鴨志田が命じていることは人殺し。しかも、自身が管理しているバレー部、かつて管理し自身で廃部に追い込んだ陸上部の人間だけを対象にしているのではなく、どこの部活にも所属していない一般風紀委員で接点がほぼ皆無なおれまで当然のように管理している体だった、あれは。体育教師として関わった人間も、バレー部員と同じ扱いにされてしまうのならば、解決しなければならない。そんな不利益は、取り除かなければならない。
――この一連の考察をひらめいた昨日から、『運命、いや神の愛に導かれている。』このフレーズが頭で反響する。
この事態を解決しようとするには、おれは、どうするべきなのか。昨日、古城に入った時のように運命に身を任せておけばいいのか。自分で運命を覆しに行かなければならないのか。そもそも、この体罰事件の解決方法なんてあるのか?古城にて、多分すぐ手を出すであろう鴨志田を撮影してこっそり広めることも一瞬よぎってはいたが、バレー部員があんな兵士の姿に割り振られている以上あいつはバケモノ諸侯かなんかになってるだろうし、そんなやつを撮っても誰も鴨志田とは思いやしない。説得は、ハナから無理。
完全なる八方塞がりだった。いや、策が見えていたとしても、あの古城に再度侵入するのは絶対躊躇っていたからなにも変わらないだろう。
……いつの間にか、授業の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。それは曖昧で惑う思考を断ち切るようなものだった。
理不尽に関わりたくないと思いながら道の先には理不尽が待っていて、それを憂うことしかできないおれ。
――あの時元の平穏に帰ることを願ったおれの意思が、やっと理解しきれた。そして今、やっとそれを理解するのは、遅すぎた。
「先の理不尽ばっか見えて、対処や回避はなんで見えないんだよ……」
既定の運命だの導かれただの勝手に納得しミニ・ゲームを拒否しようとは一切考えていなかった自分の短慮を、少し後悔した。
取りあえず、今日はかえろう。――フランの言うとおり、運命に導かれているならば、多分、きっと打開策はやって来る筈だ。
両腕両肩におもりがのしかかっている様な不自由を感じながら、荷物をバッグの中へ詰めていく。入れていくうちにそのバッグが今は到底持ち上げられなさそうな気がしたので、中に入れていた教材を置き勉だと心で言い訳をして机の上に戻していく。
結局、バッグの中には筆箱と貴重品類だけになってしまった。重力によってへこむそれは、ひどく痩せこけて見えた。
軽いバッグを片手で持ち教室を後にする。右に曲がって、階段のほうを見据える。
――二人の男女が憔悴していた。
「イヤイヤ言っても、仕方ないだろ……!」
男子のほうは今にも地団太を踏みそうだった。
2人とも、青ざめた深刻な顔をしていた。特に女子のほうは、酷く怯え、両手で肩を抱いて、どこか小さく見えた。
「…………私、嫌だよ、行きたくない……」
女子のほうは、震えに震え、今にも崩れ落ちそうな不安定さだった。
「でも、そう言われたんだよ、鴨志田先生に!連れて来いって…!」
彼らに向かって歩く?足を引きずる?……一応、近づく。
止めなきゃ。喧嘩なら。片方は酷くおびえているし、おれは風紀委員だし。
「…俺、ちゃんと伝えたからね!」
「ねぇ」
声を荒げる男子に後ろから呼び止める。
「彼女、止めてほしそうだから止めてもらえない?マジで。うん、ああ、一応おれ風紀委員だし、大声は迷惑だしね」
男子は何も言わずに立ち去った。おれが制止したからじゃない、既に伝えるべきことはすべて伝えたから。
「……じゃ、君も早く帰りな」
壁に背を預け、震える事すらできずに身をただ抱いている女子に適当な言葉を投げかけておく。
その姿と目で、気づいた。この子はさっきの会話で恐怖しているわけじゃないが、会話のせいで内から抑えることも言葉にもできない恐怖が湧いているのだと。
鴨志田が、女子を呼んで、呼ばれた側は恐怖している。
……君は。
"この先に何が起こるか知っているんだね"、羨ましい。
――それは半分だけ合っていた。『半分』だけというのは、彼女はこの先自分に降りかかる運命を知っていた、という部分だ。
彼女、"そのとき"初めて名前を知ったのだが、鈴井志保は、先の運命を知っているからこそ恐怖の中でも一歩足を踏み出す選択ができる人間だったのだ。
――そのもう半分は、結局彼女の踏み出したそれは選択とは到底言えるモノではなかった、羨むものではないという部分だ。
彼女は次に出会う運命に対して、恐れに恐れ、思考が絡み纏わり縺れさせ連鎖して無限に続いてどうしようもないから、受容も拒否でもなく放棄したのだ。
そう、自身を捨てる選択をすれば、もう二度と選択に迫られることはない。
屋上からの飛び降りは、まさにそれだった。