「姫―!!」
「離れろ下郎がッ!!」
次々に叫びながら古城の正門から現れたのは、あの兵士たちだった。
しかも、全速力でこちらに駆けてくるのが、3人。御影桐人の脳裏に恐ろしい"アレ"がリフレインされる。
「ちょっ、あ、きゃああああ!!!」
すぐそばの女子は怖さで足が内側に曲がっていて、とてもアレらをどうこうできない。
死ぬ。このままじゃ、二人まとめてやられる運命――
――違う!!
え――あ――この声は
……諦めたら、ダメなの!
――これは、聞いたことのある、古城で聞いた、紫髪でも、"フラン"でもない、あの声。
――おれは、
――御影桐人はその女子の手を強引に取り、隠れやり過ごすアテもないままただ兵士から逃げ出した。
「くっ、貴様――」
「待てぇ!姫を放せッ!」
人間、死を間近に感じ取り、それを避けようとするときにはものすごい力が湧き出るらしく、フィジカルで圧倒的に劣るはずの、しかも人の手を引いているハンデまで背負っている桐人が、兵士との間の差を徐々に開けていく。
まさか、もう『運命を覆す』のか?それは予想外……フフフ
「ッ、痛っ――!ねぇ離して!あ、いややっぱ離さないで!」
うるさい、どこもかしこもうるさい、ああくそっ、逃げなければ、いや、隠れなきゃ……
いや逃げるべきだったの、手を引くべきだったの?これは選択を間違えた?
これも運命、神の愛?なんで、どうしておれが、こんな目に――
君に"逃げ"は相応しくない。"選ぶべき"なんだ。
「!?!――ぐ、アッ!…?」
突如響く声。紫髪の声。痛みが、つらい、足がもう、走れ、なく――
?急にどうした貴様。逃げて逃げて逃げまくるんじゃあ、ないのか?
「ねぇ!――えっ、ちょ、大丈夫!?頭痛いの!?」
母も"君"も、君が向き合うことこそ望めど、ただ逃げを重ねることは望んでなんかいない。だから僕はその意思も汲もう。君が、選ばない限りは。
黙れ、邪魔、逃げたい、逃げて逃がさせろ――――ッ
さぁ、ならば君の意思を教えてくれ。以前と変わった今の君は、どのような意思に満ちている?僕は、君の望んだカタチに。
――ッ黙れ!!
見えない何かを断ち切るように桐人は手を薙いだ。あの語りかけてくる声をはじめ、鈍い痛み、足のすくみも幻が如く消え去る。
そして、再び走り出すが
「貴様ぁ!!」
兵士の一人が、胴ほどある巨大な盾で桐人を押しつぶした。元々の体格差に加えて不意を突かれた形なため、受け身の一つも取れないまま地面に強く胸を打ち付けた。
「あ――は、ぐ――おぇ、」
人体内部の空気をすべて吐きつくして、新たな空気を取り込むこともできないまま機能が失われていって、視界は一足先に真っ暗になった。
意識がなくなるほんの猶予、最後に桐人が感じ取れたものは、徐々に離れていく拒絶の叫び声だけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ねぇ、こうすれば は許されるのよ?
は?だったら何?別に俺、そんな許す許されないの話はしてないけど。
なんで?許してもらえるんだよ?罰を受けなくてもいいんだよ?あのね、悪人だからって必ずしも報いを受けるなんて――
あのねぇ、そういう問題じゃないんだよ、俺はもう、あいつをマトモな人間だなんて思ってないし。はぁ……いい加減、君は目を覚ましてくれないかな。
――え 待って、まって!いかないで!そんな……諦めたら、ダメなの!
私たちにしか を許してあげられないのよ!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
拭い難い過去の断片が君の道を切り開き、選ぶ意思を形作るなら。
ほんの少しだけ。ここで。
――――ッ!……っ、うう……
目が覚める。
ここは……古城の中。結局おれは、兵士に気絶させられココに連れてこられたのか……
それに、肩が痛い。手錠を付けられ、バンザイの姿勢のまま磔にさせられていた。
「鎧、勝手に触ったのは謝るから!」
突然上がった悲鳴めいた声に、反射的に振り向く。
そこでは✕字の柱に両手両足を固定され、兵士に剣先を向けられながら必死にもがくあのツインテールの女子だった。
「このお方……本当に姫なのか?」
「やはり、違うのではないか?本物はこんな粗野ではなかろう」
疑念が深まるのと併せて、剣先はさらにあの女子の傍に向けられて。
……まずい、これじゃあ二人とも、やられる。逃げないと、あ、いや、逃げれない
――せめて、少しだけでも――
「……おっ、おい雑兵ども!『あのお方』の許しなく姫に触ったら、どうなるか知らないのか!?」
…心臓が引き締まる。汗が伝う感覚がする。あれだ。居眠りしてる最中に先生にテキストの問いを投げかけられて、起立して皆の注目を一手に引き受けながら、緊張の中分かるはずのない答えを探しているときのアレ。
…『姫』なんだから、『あのお方』ではなく『王様』のほうがよかったのでは?あ、まずい、しくじった。それに、前こいつらは『鴨志田様』と言ってもいたのに、やり直しは利かないのに、
「…………」
「貴様……」
兵士が女子に突き出していた剣を引っ込め、鎧がこすれる重厚な音をたてながらこちらに向かってくる。
「貴様、ただの脱走者の分際で何を知っているというのだ?」
「……連絡では、この顔の脱走者は処刑済みとの連絡があったのだが……一体こいつは」
剣が、突き立てられる。あの女子に向けられたのよりさらに、手前へ、顎に押し付けられて、若干の痛みがする。肌が切れている。
「…………"生徒"に手出ししたら、校長が黙っていないだろ?だからさ、上の人を待って、それから……」
これは推論によるアドリブ。この古城が秀仁と似た仕組みであることから導き出される、現状最も効果的な言い訳。だが。
「校長?校長……なんだそれは!この城の主は鴨志田様!そのような者は知らん!」
兵士は不自然なほどいきり立つ。顎に接していた剣先を下に振りぬいて、学生服のボタンがいくつか飛び散り、下に着ていたシャツが引き裂かれた。その下にある薄皮も、裂けた。
――え、なんで?古城は学園と同じじゃ?そんなのって、どうしたら――
「だっだからっ!鴨志田先生の上に校長先生がいて……!」
「痴れ事を――」
「ほんとに何なの!?マジで警察呼ぶからッ!!」
「姫……?」
絶体絶命の中でツインテール女子の一声が、兵士の困惑といった一分の隙を生み出す。
ごく僅かなそれ、しかしそれが無くなったならば、おれは、おれ達は――
「あっ!あそこに鴨志田様!」
考える時間もなく、直感に頼る形で次へ紡がれた可能性は、これだった。
「なっ……鴨志田様!」
兵士が振り返るが、当然嘘っぱち、鴨志田先生なんているわけがない。
すぐにこちらの元へ振り返って、小刻みに震える手、膨張して鎧からはみ出んばかりの筋肉。仮面をかぶって表情を隠していても理解できる怒りでこちらに向かって剣を叩きつけようした――
が、その時だった。一瞬にも満たない助け泥舟は、何度も訪れる。
「そいつらが、侵入者か」
気高き赤と気品のある白毛でつくられた、首下から膝元まで隠す物語の王様めいた長い外套。
金一色、宝石なんて付いてなく平面的でショボいが、その金色だけは何にも例えがたい高貴な王冠。
そして、そんな着飾っている中、マントからはみ出るふくらはぎは、ほどほど立派な筋肉と薄っすらしわ付いた皮、そして無秩序に生え散らかしたすね毛と気色悪さを覚える構成だった。少なくとも外套や王冠までつられてみすぼらしく見える程度には、気持ち悪かった。
そしてその顔は、よくよく見おぼえがあった。
「アンタ、鴨志田……?」
体育教師兼バレーボール部顧問、鴨志田卓……。
その異様な風体に驚くのもつかの間、王様コスプレのような恰好をした鴨志田先生の背後から、ネコ耳カチューシャを付けた真っピンクな水着の女子が飛び出た。
また、衝撃が駆け巡る。なぜか……その水着の女子は……隣で×字の磔にされているツインテール女子と、まったく同じ顔、肌色だったからだ。
なんで?本物の鴨志田がコスプレしているのも大概だが、同じ人物が二人?
ドッペルゲンガーという概念は少しばかり理解している。だが、これは……そうじゃない。磔にされている方は信じられないような顔をしているが、水着の方はそれを全く意に介していない、ていうか呆れていた。
「誰……そいつ……?てかここ何?なんで学校がこんなになってんの?」
磔にされている方のツインテール女子がそのおかしな格好をした鴨志田先生に対して問う。
鴨志田先生はその問いにわずかに反応したかと思えば、その女子が磔から逃れようともがく姿を舐め回すように、との言葉がこれ以上なく当てはまる程吟味し、
「こんなのを、俺のアンと間違えるとはな」
兵士たちに、いや多分おれたちにも"知らしめるよう"に言い放ち、へっへっへっと今まで誰の前でも見せたことのない下卑た笑みをする。
固唾をのんだ。恐怖というか、思ってもいない人の裏面は、こんなものなのか……?
×字の磔のほうを向く。その女子は先ほどまで必死にもがいていた気力が嘘のように消えていて、ただ早く、過呼吸気味に息を吸っているだけだった。
「……怯えてるのか?」
「その格好……正気?」
「いいんだよ。ここは俺様の城……欲望の世界なんだからな」
「欲望の、世界だと……?」
「そのまんまだろ?これが、俺様の望んだ世界」
そのまんま、だって……それじゃ、こんな、えっと、こういうのは、こういうピンクは……えーと、これが、鴨志田先生の本性……
「何それ!?こんなの、フーゾクってやつ……でしょ!?」
「…………ッ、………くっ、ぷ…」
やばい、ちょっと待って、シリアス雰囲気の中でド下ネタ止めて、ねぇ
「おいそこ……俺様の城に侵入しておいてヘラヘラ笑いやがって、気に食わねぇヤツだなぁ……」
瞬間、兵士たちは手に持つ両刃剣を、こちらに突き刺す勢いで向ける。
……死ぬかと思った。鴨志田の言葉にビビって顔を引いていなければ、多分刺さっていたかもしれない。
「…………ごめんなさい。」
「申し訳ございません、ではないのか?」
「……………………………………」
………………
「貴様!」
「鴨志田様に詫びろ!」
兵士たちがいっそう剣を突き立ててくる。顎下の肉がチクリとした。
「シャレになってないっての!ふざけんな、鴨志田!」
若干、兵士の意識が磔にされている女子の方へ向いた。
あくまで反抗し続けるその姿に鴨志田は嘆息を吐き、その女子とうり二つの、ネコ耳カチューシャを付けた水着のツインテール女子に言葉をかける。
「俺様に意見してるぞ?どう思う?」
そう問われた水着ツインテール女子は、くねくねフニャフニャしながら蕩けるような声で、
「くちごたえ、なんて……ゆるしちゃ、だめです……」と。頬をひどく赤く、それこそ照れていた。
「………ッ、鴨志田…!」
「…っ……………気持ち悪、」
「じゃあ、処刑だな。……どうやって遊ぼうかなぁ?バラバラにしちゃおうかなぁ?」
嗜虐心が鴨志田の体を震わせていく。こいつも芋虫みたくくねくねし、外套のすきまからピンクのブーメランパンツをチラチラのぞかせながら、まるで人に嫌われたくなくていっつも他人の顔色、言動を伺う半ぼっちめいた所作で隣にいる水着ツインテール女子をチラチラと視姦する。
「マジなの……?」
磔にされているツインテール女子は、まるでもう、恐れさえ消えていて、四肢の力を抜いてうつむいていた。
その時だった。バンッ!とけたたましい音とともに扉が蹴破られ、中に3人……3"人"?の影が入ってきた。
「高巻!」
髑髏マスクで腿のほうに薬莢を巻き付けているならず者コーデの金髪が、いの一番に駆け付け三人の中で最前線に立つ。
あれ?これ、この顔ライン、金髪、これって……隣に立つ白黒マスクの凛々しいラインの顔をした、ロングコートのパーマ男も、なんか……あのネコキャラは知らんけど……
「これからお楽しみって時に……何回来るんだよ、グチグチ文句か?めんどくせぇ」
鴨志田がわざとらしく肩をすくめて、磔にされているツインテール女子……髑髏金髪曰く『高巻』、を汚らしいしょんべんゴールド風の金目で睨みつける。
「どうせお前も、そこの族どもと同じだろぉ?俺様に文句があってきたんだよなぁ?……けど、ああ……えっとなぁ、名前忘れたけど、あいつ飛び降りたのお前のせいだぞ」
「………………え?」
鈴井さん、鈴井さんだ。
彼女が飛び降りをした理由が、高巻さんのせい?なのか?
「お前が相手してくれないから、代わりにしてもらったんだよ」
…………………………
鴨志田の、悪事の理由。この欲望の世界とやらの風景を見れば、"してもらった"事は大体わかる。決して一般では許されることなんてない、悪事。かなり、とは言わないがそこそこの量刑になる罪。それを、やった理由は、自己中心…的であるとみてもいい、それをわざわざ、なんでか、やった、理由が、やった、理由は。
悪事を、やった、理由が、ある
「ふざけないでっ!!」
!――金切り声の混じった高巻さんの声がこだまする。しびれを切らしたのか、金色の兜、鎧をまとったほかより一層恰幅の良い兵士が、盾と両刃剣を携え磔にされている高巻さんに刃を突きつける。それに呼応するよう、最初からいた兵士たちがそれぞれ高巻さんの首元で刃を交差させる。
「てめぇっ!!」
「おっと!――それ以上動いたら即、殺す」
激昂した金髪髑髏が駆け寄ろうとしたが、鴨志田の一言で出鼻をくじかれ、元の位置へと後退せざるを得なかった。
「フフフ……これからの解体ショー、まずはどうしよっかなぁ……そうだなぁ、服からバラしちゃおうかなぁ」
最早下卑た笑み、なんて言葉では到底表しきれない。まるで三十越えの赤ん坊が見せる穢れた無邪気の顔で、高巻さんを求めようとする鴨志田。
「やだせぇんせぇ……どエロすぎぃ!」
「おい!高巻ぃ!」
金色鎧がさらに近づく。どうしようもない。高巻さんの状況が非常に悪化していても、救援に駆け付けた彼らが一歩も動けない時点で磔にされている自分に出来る事なんて一つもない。
あるんじゃあ無いか?あいつを貶せば意識くらいは逸らせるんじゃあないのか?ほら……所詮一般学生どまりしか好きにできやしない裸の王様!…ってぇ、言ってみないか?
――ダメ、だ。今鴨志田のテンションは最高潮になろうとしている。捕らえ、辱めているヤツに恨みを吐かれるのと、興が削がれるのの苛立ちなんて、比較できない。死ぬ、殺される。それに……
なっさけない。――あの『スカル』をよぉく見てみろ。ほらまた…進めばあの少女はヤラレルってぇのに、どうしても助けた過ぎて、ちょっぴりずつ爪先で進んでるじゃあないかっ!――くうぅぅっ、堪んないよ、なぁ!
「はは、は……これさ、天罰なのかな、私が志保を……」
高巻さんの目に、涙が潤む。
「最初からそういう顔してればいいんだよ」
鴨志田が達成感を含む小さな笑顔を見せる。
………………罰なんて。まだ誰に憎まれてるわけでもないのに。
私のせいって、思い悩まなくてもいいはずなのに。
「志保……ゴメン……」
――罪なんて、罰なんて………………
君の持論に乗っ取って、それを言うならばあのスポーツマンは許されるべきだよね。
いいや違う!己が罰に抗い、それを押し付けろ――それこそが、最上の反逆だ!
「そんなのって………………おれは………」
「また言いなりか?」
―――――!
その場の皆が、沈黙して声の主のほうへ振り向く。
それを言ったのは、あの白黒マスクの、ジェントルマンが真冬に着こなしてそうなロングコートでパーマの男子。
ただ一言だった。別にそれがあったからって、この磔にされて人質になっている状況はちっとも好転しないし、鴨志田の怒りを買って見せしめの残酷さに拍車がかかるわけでもない、そう、ただの気休めな助言。そう、そのはずなのに。
「…………そんなのやだ」
一瞬、空気がジリ、と熱される。
「……どうかしてた。こんなクズの言いなりなんて――!」
高巻さんの足元で、青い何かが沸き立った。
「だからよぉ、奴隷はおとなしく……」
「うるさいっ!!――もうね、マジでむかつきすぎて…どうにかなっちゃいそうよ!」
来るぞ!おい、刮目しろ!
――フラン……?
フランが騒いだその一拍後。
突然、高巻さんの頭が跳ねるように起き上がった。手枷足枷を壊さんとしているのか、激しくもがき苦痛に身をよじらせる。さっき足元で見えていた何か――蒼い炎が彼女を囲う。
とうとうストレスで自棄になった?いや、違う。あの言葉で反抗する気概を取り戻した?少しだけ違うんだよなぁ。
あれは――おれと同じで、意思によって自分が望むカタチを得る最中。ヒドい人間ではあるが、貴様と違って『それでも』と唱えれる強い心が齎す秘跡。
「聞こえるよ……カルメン」
まるでそれが契約の締結であることを示すように、蒼い炎は彼女の顔、その上半分を覆い隠すネコ科動物らしき面に形を変える。炎の一部は手枷にまとわりつき、ドロドロに溶かして彼女の腕を自由にさせる。
「わかった、もう我慢しない……」
いつの間にか両脚の枷も溶けきっており、高巻さんは両足で大地を踏みしめる。そして、仮面に手をかけ、細い足に万力の力を籠め踏ん張り、
仮面の奥に秘めた激情を解き放つ――!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
高巻さんがその仮面を引っぺがした瞬間、強烈な閃光と熱風が辺りを真っ白に染め上げ、周りにいた全員の視界を潰した。
数秒経ったか。こちらを襲う熱気は立ち消え、閃光も弱まり、兵士やあの三人衆、おれも光の出どころである彼女のほうへと振り向いた。
その恰好は……みな一瞬だけカッコイイと思った。ボディラインが強調された深紅のボディスーツに、銀ラインとしてアクセントになるチャックは正に海外作品のアクション・ヒロインそのものだ。だけど…
チャックだだっ
金髪髑髏と紳士パーマは彼女の変身?に目を輝かせているが……エロ志田と、ネコキャラが……?え?ネコキャラのくせに?――とにかく、その二人は別のほうに目を輝かせていた。
そして、彼女の背後には巨大な人型が。ハート頭でハート目の、男性スーツを着用した人?象徴?を足蹴にし、深い赤と黒で薔薇の花弁のように構成された巨大なスカート、彼女のスーツと似たような、ボディラインを強調し胸元を全開にした煽情的なボディスーツを着用し、物語のギャングめいた太い葉巻を吸う女性が、いた。
兵士が突然現れた『それ』に目を奪われているうちに、高巻さんがその胸元まで距離を詰め、柔軟の利いた蹴り上げで剣をその手から弾き飛ばす。間髪入れず軽やかな跳躍、最高到達点でその剣を掴み、自分とうり二つの姿をした水着人形を両断せしめた。
彼女が顔を上げる。その獰猛な視線を向けられた鴨志田からは、脂汗が浮かんでいた。
「私、アンタなんかが好きにできるほど、安い女じゃないから!」
鴨志田に向け、悠然と前に出る高巻さん。金色鎧を含んだ三人の兵士が、慌てて二人の間を遮り――黒く溶けた。2つの黒い溜まりと大きな一つが、混ざり合って巨大な孔のようになり――怒声と共一匹の巨大な老境の悪魔……浮遊する洋式便所に座った悪魔が顕現した。
「鴨志田様の愛情を受け入れぬ小娘め……死んで詫びろ!」
それでも、彼女らは一片の恐れも見せない。ついさっき変身したばかりの高巻さんを先頭に、あの三人衆もそれぞれポジションを取って戦闘態勢をとる。
「女を欲望のはけ口としか見てないクズに、言われたくないっての!好きにやらせてもらうから――行くよ!カルメンっ!!」
――いきなりの先制。
"カルメン"が、どこからともなく火炎を放ち、便所悪魔の身を焼き焦がす。効果
――その隙を逃す一団じゃない。悪魔の四方を取り囲み、それぞれが銃(一人はパチンコだが)を突きつけて完全に抵抗の機会を奪い、一斉に襲い掛かる――!
斬る。叩く。断つ。打つ。一切の反撃も許さぬままの総攻撃が完全に決まるが……相手もその巨躯に見合った強敵、憔悴こそ現れているが、また元と同じく浮遊した。
「吾輩の威を見せてやる!ゾロ!」
あのネコキャラも何やら力を籠め――巨男の人影――ゾロ、と呼んだようなそれを顕現させる。ザ、紳士な、上半身に対し下半身が貧弱すぎるそれは、かまいたちめいた風を差し向けて、悪魔に追撃。しかし通りが悪く、あの"カルメン"がやって見せたようなことにはならなかった。
金髪髑髏も二人に倣い、力を籠め、
「来いっ、ペルソナぁ!」
船をサーフィンの如く乗りこなす骸骨船長を顕現。……あれは、ペルソナ――あ……フランが言ってたのは、『これ』か――!
彼はその船に乗り込み、船首に足を乗せてあの悪魔を指差し、豪快に突進――するも、呆気なくかわされ背後の太い柱をバラバラに砕くのみだった。
「何やってんだよスカル……」
「……よし、先ずはひ弱そうな貴様からだ!」
ネコキャラが呆れながらも、躱した勢いが儘に突撃してくる悪魔の迎撃に備えた――その時、今まで全く動いていなかった紳士パーマが、二体の間に滑り込んで銃を構える。
「そんなに死にたいのなら、先に送ってやる!」
加速する便器悪魔。銃を構えたまま、制止する紳士パーマ。
目と鼻の先にまで来て――
「――――――ここだ」
銃弾を一呼吸にも満たない時間で7~8発速射。その全弾が便器悪魔の肉体をとらえ、あの"カルメン"には及ばないものの多大なダメージを与え、引き下がらせる。
「ぐ、ぐぬう……」
便器悪魔がしびれを切らす。視界に入る厄介な敵対者4名を捉え――"出そうとするがごとく踏ん張って"ネコキャラが放った風より一段強力な風圧を持ったかまいたちを振り撒く。
「きゃっ!」「チィ」
高巻さんと紳士パーマにはそこそこの痛みがあったのか、それぞれが攻撃を受けた肩や手の甲を抑え、そっと下へ向かせる。
「へんっ!口ほどにもないぜそんなの!」
ネコキャラは同じく風で攻撃するのもあってなのか、まったく効いているそぶりはない。パチンコを取り出し、お返しと言わんばかりに数発的中させる。
しかし、少し遅れて「ぐわぁ!!」と鬼気迫る叫びが聞こえた。
それは砕け散り、塵が漂う柱の奥――金髪髑髏、"スカル"と呼ばれていた男子が、それこそ火炎攻撃をくらった便座悪魔のごとくダウンしていた。
「ちょ、おいスカル!?」
「大丈夫か――」
「竜司!?」
――――――今、りゅうじ、って、
にやり、と。便器悪魔はようやくか、と言いたげな表情で嗤う。
ネコキャラに標的を定め、また風攻撃を行おうとする。
「なーにやってんだっ!丁度いいぜ!」
対風の耐性があるから、カウンターや後隙狙いなのか、あの"出そうとする踏ん張り"で力を籠める便器悪魔に向かいジャンプ突撃し剣を振りかざした。
だが、技の出は、便器悪魔のほうが早かった。風の奔流がネコキャラを襲う。だが何度も言った通り、アレには風は効果が薄い――薄いはずだが。
「見くびったなぁっ!くたばれぃ!」
「!!!」
にゃっ!と悲鳴を上げて、ネコキャラが突風で地面へと叩き落される。これまで一番の威力だった。"カルメン"やあのリンチよりも。
なんで――ああ、単純だった。4人に振りまいていた風を集約しただけの話。圧倒的な物量で、耐性の上から圧倒されただけの話。
「大丈夫か。モナ」
「クッソ……しくじったぜ……ゾロ!」
再度あの上恵下貧の紳士を呼び出す。風攻撃――ではなく今度は優しい光と、見ているだけでも伝わるぬくもりがネコキャラ、いいや"モナ"を包んだ。
見れば、みるみる傷が癒えていくではないか。さすがに全部は治らないとしても、あの便器悪魔よりは余裕そうだ。
「――ペルソナ!」
紳士パーマもようやく"ペルソナ"を見せた、が――ちょっと価値のありそうな壺のなかにスライムみたいな青いヤツがいるという、なんとも……弱そうで……銃でカウンター取った人のモノとは思えないってか……
まぁ、ソレも"モナ"と同じく、あの癒されるような何かを柱の奥に向かって使用した。直後、「助かったぜ!」と快活な声。"スカル"も大ダメージのリカバリーはできたのだろう。
高巻さんも取りあえずで効果のあった火炎を放つ。やはりあの便器悪魔には良く効いたが、前回と違って落下させるほどには至らなかった。
――互いに大技で激しく削りあうこの戦い、しかし損傷で測るなら現状、便器悪魔が完敗していた。弱点であろう火炎を二度くらい、一度はあのリンチも受けて、あのなんか高巻さん以外はスパイみたいな呼びあいをする4人のように回復も使えない。もういつ墜落して爆発するかってところまで来ている。
「ぐ、ぐぬう!我は栄えある鴨志田様の、番兵隊長であるぞ……!それが、なぜ……!」
「ふーんだ、後ろでおろおろしてるだけのパンイチの手下なんて、怖い訳ないから!」
「き、貴様!」
激高した便器悪魔が、先ほどの全員に向けた風攻撃を繰り出す。しかし、紳士パーマとネコキャラには流れを読まれ、呆気なく避けられてしまう。紳士パーマの方は銃弾が尽きていたので幸いカウンターはパチンコ数発で、致命傷にはならなかったものの、状況は非常に悪化していた。力を振り絞って技を打つ以上、どこかで力を緩めて無防備になってしまうのは避けられない。そうすればあの火炎が飛んできて灰になるだろう。"スカル"をまたダウンさせることで敵の意識が揺らぎ、2度目の攻撃の機会が生まれはするが……もうあの全体攻撃は既に読まれきっていて、ダウンしている"スカル"を戦線離脱させれる程度でしかない。"モナ"に繰り出した攻撃も、油断に付け込んだ所見殺しでしかない。必死に治癒?それは火炎一発の損傷を癒すにも至らない。
だが。
彼は鴨志田様の忠実なるしもべで番兵だ。そう、しもべに過ぎない。
王のもとに刃が届くこと無ければ、それだけで存在意義のすべてが果たされ例え死したとしても報われる。
だから。
ここで戦力を一つだけでも減らし、他隊長につなげれば。それが殆ど戦力とは言えない相手でも、鴨志田様を脅かす相手を一人消せるなら。
その身を喜んで捧げ朽ち果てよう。
「ぐうううう!せめて、一人でも!」
便器悪魔がいきり立つ。まだ力が残っていたか、と一団は防御や衝撃に備えるが……一人だけ違った。
突撃してから、便器悪魔の後ろの柱を砕いて以降ずっと"弱点"を突かれ、三人のもとへ合流すること叶わず転げてばかりだった者。
便器悪魔が力を振り絞る中、視界にも入っていなかったので背後から一番"ソレ"を観察出来てた者。
駆けだした。体力には自信がある。守らなきゃ。いけ好かなくても、見捨てちゃだめだ。だってそう――誓ってっから。
風の奔流が便器悪魔の頭上で渦巻く。"モナ"に放った一撃よりも、若干その勢いは弱まっていた。
だがお構いなしに放つ。ソレは三人のちょうど真ん中、それこそまたもや"モナ"のほうへと飛来した。
「は――」
"モナ"は目を見開いた。なぜ?効果が一番薄いのにか?困惑の波が押し寄せ、一瞬防御の力みが緩んで。
「しまっ――!?」
しかしその奔流は、斜め下に進んでいたところを"モナ"の手前スレスレで上方向へと急激な方向転換。そのまま頭上を過ぎていく。タダでさえ十全じゃあない攻撃が風力をさらに消耗したことで、最早耐性のない仲間にとっても脅威ではあれど危険、というほどではなくなった。
だから、気が緩んでしまった。その弱まった奔流が向かう先が、その弱まった奔流でも2度は十二分に殺せるであろう者へ――未だ磔にされている御影桐人へ――
「あ――」
御影桐人の目の前に、あの風が牙をむいて襲い掛かる。
過去に斬られたあの両刃剣がフラッシュバックする。あんなのとは比較にならない圧だ。
死ぬことしか考えられない。避けれない。"フラン"も、紫髪も、あの"赤い声"も――。
「――ああ」
凄く納得した。
高巻さんの前で、何を言ったらいいか分からなかったおれは、彼女のように自分の望みをカタチにできなかったからこうして磔にされたままなんだ。
運命。すなわち神の愛。導かれた先でチャンスをモノにできなかったおれは当然"ペルソナ"なんて手に入らなかったし、だから愛を拒んだおれにカミサマってのは罰を与えるんだろう。
――分かんないや
御影桐人を磔にしていた柱は粉々になって部屋中に吹き飛んでいった。
勿論、御影桐人本人も。風にさらわれ部屋中あちこち吹き飛んで行って、戦闘の余波でひび割れた地面にたたきつけられた。
――しかしかまいたちめいた風にさらわれながらも、その体には一切の傷はなく。
それだけではない。柱が吹き飛ばされるような奔流に呑まれたのならば、普通この体はスムージーみたくぐちゃぐちゃにされているだろう。しかし、精々『痛い』程度だ。風にさらわれ、地面に落とされた時の痛さ。
何があった?
もともと自分がいた場所を、体は痛むので目で探る。
なにも、ない。柱は吹き飛ばされている。だけど。
だけど。しかし。
――近く、何かが、落ちている。
さぁ。それと向き合って。そして君の意思を固めてくれ。
「――見たく、ない」
逃げを重ねるのは、母も"君"も望んでいない。さぁ。
「――なんで、あいつ、おれを、庇った」
だってそれが?怪盗団なんだもん、なぁ?カッコいいだろ?
「おれは、さかもと、どうすれば」
君が出来ないことなどない。君の意思で望む限りそれはカタチとなり、叶う。
それをウジウジせず考えるべきなんじゃあ、無いのか?"パンサー"を見てきたんだから、それを真似てもいいんだぜ?――ペルソナは使わせないけど、なぁ!
「――――――――――――おれは」
――――――――――――救ってあげたい。