トンチキ世界の放課後ダンジョン!   作:chikuwabu

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異界ダンジョン屋

 ――異界ダンジョン屋。

 

 この世界に異界が進出してからしばらく後に、この『異界ダンジョン』というものがブームになった時期がある。それこそ2000年代後半から2010年代前半にかけては、異界の門を司るダンジョン屋に金銭を払って異界へと冒険に出ることが、世間の一大ブームとなっていた。

 ダンジョン屋とは言うものの、行き先はダンジョンとは限らない。異世界の平原や森の中、山岳地帯、場合によっては異世界人の住む街へと飛ばされる場合もあった。更に難易度の高いミッションとなれば、魔物の跋扈する迷宮の中心部に飛ばされたものや、中には行き先の異世界人とともに魔王軍と戦うことになった利用者もいたという。

 

 しかし。

 そんな、どう考えてもデンジャラスで野蛮な遊びから人が離れるのは、結構早かった。

 

「やっぱりさ、この時代に生まれたからには、冒険したいじゃん! そんでもって、なんかもの凄い発見とか、経験とか、したくない?」

 

「気持ちはわかるけどさあ、VRじゃダメなの? VRのほうが安全だし、やれることだって変わりないと思うんだけどなあ」

 

 と、いうのも。

 2010年代の後半ともなれば、異界科学を利用した本格的な家庭用VRゲームが台頭し始めたのだ。

 家庭用のアタッチメントを装着すれば、誰でも精神だけでリアルなゲーム世界にダイブ可能で、そこでは世界中のプレイヤーや最先端のAIが動かすNPCたちと共に、ときに戦い、ときに協力し合うという、まさに理想の異世界生活を満喫できるのだ。

 ゲームなのでもちろん死の危険性もなく、誰でも自宅から安全にアクセスできる。そして更に、その世界で活躍をすれば一躍話題の人になれるという、まさに過去の人々が夢見た世界そのものなのだ。

 最近では以前にも増してVR世界のクオリティは上がり、もはや現実と遜色のない空間となっている。ジャンルも剣と魔法のファンタジー世界、ポストアポカリプス世界、はたまたアイドルや魔法少女が闊歩するファンシーな現代世界など、多種多様で選り取り見取りだ。

 そんなわけで、危険な異界ダンジョンからは距離をとり、VR世界に遊びに行くのが現代の若者の代表的な遊びとなるのは、もはや必然だった。

 そんな世界であえて『異界ダンジョン』に挑む女子中学生というのは、たとえるならビデオゲームが主流だった時代に将棋や囲碁にのめり込むような、本格的アナログ趣味の持ち主と言えるだろう。

 

「うーん、なんていうかさ、実際に生身の身体のほうが、ダンジョンって感じしない? それに、一攫千金のロマンがあるじゃん!」

 

「それで前回は欲を出して、最後は二人してスマホごとモンスターに食べられちゃったんじゃん」

 

「あれはまいったね。新しいスマホ買わなきゃならないし、しばらくお小遣いが足りないよ……」

 

 もちろん、死の危険性があるとはいえ、異界ダンジョン屋とて安全には全力をもって配慮している。

 蘇生技術をふんだんに使い、たとえ魔物に食われて死んだとしても、五体満足で戻ってこられるだけの異界技術を活用している。なんなら、異界で稀少な素材などを持ち帰って売却することで実際にそれが現実の儲けとなるのもまた、異界ダンジョン屋ならではのシステムだろう。

 ただし、異界で失ったものは、帰ってくることはない。破壊された場合も同様だ。そして当然、持ち込んだスマホごとモンスターに食べられた場合は、肉体は蘇生してもスマホはお陀仏だ。

 そのような自己責任でどうにかするしかない部分もあって、時代が異界ダンジョンよりVRに傾いているのは否めない。

 

「次からはさ、貴重品は預けていこうね。動画とか写真を撮るのはさ、お小遣いを溜めて、専用のカメラでも買ってからにしようよ」

 

「しょうがないかー、とほほー」

 

 この二人などは、前回のダンジョンにスマホ――スマイルホンを持ち込んだ上で、巨大モンスターに丸呑みされてしまったクチである。

 スマイルホン。世界を平和に導くための様々なツールやアプリが凝縮された便利システムだが、いまの二人はそのスマホを所持していないのだ。流行のアプリも見れず、店によっては買い物もできやしない。いわば今の二人は、時代に取り残されて右往左往する、文明を持たない蛮族のようなものである。

 ダンジョンで一攫千金どころか、欲を出して大損害を受けてしまうこともある。

 まさにそういった、分かりやすい例なのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 駅から数分の、多少古めかしくなってきた商業ビルの二階。そこに、この街唯一の異界ダンジョン屋はあった。

 過去の『異界事変』が起きた頃にはこの場所にはカラオケ店が入っていたらしいが、今の時代では店舗型のカラオケはだいぶ少なくなっている。今の時代、大きな声で歌いたければそれこそVR世界のライブ会場で歌えるのだから、実店舗が減少するのも致し方ない。

 この時代でも昔ながらのカラオケボックスはあるにはあるが、ゆきたちよりはだいぶ年配の世代が集まる界隈に残っている程度だろう。

 

「へいらっしゃい! って、嬢ちゃんたちか。相変わらず元気そうだねぇ」

 

「ドラゴン兄貴ー! 今日も二時間でおねがーい!」

 

「兄貴さん、こんにちは。今日もお願いします」

 

 ゆきたち二人は、なんだかんだでこの店の店員とはすでに知った仲となっていた。

 若い世代が離れてしまった今となっては、異界ダンジョンを趣味にしているのは年齢としては三十代以降がメインである。なので、女子中学生の常連というのは、店としても珍しいのだ。

 

 カウンターの向こうでは、ミラーレンズのイカしたサングラスがお洒落な、人外の風貌をした男性――通称ドラゴン兄貴が、ゆきたちを出迎えてくれた。

 人外の風貌というのは何かしらの比喩ではなく、実際に彼は地球人ではない。まさにその通称どおりのドラゴン、竜人なのだ。

 その容姿は、ファンタジー作品で『異界事変』以前から描かれていたような、人間同様に二足歩行で活動する、服を着た爬虫類である。全身が鱗で覆われていて、頭には立派な角があり、背にはいかにもドラゴンといった翼がついている。カウンターテーブルに隠れているが、下半身にも立派な尻尾が生えていることだろう。

 

 そんなわけで、彼はどこからどう見ても100%異界人である。見るからに竜人である。だいたいの異界人は「耳が尖っている」やら「動物の耳がついている」やらという程度なので、ここまであからさまに『人外』という容貌なのは異界人としても珍しいほうなのだ。

 なお、外見だけでは年齢も性別も把握することは難しいけれど、口を開くと若くてノリのいい兄貴分だということがわかる。

 

「こらこら、常連でもきちんとまずはカードを出さねぇと許可できねえぞ」

 

「はーい。カードカードっとお」

 

 そして、ゆきが兄貴にカードを提出し、続いてもももカードを差し出す。

 これは国によって管理されている個人データカードである。身分証明にはもちろん、異界ダンジョンなどの生体情報を必要とする施設では必須のアイテムだ。

 過去には、このカードの照合をサボった結果として、蘇生後に少女の身体になってしまったおじさんがいたらしい。以降しばらく、わざとカードの照合をスルーしてダンジョンで蘇生されようとするおじさんが爆発的に増えてしまい、法律で照合を必須と定めた経緯があるという。

 

「ねえ兄貴、べらぼうラーメンバー食べる? メチャ美味しいよ?」

 

「ゆきちゃん、それ私が奢ってもらったやつじゃないの? なんで人にあげようとするの?」

 

「ははっ、ありがてえけど今はいらねえや。で、今日はどうする? この前と同じで構わねぇか?」

 

「おう! 構わねえ!」

 

「あ、えーと。この前は二人でまとめて死んじゃったから、今日はもっと安全な場所でお願いします」

 

「ん、そうだなあ。じゃあこんくらいか?」

 

「あれ? 私の声聞こえてない? あれれ?」

 

 ゆきの言葉はスルーして、ももと兄貴がリストを見ながら異界ダンジョンのランクについて相談し始める。

 前回は、欲を出して少し難易度を上げてしまったのだ。その結果がモンスターの胃袋の中なので、どう考えても自分たちの実力では割にあわない。

 なので、ももと兄貴は相談し、いまの二人にちょうどよさげなランク――すなわち、最下級ランクの異界を選択することにした。

 

「これくらいでいいんだ。お前らみたいなお嬢ちゃんたちは、一攫千金なんて狙わずに安全なところだけにしときなぁ」

 

「ねえねえ、私の声聞こえてない? 透明人間になっちゃった? やばっ」

 

「聞こえてるから、ゆきちゃんは口を閉じててね」

 

 ドラゴン兄貴も、すでにゆきとももの人となりを知っている。

 ゆきをスルーしてももと話を詰めるのも、兄貴なりの優しさだ。考えなしなゆきの言うことをそのまま鵜呑みにしていては、この少女たちはまた死んでしまうと兄貴は悟っているのだ。

 

 ただし、ももはももで考え方が保守的で、冒険心や行動力に乏しい面がある。

 人生を生きる上ではなにもアクティブでなければいけないわけではないが、しかし異界ダンジョンではアクティブさが必要とされる場合が多い。いざと言うときはだから、脳天気なゆきが、動かないももを強引に引っ張っていくという関係性だ。

 そういう意味では、この元気な少女たちは二人一組の理想的なバディなのだろうなと、兄貴は内心でこの組み合わせを評価していた。

 

「でもさ、でもだよ? この前はお宝っぽい水晶までもう一息だったじゃん? あれを回収できてれば、今頃ホールケーキ食べ放題だったよ?」

 

「馬鹿言わないの、ゆきちゃん。前は一攫千金どころか素材も持ち帰れなかったし、スマホまで壊れて大損だったでしょ?」

 

「そうだぜ、嬢ちゃん。その年齢で一攫千金なんか狙ってたら、ろくな大人になんねえぞ?」

 

「とほほー」

 

 ゆきが異界ダンジョンに望むものの一つに『一攫千金』がある。そこに、わざわざ尋ねるほどの大層な理由はない。単に、お小遣いはあればあるほど嬉しいのだ。

 とはいえ、お金ほしさに危険に足を踏み入れるのは、普通に考えれば賢い行動ではない。ゆきが一攫千金を語ると、ももと兄貴がタッグを組んで反撃してくる。しかも多分、二人のほうが正しい。

 あまりの勝ち目のなさに、ゆきは「とほほ」と涙目になりながら。

 ももと話し終えたドラゴン兄貴が行き先を見繕っている間、暇つぶしにカウンター脇のピーマンの肉詰めを擬人化したぬいぐるみをリモコン操作して遊びはじめるのだった。

 

『ピーマンの肉詰めは、肉のピーマン詰めなんだよなぁぁぁ』

 

 変なぬいぐるみの声だけが、妙に大きく店内に響いていた。

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