トンチキ世界の放課後ダンジョン!   作:chikuwabu

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べらぼうな花

「ゆきちゃん、もうそろそろ二時間じゃない? どうしようか」

 

「あー、そうだなあ」

 

 生憎、二人ともスマホのような時間が分かるものを所持していないので、ここでは詳細な時間がわからない。

 100円ショップの腕時計でも買っておけば良かったのだが、今さらそれを言っても仕方がないことだ。

 山を登り、ちょっとした尾根のようになっている道で二人は立ち止まる。

 松ぼっくりを撃退したあと、何回か似たようなモンスターを撃退し、いくつかの魔石を拾った。毒性のある果物と、奇妙なキノコも採取してリュックに入れてある。たった二時間の冒険としては、収穫は上々だ。

 

「ねえ、もも。あっち。あっちに何か、いいもの――違うな、大切なものがあると思うよ」

 

 そして再び、ゆきが一方を指さした。

 それは、二人が目指して歩いていた、まもなくたどり着く山頂とは逆の側。少し戻った、森の方向だ。

 

「ゆきちゃんがそう言うなら、そうなのかな。行ってみようか」

 

 ももは知っている。

 ゆきは、スキル【直感】など関係なく、思いつきであっちだこっちだと言い出しては、ももを振り回す存在だ。

 けれど。時折、今のように何かを確信したような物言いをするときがある。

 そういうときは、間違いなく。

 

 ゆきの言うことは、正解なのだ。

 

 

 

 ゆきの確信に従い森を抜けていくと、そこには開けた広場があった。

 ぽっかりと、その場所だけは緑の芝生が広がっており、空から光が差し込んでいる。そしてその中央に、それは佇んでいた。

 爽やかな風を受けて。ひとりぽつんと、太陽――いや、異界の見知らぬ恒星の光を浴びていた。

 

「もも、花だよ」

 

「うん、花だね」

 

 それは、たった一輪の花だった。

 50センチほど伸びた茎と、大きな葉。その先端には白から紫へと鮮やかなグラデーションを見せる、少なくともゆきたちが今まで見たことのない花だった。

 それ以外に、この場所にめぼしいものは、ない。

 

「綺麗だけど……ゆきちゃんはどうしたい? せっかくだし、この花を摘んでいく?」

 

「うん。なんか、それがいいんじゃないかなって思う。これはきっと、良いものだよ」

 

「ん。ゆきちゃんが言うなら、きっとそうだね」

 

 ももはリュックから植物用の鋏を取り出して、花の根元近くから丁寧に切り取る。本来は濡れた紙などで断面を包みたいところだが、それは店に戻ってからドラゴン兄貴に相談すれば良いことだろう。

 いつもは好奇心であれこれしゃべり倒すゆきも、この時はその様子を静かに見守っている。

 優しい風が二人を包み込み、遠くからは鳥の声や『ギョエー!』の叫びが、どこか切なく、響いていた。

 

 優しく、一輪の花を摘み取るそれは、まるで。

 二人だけの、神聖な儀式のようだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「よぅ、お疲れさん。生きて帰ってきてくれてなによりだ」

 

 時間とともに10号室に戻された二人は、荷物を整えてから部屋を出る。

 受付カウンターには、先ほどと変わらぬ様子のドラゴン兄貴がいた。ミラーレンズのイカしたサングラス越しに、兄貴は二人へと視線を向ける。

 顔が爬虫類なので微妙にわかりにくいけれど、口の端が上がっているので、彼は笑顔で二人を出迎えてくれていたようだ。

 

「兄貴ぃー、なんか今回はほとんどハイキングだったよー。あと、松ぼっくりがぎょえぎょえ五月蠅かった」

 

「はっ、楽しそうで良かったじゃねえか」

 

「ほらゆきちゃん、お話の前に素材を出しちゃおうよ。兄貴さん、こちらの箱に素材を出していくので、査定お願いします」

 

「あいよ」

 

 カウンター横には、拾ってきた素材を提出する簡易的な籠が置かれている。

 難易度の高いダンジョンの場合は貴重品などもあるためもっと丁寧に素材を提出するらしいが、ゆきたちが拾ってきたのは果実の種、毒のある果実、変なキノコ、それに魔石がいくつかだ。ものとしては、大したものではない。

 これらを買い取って貰うことでお小遣いの足しにはなるだろうが、そもそもこの店の基本料金やオプションサービスで支払った金額には届かないだろう。楽しかったけれど、結果だけを見れば赤字である。

 しかし、そこでゆきが思い出した。

 先ほどからずっと、しっかりとその手に握っていたものを兄貴に差し出した。

 

「あ、兄貴! これも見て見て! 最後の最後に見つけた花なんだけど」

 

「あ? おぉ、こりゃあ……」

 

 兄貴は唐突にゆきから花を差し出され、面食らう。

 そして、普段の飄々とした様子ではなく、何かを考え込むように、黙ってしまう。

 

「……お前らが、二人だけでこれを? 嘘じゃあ、ねえよな」

 

「うん。なんか【直感】がピンときたんだよね! それに従ってみたら、それだけ咲いてたの」

 

「そうか、お前ら……これを、見つけたのか」

 

 兄貴はゆきから受け取った花を天井のライトに翳し、下から見上げている。

 一瞬だけ、ミラーレンズの隙間から、上を見上げる兄貴の金色の瞳が覗く見えた。

 それは、爬虫類の顔なので確信はないけれど、なんだかとても――切なげな顔に見えた。

 

「兄貴、この花ってそんなに珍しいの? もしかして、それってべらぼうなお宝だったりするの?」

 

「ん、まあ……そうだな。贈呈用の花で、一部の場所では計画的に栽培されてっから希少とは言えねえかもしれないが、野生種が残ってるなんて話は聞かねえぞ」

 

「じゃあさ、べらぼう? べらぼう?」

 

「ああ、べらぼうかもな。まさか、お前らが行った先の世界にあるとはな。お前らにゃ、もしかしたら……何か、特別な因果があるのかもな」

 

「へー、因果とか言われてもよくわかんないけど、とにかくいい花だったってことだよね?」

 

「人に送る花なんですか?」

 

 兄貴は花を降ろすと、カウンター裏にある小さな蛇口で適当なチラシを濡らし、くしゃくしゃと丸める。

 茎の断面に濡れた紙をあてがい、その上からビニールを被せてから輪ゴムで軽くとめた。妙に手慣れているようにも見える。

 

「世話になった相手に、メッセージを添えてこの花を贈る風習があるんだ。地球でもたしか、感謝の気持ちを送るだとかいうのはあっただろ?」

 

「感謝の気持ちかあ……」

 

「嬢ちゃんたち、どうする? これも査定に込めりゃそれなりの小遣いの足しにはなるぜ?」

 

「……ううん。これは、売らないし、持ち帰らない」

 

「ゆきちゃん?」

 

 兄貴の質問。それは暗に「売らずに持ち帰ってもいい」と言っていた。

 けれど、ゆきは首を横に振る。素材として売りはしない。けれど、自分で持ち帰ることもしない。

 ももが、いつもの眠たげな瞳でゆきを見つめている。勝手にことを運ぶゆきを責めるわけではなく、そこには「どうするの?」という、純粋な問いかけが籠もっていた。

 

「兄貴。この花をさ。メッセージを添えて贈りたい人がいるんだけど、確かそういうサービスもやってたよね? いくらになるの?」

 

「なんだ、贈呈か? ま、お前らはこれから成長株の常連だしな。花一輪くらいならサービスでやってやんよ。どこの誰に贈るってんだ」

 

「やった! 兄貴大好き! えっとね――」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 既に日も暮れた夜の歩道を、二人並んであるく。

 先ほどの異界の山道が嘘だったかのように、道のりはアスファルトで舗装されていて歩きやすく、駅前は街の人々が行き交っている。

 時刻はまだ19時前で、女子中学生が外を歩いていてもおかしい時間ではないけれど。しかし既に空は夜の顔を見せていた。生粋の地球人も、耳のとがった異界人も、みんな仲良く家路につく時間だ。

 

「はぁー、楽しかったけど……ごめんね、もも。あれ、勝手に決めちゃった」

 

「ううん。ゆきちゃんが見つけた花だし、私もあれでよかったと思うよ」

 

「でへへ、ももがそう言ってくれるなら、良かった。結婚しちゃう?」

 

「しないよ」

 

 最後。

 ゆきは、己の感覚に従い、ももに相談もなく『花』の扱いを決めてしまった。

 すでに異界から戻り、場所が店のカウンターである以上、あの判断は【直感】のスキルによるものではなく、間違いなくゆきの独断だった。

 冷静になって考えれば、あれはゆきとももの二人の戦利品なのだから、ももと相談すべきだったと、ゆきは今さらながら反省の色を見せる。

 けれど、ももはそんなゆきの行動を、いつもどおりの呆れ顔と、いつもどおりの優しい笑みで、受け入れてくれた。

 

「でも、そうだなあ」

 

「うん?」

 

「べらぼうラーメンバーで手を打とうか。次は豚骨味じゃなくてもいいからさ」

 

「はまってるじゃん」

 

 宿題と同じく、ももは『べらぼうラーメンバー』で手を打つことにした。

 そもそもこの日、ももに奢ってくれたはずの『べらぼうラーメンバー』をゆきは自分で食べていたのだ。ももはなんだかんだでゆきに対して甘いので怒りはしないけれど、根には持っていた。

 ももは異界においては【大食らい】というスキルを所持しているけれど。実のところ、本質的には元から大食らいで、食にうるさい女子なのだ。

 

「んー、じゃあ次は、ネットで話題の『カレー風味唐揚げ味』のべらぼうラーメンバーを奢ったげるよ」

 

「へー、なにそれ。イメージがわきそうで全然わいてこないけど、なんか美味しそうだね」

 

「味が滅茶苦茶喧嘩してて、名前の割に全然美味しくないんだってさ」

 

「なにそれ……」

 

 そうして、分かれ道でさよならするまでの間。

 ゆきとももは、べらぼうな話に胸を躍らせながら、今日も楽しく家路についたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 夜が来て、朝が来て。ゆきたちが、また日常へと戻ったころ。

 とある墓石の前に、一人の竜人が立っていた。その手には、不思議な花が一輪だけを携えている。

 周囲には誰もおらず、風の音ひとつない。まるで、この場だけ時が止められているような錯覚すら覚える光景だった。

 

「よぉ。あんたの教え子からの届け物だぜ。幻とまで言われる花なんだが、地球人にゃその価値はわからねぇかもな」

 

 その竜人は、誰に話すでもなく――いや、墓石に向かい、独り言のように話しかけ。

 その手に持っていた一輪の大きな花を、墓前に供える。

 

「あんたの教え子は、稀に見る逸材だぜ。とんだ掘り出しもんだ、あんまり賢そうじゃねえけどよ」

 

 竜人は、小さく「クハハっ」と笑ってから、花の横に一枚のカードを添える。

 このカードは、彼が用意したものではない。この花の依頼主の少女が、真剣に手書きで書いたメッセージカードだ。

 

「じゃ、失礼するぜ。ゆっくりと寝ているところ、邪魔したな」

 

 そう言い残し、竜人はそのまま振り返り、歩き去る。

 彼がいなくなるとともに、周囲に風が吹き、音が戻ってくる。まるで、止められていた時間が動き出したようだ。

 

 誰もいなくなったその墓には。

 ただ。白から紫へと鮮やかなグラデーションを見せる不思議な花と。手書きのメッセージだけが。

 柔らかい風に囲まれて。静かに。眠るように。

 ただ、穏やかな時の流れを紡いでいた。

 

 

 

 

 

 

『スージー先生 今まで長い間、ありがとうございました。

 

 おにぎりキャンディの味、ずっと忘れません あなたの教え子より』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  エピソード『ゆきとももと、不思議な日常』了

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