トンチキ世界の放課後ダンジョン!   作:chikuwabu

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『ワオオオン!』

「ねえもも。ランタンってさあ、つけたら余計に怖くなるよね」

 

「ゆきちゃんたら、どうしたの? 急に」

 

 先をゆくゆきの手には、煌々と光るランタンが垂れ下がっている。

 これはドラゴン兄貴が出発前に持たせてくれた、魔法的な仕組みで照明を灯す異界のランタンだ。電力でもなく、炎でもない、不思議な魔法の光がガラスの中に浮いている。

 決して明るすぎない魔法の光が、ゆきたちの影を、そして木々の影を長く伸ばす。ゆきが動く度にあちこちで影が動き、余計に森の暗さが引き立っている。

 これが肝試しだったとしたら、雰囲気は満点だろう。

 

「『光あるところ影あり』っていうイカしたセリフがあるけど、こういうことだよね。ランタンつけたら、なんだか余計に暗いところが不気味になってきた」

 

「まあ、言ってることは理解できるけどね。どうする? Uターンしてもう少し明るい場所に戻る?」

 

「いや、いい! スキップしながら進む!」

 

「スキップって」

 

 言うと、ゆきは本当にその場でリズムに乗るようにスキップをはじめた。一方ももは理解できずに困惑だ。

 ランタンで影が伸びて、森の景色が余計に不気味になってきた。そこまではももにも理解出来る。

 だが、そこでどうしてスキップをしようというのかがわからない。そもそも、こんな薄暗く足場も悪い森のなかでスキップなどしたら、そのうち何かしらに足をひっかけて転ぶのがオチだろうと、ももは冷静に考える。

 が、ゆきはなんだか楽しげだ。

 

「ほら、赤ずきんちゃんだって森の中をスキップしてたじゃん! 私たちも森をスキップしてたら、なんか元気が出るかなって! もしかしたら大きな狼が出ちゃうかもしれないけどねっ」

 

「やめてよ、縁起でもない」

 

「へっへへ、冗談冗談。さすがに狼なんか出てきたら――」

 

 と、ゆきが言いかけたあたりで。

 

 

 ――ワオォォォーン……

 

 

 森の中に、何かの声が木霊する。

 突然のことに、二人は身体が硬直し、全身に緊張が走る。スキップどころではない。

 あわててももがゆきにかけより、ぎゅっとゆきのランタンを握る手に自分の手を重ねる。

 

「ゆきちゃん……今の、遠吠えだよ」

 

「嘘、マジで狼? いるの? 狼」

 

 嘘から出たまこと、という言葉が二人の脳裏に過る。

 たったいま、冗談めかして『大きな狼が出ちゃう』などと言った直後だ。どうしても、今の遠吠えのような声が、狼のそれとしか思えない。

 そして、ここは異界の森だ。狼ならまだしも、狼のような外見の、狼以上に凶暴凶悪な『魔物』が現れたとしても、なにもおかしくはないのだ。

 

「ゆ……ゆきちゃん、今こそ【直感】で判別だよ。狼だったら大変だよ」

 

「あわわわわ、私はお婆ちゃんでも赤ずきんちゃんでもないから、どうか命だけは……!!」

 

「ちょっと、ちょっと」

 

 狼、もしくは魔物から距離をとろうにも、この森では、先ほどの反響する遠吠えの主がどちらにいるのかも分からない。

 不安ではあるが、ここはゆきの【直感】に頼るべきだとももはすぐに判断する。

 残念ながら、ももの【大食らい】は危機回避には繋がらない。狼が静かに寝転んで料理されてくれるのならば全身くまなく食べ尽くすこともできるだろうが、まずそんな展開は訪れないだろう。

 だが、頼みの綱のゆきは目をぎゅっと瞑り、半ばパニックになってももにしがみついてきた。

 

 

 ――ワオォォォォォォーン

 

 

「待ってゆきちゃん、遠吠えが近づいてくる」

 

「ひ、ひええ……!!」

 

 遠吠えが、明らかに近づいてきている。それは何故か。

 ももは己のミスに気がついた。薄暗い森の中でランタンなどをつけていたら、離れている相手からも自分たちの位置が丸わかりなのだ。明かりを警戒する野生動物ならばまだしも、異界の生物にそのような地球上の習性を期待するべきではない。

 ももは慌てて、ゆきの手からランタンを強引に受け取り、ランタンの明かりを消そうと手を伸ばす。

 

 が、もう遅い。

 

『ワオオォォォォォオン!!』

 

「ひえええぇぇ……えぇ?」

 

 数十メートル先の茂みを分け入るように、一つの影が踊りでた。

 それは、ゆきやももなど容易く屠ってしまうような巨大な狼――

 

 ――などではない。

 

 ゆきたちの視線の先には、体長50センチほどの松ぼっくりにニョロリとした手足が生えたふざけた姿の魔物が『ワオオオン』と豪快な遠吠え声を上げながら。

 森のなかをぴょこぴょこと徘徊しているのが見えた。

 

「……」

 

「……」

 

 ゆきは、しがみついていたももから離れて、無言で模擬刀を手に構えた。

 

 ももは、ランタンを消すべきかどうか迷ったが、とりあえず明かりはそのままにして、同じく模擬刀を空いた手に持ち直した。

 そして、松ぼっくりがふらふらとうろつきながら近づいてくる姿を眺めながら、ゆきがぽつりと言う。

 

「ねえ、もも。兄貴は『勝てない相手と戦うな』って言ってたじゃん?」

 

「言ってたね」

 

「私の【直感】では、あの松ぼっくりは雑魚なんだよね。前にも倒したことあるし」

 

「まあ、油断をしたら危険なのは間違いないけど、私たちでも勝てない相手ではないよね」

 

「よし、なんか滅茶苦茶いらいらするから、ぶちのめそう!」

 

「奇遇だね。私も同じこと考えてた」

 

 そうして。

 今回は不意打ち時に大声を出して気付かれるようなヘマもなく。また、相手を甘く見過ぎることもなく。

 木刀よりも丈夫で強い模擬刀をしっかりと握りしめ。狼の鳴き声で驚かせてくれたふざけた松ぼっくり魔物を、二人がかりでざっくりと討伐するのだった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 魔物を倒したら素材集めだ。これは異界ダンジョンの鉄則である。というか、魔物を倒して出てくる素材を集めることこそが、一般的な異界ダンジョン探索での主目的と言えるだろう。

 松ぼっくり魔物のような弱小な魔物の場合は小さな魔石を落とすだけというのが定番だが、しかしこの日のゆきは本当に強運を持っていた。

 煤になり消えていく松ぼっくり魔物の身体から、ぽろりと薄茶色の何かが落ちるのを見つけた。

 

「あ、もも! この魔物、身体にきのこが生えてたよ、きのこが落ちてる!」

 

「あれ、本当だ」

 

 それは、きのこ。

 サイズはなかなかのボリュームがあり、ゆきたちが知っている市販品のきのこで言うならば、エリンギと同格か、それより少し大きいくらいのサイズだろう。

 傘が三角形になった、いかにもきのこですといったオーソドックスな形状をしているが、それでも日本の店では見たことがない。異界のきのこだ。

 

「もも、食べてみる?」

 

「さすがの私も、魔物から生えてたきのこを生のまま食べたくないなあ」

 

「それもそっか。なんか気持ち悪いしね」

 

 先ほどの薬草と同様に、【大食らい】を持つももがこれを直接食べることで、毒性の有無や味の良し悪しを確認することが可能である。

 ただし、いかにももが何でも食べられるからと言って、本人はあくまで日本に住む女子中学生だ。不気味な魔物の身体に生えていたきのこを生で食べたくはない。

 

「ゆきちゃん。そのきのこは素材として持ち帰って、食べられそうなら兄貴さんにレシピでも聞いてみようか」

 

「お、ももったら天才! そうしよう! 松ぼっくりに生えてたし、松茸の亜種ってことで高値がついたりしないかなー」

 

「見た目が全然違うから松茸ってことはないと思うけど、希少価値はあるかもね」

 

 拾ったきのこを通常の素材採取用の籠へと入れておく。

 美味しいきのこならばレシピを教えてもらって食べてみる。食べられないきのこなら廃棄するなり、売却できるならそのまま売ればいいだけだ。

 とはいえ、そういう方向性が決まってくると、きのこがこの一つだけでは物足りなくなるのが人というものだ。

 

「ねえもも! まだ時間は残ってるはずだし、薬草だけじゃなくて松ぼっくり魔物を探してきのこ集めもしていこうよ!」

 

 先ほどまでの、幽霊を怖がり、狼の遠吠えにガクブルしていたのとは同一人物とは思えないほどに、ゆきは目先のきのこで元気になっていた。実に現金だ。

 ももは、こういう単純なところがゆきらしいなと思いつつ、反面、その単純さに心配の視線を向ける。

 

「きのこはいいけどさ。森は薄暗いし、ほかの魔物もいるかもしれないから気をつけてね?」

 

「もちろん! 私の【直感】に任せてよ! 当たるも八卦、当たらぬも八卦だから!」

 

「不安しかないし、完全に言葉の使い所を間違ってるんだよ」

 

「泥船に乗った気持ちでどーんと任せてよ!」

 

「ぜったい失敗する比喩だよねそれは」

 

 ゆきとももは、そんな風にいつも通りのボケとつっこみを繰り返しながら。

 どちらともなく、自然と次なる薬草、そして次なるきのこを探すため、森の中を進んでいく。

 

 

『ワオオォォォォォオン!!』

 

『ギョエー!!』

 

『クワッ! クワッ!』

 

 

 この森に出没する松ぼっくり魔物は、実に多種多様な声をあげていた。

 相変わらず声が大きく、ある程度近づけば位置が丸わかりで、容易く不意打ち可能な松ぼっくりである。

 ゆきとももは、その後も順調に薬草を採取し、毒草をもしゃもしゃ食べ、松ぼっくりは惨殺していく。

 季節的なものかもしれないが、この森で出会う松ぼっくり魔物にはけっこう多量のきのこが生えていた。宿主が宿主なためにこの場で食べる気持ちはいっさい湧き上がらなかったが、予定外の収穫量にゆきとももはほくほくだ。

 

「もも、見てよ! きのこがたっぷり採れたねっ!」

 

「うん。なんだか途中から、薬草よりきのこがメインになっちゃたね」

 

「私たちってもしかして、松ぼっくりハンターとしてはレベル上がってきてるんじゃない? プロになっちゃう?」

 

「ならないよ」

 

「そっか」

 

 どこまで続いているのかもわからない森の中を歩き回って、なんだかんだで白い薬草保管箱の中身は薬草でいっぱいになっている。素材採取用の籠も主にきのこでいっぱいだ。

 ゆきの言う『一山当てた』というほどではないにしろ、結果だけ見ればこの日の異界ダンジョン探索は大成功と言えるだろう。

 危険な魔物と出くわして逃げ惑うようなこともなく、薬草やきのこを順調に採取できたため、籠の中には十分な量の収穫がある。

 

「ゆきちゃん、今日はそろそろ二時間経つんじゃないかな」

 

「じゃ、あとは時間までゆっくりしよっかー。エナジーバー食べようよ、エナジーバー」

 

「そういえば兄貴さんが入れておいてくれたね。カレーうどん味」

 

 二人は、森のなかで見つけた、木漏れ日に照らされたスペースに腰をおろし。エナジーバーをもぐもぐしながら休憩に入ることにした。

 カレー味でもない、うどん味でもない、カレーうどん味のエナジーバーは、小麦粉の香りとカレーのスパイシーさ、それに魚粉だしの味がブレンドされており、カレーうどんを食べたあとの満足感が手軽に得られる携帯食だ。

 あとは時間になれば勝手に魔法が発動し、異界ダンジョン屋の5番ルームに自動的に帰還する手筈になっている。

 

「あーあ、松ぼっくり魔物から生えてたきのこが高級な松茸だったらいいなあ」

 

「どうみても外観は松茸じゃないけどね」

 

 帰還まで残り数分、ゆきとももはカレーうどんを食べた気になりながら、ああだこうだと、いつもの調子でマイペースな雑談を繰り広げるのだった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 ――そこから。数十メートルほど離れた地点にて。

 

「ケッ。あのガキども、本当に危険な魔物に一切遭遇せずにきのこ狩りを楽しんでやがったな」

 

 そこでは、年齢的にはゆきやももよりも年下であろう幼い美少女が一人、鬱蒼とした森の奥からゆきたちの姿を観察していた。

 その頭には竜のような角が生え、背には同じく竜のような小さな翼がついており、ただの人間でないのは一目瞭然である。

 長く伸びた明るい色の髪を頭の左右で無造作に結びツインテールにしており、彼女が動く度にさらさらの髪が揺れる。

 ランドセルが似合いそうな幼い外見とは裏腹に、その鋭い目つきは狩人のそれを思わせた。

 そして、少女の足元にはたった今討伐されたばかりの巨大な狼の魔物が倒れており、ゆっくりとその四肢を煤へと変えていっている。少女はさっさと煤となれとばかりに、消えゆく魔物の身体を足蹴にしていた。

 

「あのガキんちょの【直感】とやら、どうかしてやがるな。あいつが目をつけるのもわかるぜ」

 

 少女は狼の魔物が残した魔石を拾いあげると、腰にかけた革のポシェットの中へと放り込む。

 そこには、この森で討伐した『危険な魔物たち』から採取したいくつもの魔石や魔物素材があった。

 

 そう。

 この森には、危険な魔物は大量に存在していたのだ。普通に二時間も滞在していれば、どこかで強敵と出くわしていたはずなのだ。

 それを【直感】ひとつで潜り抜け、最後まで安全な旅路を続けていた二人の女子中学生へと向けて。

 給食当番の割烹着の似合いそうな美少女は目を細め、不敵な笑みを浮かべていた。

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