3.
「アサインにエビデンスに……なんなのよ、もう!」
ミケの吐き出した胡散臭い横文字を思い出すだけでイライラする。言葉で煙に巻くのは詐欺師の常套手段だ。
「クリーンだかホワイトだか知らないけど、化け猫が普通に働くわけないのよ。見てなさい、あの胡散臭いメッキを剥がしてやるんだから」
そう息巻いて、ひたすら人里を巡る。
しかし、霊夢のパトロールは、結論から言えば散々なものだった。
(金庫の前をうろうろと……開けようとした時がお前の最期なんだから)
「あら巫女様。うちの前になにか?」
「しっ……ほらあの化け猫」
「ああ、この子にはうちのお留守番を頼んでたんですよ」
「……あっそう」
──半刻後
「裏路地に化け猫が何匹も……? 今度こそ!」
「あそこの家ゴロゴロ言ってるだけでご飯くれるにゃ」「こっちもちょろいにゃ」
「今日のお昼ご飯なんだったにゃ?」
「ただのサボり……」
──さらに半刻後
「爪を立てて村人に襲いかかろうとしてる!? 今度こそ現行犯よ!」
勢いよくお祓い棒を構えて飛び出した、その瞬間──。
「うにゃあ!」
「うわっ! びっくりしたぁ~。あ、スズメバチ。退治してくれたんだ! ありがとう!」
飛び出した勢いで、ドヤ顔を披露する猫の横で霊夢はコケてしまう。
「……痛ぁ!?」
夕暮れ時の神社の石段を登りながら、霊夢は擦りむいた膝を見て深くため息をついた。
本日は収穫なし。痛む膝が、時間を棒に振った霊夢を嘲笑うかのように感じていた。
「どいつもこいつも真面目に働いて……妖怪としての本能はどうしたのよ!」
本来、妖怪が暴れず大人しくしているならそれで良いはずなのだが、当の霊夢はそんなこと頭にない。ムカつくあいつらの顔をあかしたいだけなのだ。
「おかえりなさい霊夢さん。やつらは追っ払っておきましたよ。なかなかの激闘でした」
「ただいま。こっちも、激闘だったわ……」
ありがとうね、といってあうんを撫でる。あうんの無邪気さに、霊夢の顔は綻んでいた。
「えへへ。遅かったので、お湯だけ沸かしておきましたよ。ご飯はどうします?」
「適当に残り物で済ますわ……」
「わかりました!」と返事をすると、頼んでもいないのにテキパキと夕飯とお茶の準備を始めた。肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていた霊夢は、それを享受してぐたーっとしている。
たしかに、可愛い動物がいろんなことを手伝ってくれるなら、派遣してもらいたくもなる。
「うちでも一匹頼もうかしら」
「なにか言いましたか?」
「……いや、うちにはあんただけで十分ね」
もう一度、あうんのふわふわの頭を撫でた。
夕飯と湯浴みを済ませたその夜。布団の中で一息ついて、やつらのことを考えていた。
「……そういえば」
意識が微睡みに落ちる寸前、ふと、聞き込みの時のことを思い出す。化け猫がいる家には、なぜか、どの家も肉球のマークが押されていた。神社にもあったあれである。数はひとつだったり、みっつだったり、バラバラではあるが、決まって目立たぬところに押されているのだ。家主たちは気づいていないようだが、巫女の目はごまかせなかった。
どうもあれが気になる。
何かの連絡用、目印、結界……どれもしっくりこない。しかし、巫女の勘が、あれが重要なものだと言っている。
また明日考えよう、そう思い、明日の動きについて考え始める。
里の貸本屋の娘の顔が浮かんだ。
珍しい本や怪異と聞けば、すぐに首を突っ込みたがる危なっかしい少女。
「あの子、化け猫を使って変なことしてなきゃいいけど」
明日はまず、鈴奈庵から回ろう。あの子が余計なことをしていたら、きっちり注意してやるために。
霊夢は深く、重たいため息とともに目を閉じた。
──翌朝。鈴奈庵の暖簾をくぐった霊夢は、拍子抜けしたように呟いた。
「変なことは、してなかったわね」
そこもすでに猫の支配圏にあった。
化け猫が二足歩行で本を整理して、妖魔本を紙に書き写し、さらには小鈴の膝の上で丸くくつろいでいる。その隣では阿求がお茶まで淹れさせている。
──どうやら小鈴は、完全に化け猫たちを良いように使っているつもりらしい。
「で、なんであなたもいるわけ?」
「たまたまです」
「ふーん……ところで小鈴ちゃん。巫女としては、あんまりこいつらの手を借りることはおすすめしないわ」
膝の上の猫を撫でながら、貸し帳簿をつけていた小鈴がこちらに目を見やる。以前にも増して妖怪との距離が近づいた今は、多分簡単には耳を貸さないだろうな、と思った。
「どうしてですか? この子たち、意外と仕事が丁寧でとっても働き者なんですよ? しかも妖魔本の写本まで……いやー、化け猫さまさまですね」
「化け猫だからにきまってるじゃない。いい? 猫は狐と狸と並んで、信用しちゃいけない妖怪なの。隙あらば人を騙すんだから。特に、狸の胡散臭さは、あなたも知ってるはずよ」
「いやマミゾウさんは……確かに胡散臭いですけど……でも優しいですよ。ほら、この子達もとても優しいです」
小鈴が膝の上の猫を撫でると、場の空気を読んだかのように、にゃあんと一鳴きして小鈴に頭をなすりつける。こいつ……。
しかし、現状目立った被害がないのも事実。恩恵を受けている人間がいるのも事実。見逃すことはとても屈辱的であるが、私の友人である人間に手を出すこともないだろうと結論づけた。
「……まあいいわ。とにかく、ほどほどにしなさいよ」
用は済んだと、そのまま立ち去ろうとする霊夢。だが、このままパトロールしても昨日の二の舞だ。こいつらは賢い。ずる賢いのだ。表向きは完璧に労働をこなしている以上、絶対にボロを出さないだろう。
霊夢は小さくため息をつき、振り返った。
「あのさ、最近里で変な出来事とか、事件とか起きてない?」
「事件?」
お茶をすする二人が振り返る。小鈴は腕を組んで、阿求は目をつぶって何かを思い出すようにうーんと唸る。
「あ、そうだ。事件か怪異かはわからないですけど、最近泥棒に入られたって人が何人かいるみたいですよ。被害の話がやけに面白くて……あ、面白いって言ったら怒られちゃいますけど」
「面白い?」
「犯人の痕跡が全くないだとか、戸締りは完璧だったのにとか。それで気になって色々聞いてみたんですけど」
小鈴は手元の貸帳簿を押しのけて、古紙を取り出す。すると、筆で何かを描き始めた。
「こんなマークがつけられていたんですって」
肉球のマーク。いろんな家で見かけたあれ。
──これだ。霊夢の頭の中では、謎が一筋に繋がった気がした。あれは、泥棒のための目印なのだ。聞いたことがある。外の世界では、泥棒は、入りやすい家の目印のためにマークをつけることがあるのだと。こいつらも、同じことをしているのではないか?数や微妙な押し具合が、彼らの間での目印になっているのではないか?
一度噛み合うと、その考えはどんどん補強される。確信を得た霊夢は、その結論を疑いもしない。
「小鈴ちゃん、もうちょっと教えて欲しいのだけれど。泥棒に入られた家の特徴は? 次に入られそうな家とかある?」
「うーん、みんなお金持ちだったみたいですよ。お金もちで、次に狙われそうなところ……」
「最近、私のお家に印がつけられてるのをみましたよ」
目を瞑っていた阿求が、口を開いた。
「それ本当?」
「ええ、うちの者が何日か前に、たまたま発見したそうです。確かに、印のついた場所は倉庫の近くですし、泥棒に入ろうとしたものがつけた、のかもしれません。そろそろうちが狙われてもおかしくありませんね」
霊夢は思考を回す。次のターゲットが阿求の家とは限らない。他にもいろんな家につけられているようだし、他にも財産のある家はある。だが、手がかりが他にあるかといえば、ない。
「ねえ阿求、悪いけど何日か、あなたの家に張り込ませてもらえないかしら」
「いいですよ」
阿求は、その質問が来ることは織り込み済みだったかのように、即答する。
「随分あっさり了承するのね」
「ええ、まあ。里に泥棒が野放しになっていても困りますから。霊夢さんが退治してくれるというなら、それに越したことはありません」
ですがと続ける。
「それが霊夢さんの考えてるものかはわかりませんがね」
「それって、どういう」
「いえ、なんでもありません。とにかく、こちらからもぜひよろしくお願いします」
妙な物言いにどこか腑に落ちないところはあるが、それは実際に張り込めばわかることだ。捕まえさえすればこっちのものだ。あとはあいつら3匹まとめてふっ飛ばせば、一件落着。
そして、ちらりと小鈴を確認すれば、それはもう、楽しそうにこちらをみている。
「霊夢さん。それって私も……」
「だめ。あなたが来てもしょうがないでしょ」
「ええ~! どうしてですか。二人だけでお泊り会なんてずるいです」
「別にお泊まり会でもなんでもないでしょう……」
ひっついてくる小鈴をなんとか引っぺがして、阿求の家に向かう。
阿求の屋敷は相変わらず大きい。庭は美しいし、廊下も広くてよいのだが、今においては侵入経路を断定することの邪魔でしかなかった。
「さて、張り込みをするのだったら、倉庫の近くのお部屋を使ってください。すぐに準備させますから」
「悪いわね、阿求。……任せなさい、泥棒猫が一匹たりとも入れないように、私が完璧に防衛してやるから」
お祓い棒を握り直し、鼻息を荒くする霊夢。
しかし、阿求に案内されて屋敷に足を踏み入れた瞬間、苦笑いした。
「案の定ね」
もはや当然のように、化け猫たちが働いていた。
だけど、こうなると一層面倒くさい。忙しなく働く彼らが泥棒なら、侵入がどうとか言っている場合ではない。
そんな心配が顔に出たのか、阿求が顔を寄せるように手招きして、耳打ちをしてくる。
「彼らをいつも通り使ってやらないと、もしかしたら勘づいて泥棒に入ってこないかもしれません。それに、夜になる前に彼らは返させているので、大丈夫ですよ」
「抜け目ないわねえ……わかったわ」
そうして、案内されるまま、倉庫近くのお部屋へ向かうのだった。