猫の手貸します   作:剛欲同盟構成員

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猫の皮算用

4.

 

倉庫に入ると、霊夢は思わず咳き込んでしまう。ここには天井近くに小窓がいくつかあるだけ。普段は閉じきっているようで、空気が淀んでいる。

こんな環境で長時間張り込みなんてしては、病気になってしまう。

倉庫の入口のドアを全開にし、小窓は目についた棒で全開にする。薄暗かった倉庫に光と風が入り込んで、やっと深呼吸できるようになった。

 

「……ふう。これなら、なんとか」

 

倉庫の中を見渡す。漆塗りの箪笥、古い掛け軸のはいった桐箱、年代物の茶器が収められた棚。

稗田家の歴史が詰まったような空間だった。なるほど、確かにこれなら泥棒にとってはたまらない獲物の山だろう。

 

しかし、と霊夢は腕を組む。

 

昨日の事務所での出来事を思い出す。ミケはそれなりに頭が回り、ずる賢い。ここで捕まえたとしても、あいつらにシラを切られては、またもや振出しだ。

 

「ただの張り込みじゃあ、足りないわね」

 

あいつらの悪事を暴くには、泥棒とあいつらの関係を明らかにしなくてはならない。つまり、盗みを働いた猫が、帰還するところをつけて、その場で追求する必要がある。

 

ならば、仕掛けるべきは罠だ。

 

「盗みを働いた瞬間に発動して、追跡できるように印をつければいい。そして、事務所に帰ったところを一網打尽にする。完璧じゃないの」

 

思い立てば行動は早い。霊夢は倉庫の中を動き回り、まず侵入経路を確認した。入口のドアは当然として、天井近くの小窓がいくつか。猫なら身を細くして、小窓から入り込むこともできるだろう。

入口はわざと開けておく。警戒されないようにね。

 

罠の仕掛けはこうだ。

 

倉庫の棚――目に付く場所に、阿求に頼んで、高価な茶器を並べさせる。泥棒猫の標的は、おそらく小さくて高値がつくもの。茶器はうってつけのはずだ。

 

そして、茶器の中身に御札を貼り付けておく。泥棒は、盗んだものをいちいち検分しないはずだ。あいつらのもとに、おちおちと茶器を運んだが最後、それが動かぬ証拠となる。

ついでに、小窓と入口の近くには感知用の御札を設置しておいた。侵入されたときに、手元の御札が燃え尽きる仕組みになっている。

 

「それで、私のもとで優雅にお茶をすすってるわけですね」

 

「そう。あとは、知らん顔して待つだけよ。我ながら完璧な作戦ね」

 

ふんぞり返ってお茶をすする霊夢に、阿求は苦笑いしている。

 

「ところで霊夢さん、捕まえた泥棒が猫じゃなかったらどうします?」

 

「はあ?猫の手カンパニーの肉球印がついてるのよ。猫に決まってるでしょ」

 

「まあ、そうですよね」

 

阿求が湯呑みを傾けながら、こちらを見ている。見透かすような、しかし責めるでもない、独特の目だ。

 

「なんなのよ。あなた、なにか知っているのね」

 

「うーん」と困ったように顎に手を当て悩んでいる。やはり、阿求は彼らについて、なにか知っているようである。たしかに、阿求の知恵を持ってすれば、自分には見えないことも見えているだろう。

 

阿求が口を開きかけたその時。

 

「意外と早かったわね」

 

「あら、もうお出ましですか」

 

「続きは後で聞かせてもらうわ。どっちにしろ、捕まえればこっちのものなのよ」

 

 

御札の反応があってから、泳がせること数分。反応が移動し始めたのを見計らって、阿求のお屋敷から飛び出し、空を飛んで闇に紛れる。

 

幸い今日は月が隠れる曇り。近づきすぎないようにすれば、こちらの存在を気づかれることもないだろう。

 

眼下を見れば、家々の間を器用に走る影が見えた。一瞬雲の切れ間から、月明かりに照らされたその姿に、霊夢は内心でほくそ笑んだ。

唐草模様の頬かむり。もはや様式美と言うべき、泥棒の正装である。猫にしては妙にずんぐりとした体型の、灰色の毛並みの化け猫である。向かう先は、やはり、あの事務所の方向。

 

(やっぱりこいつはあいつらの仲間ってわけね。捕まえて全員とっちめてやるんだから)

 

事務所にたどり着いた猫は、そのまま入口から中に入るかと思いきや、裏手に回りもう一つの建物へと入っていく。

霊夢は音を出さないように着地すると、おそるおそる窓から中を覗く。すると、中はお金や食べ物、小物などが並べられている。おそらく猫の手の事業で得た報酬を蓄えているのだと推測した。

そこにある棚に御札入りの茶器を置いた瞬間、霊夢の顔が獰猛に歪む。もはや見ている必要はない。

 

霊夢はそのまま入口から、猫の背後に。静かに移動する。そして整理に夢中になっている眼の前のこそ泥の首根っこを押さえる。

 

「な、な、なにすんだポン! 誰だポン!」

 

ぽん?霊夢は一瞬、妙な引っかかりを覚えたが、今はやっとあいつらの悪事を暴けることへの高揚感が勝った。

 

「あんたはハメられたのよ。まんまと私の罠に引っかかってありがとうね」

 

そのままガッチリと首根っこを持ったまま、事務所へと向かう。「はなせ!」とジタバタと暴れているが、博麗の巫女の手から逃れられるわけもなく、入口の前についた頃には大人しくなっていた。

 

霊夢は暖簾を蹴り破るようにくぐった。その瞬間、手元のこそ泥は霊夢の胴を思いっきり蹴ると、そのまま霊夢の手を逃れ、入り口から一番遠い机の陰に転がり込み、三つの影の後ろに隠れた。

 

「な、なに!?」「うわっ、なになに!?」

 

突然の乱入者に目を丸くするミケ、お燐、橙。しかし霊夢はそんなことお構いなしに、お祓い棒を突きつけた。

 

「ついに証拠を掴んだわ。そいつよ! 阿求の倉庫で泥棒を働いていたわ!」

 

三匹が振り返ると、後ろでぶるぶる震える泥棒猫。その猫は、怯えた目で三匹を見上げ――そして、とんでもないことを口走った。

 

「ミケ親分! お燐姐さん! 言われた通り盗んできました!

さあ、これで『猫の国』を作る資金にしてください!」

 

頬かむりから、盗んだ茶碗を差し出すこそ泥。

 

完璧な沈黙が、事務所を支配した。

 

「…………え、誰こいつ?」

 

橙が、全員の心の声を代弁した。

「知らない」とミケ。「知らないよ」とお燐。三匹が揃って首を横に振る。

 

「知らないわけないでしょう!」

 

霊夢のお祓い棒が閃く。ミケが慌てて受付カウンターの木箱を盾にし、お燐が反射的に炎で牽制する。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

「待たないわよ!」

 

事務所の中が一瞬で戦場と化した。

霊夢が陰陽玉を撒き散らし、ミケが書類の束を盾にして必死に防御し、お燐が怨霊の青い炎で応戦し、橙は式神の札をばら撒きながら逃げ回る。泥棒猫は混乱に乗じて脱出を試みるが、たまたま倒れた机に行く手を塞がれ、右往左往するばかりだ。

 

「だからうちの子じゃないってば!」

「問答無用!」

 

混戦の最中、霊夢が放った陰陽玉の一つが、美しい放物線を描いて――逃げ回る泥棒猫の後頭部に直撃した。

 

「あべしっ!」

 

間抜けな悲鳴とともに、泥棒猫がきりきりと回転しながら吹き飛び、壁に激突する。

その瞬間、ぼんっ、と煙が上がった。

唐草模様の頬かむりが宙を舞い、灰色の毛並みが溶けるようにほどけていく。煙が晴れたそこにいたのは、猫ではなかった。

まんまるの腹。ふさふさの縞模様の尻尾。そして、頭にはちょこんと乗った葉っぱ。

 

「……たぬき?」

 

全員の目が点になった。

 

「あ! こいつたぬきだよ!」

 

橙が真っ先に叫んだ。鼻をひくひくさせて、したり顔で腕を組む。

 

「やっぱりね! なんかたぬき臭いと思ったんだ!」

 

壁際で目を回していたたぬきが、ようやく意識を取り戻す。自分の姿を見下ろし、ぎょっとして尻尾を隠そうとするが、もう遅い。

 

「う、うぅ……バレちまったポン……」

 

たぬきはしおらしく正座すると、観念したように口を開いた。

 

「……おいらは、里の外れに住んでるたぬきだポン。猫に化けて、こいつらの仕業に見せかけて泥棒してたポン」

 

「なんでそんなことを?」とミケが腕を組んで詰め寄る。

 

「だ、だって! お前ら化け猫ばっかりチヤホヤされてずるいポン! 人里ではどこもかしこも猫猫猫で、たぬきの居場所なんてどこにもないポン! だからせめて、お前らの評判をガタ落ちにしてやろうと思って……肉球のスタンプも見よう見まねで偽造したポン」

 

「…………」

 

事務所に重い沈黙が落ちた。ミケがゆっくりとメガネを外し、丁寧に拭き、もう一度かけ直した。

その目が、氷点下の冷たさを湛えている。

 

「――つまり」

 

「ポン?」

 

「あなた。うちの肉球スタンプを偽造して、それを犯行現場に残して、うちの猫の仕業に見せかけた、と」

 

「そ、そうポン」

 

「うちの登録商標を。無断で。模倣して。犯罪行為の証拠として。利用した、と」

 

ミケの声は静かだった。静かすぎた。嵐の前の凪とは、まさにこのことだ。

 

「完全な商標権侵害と営業妨害よ!!」

 

ミケが机を叩く音が、事務所中に響き渡った。たぬきが三寸ほど跳び上がる。

 

「当社が築き上げたブランド価値を、こんな安っぽい偽造スタンプで毀損するなんて、万死に値するわ! 商標法違反、不正競争防止法違反、信用毀損罪、名誉毀損、威力業務妨害……刑事でも民事でも、徹底的にやらせてもらうから!!」

 

ミケの法律用語の嵐に、たぬきはもちろん、霊夢もお燐も橙もぽかんとしている。

「分厚い書類の束がまた増えるわね……」と霊夢が遠い目をした。

 

「ま、法律は別にいいとして」

 

お燐がのそりと前に出てきた。猫の尻尾を揺らしながら、にんまりと笑う。

 

「今日はたぬき鍋かなあ」

 

「ぽ、ポンッ!?」

 

「藍さまに作ってもらおうよ!」

 

橙が無邪気に手を叩く。純粋な笑顔が、かえって恐ろしい。

 

「藍さまのお鍋、すっごく美味しいんだよ。きっとたぬき鍋も得意だと思うな!」

 

「お、お助け……」

 

三方を化け猫に囲まれ、たぬきは歯の根が合わなくなるほどガタガタと震えている。

「鍋はやめてあげなさいよ」と霊夢が呆れ顔で言いかけた、そのとき。

 

「やれやれ。あんまりうちの若いのをいじめないでやってくれ」

 

低く、のんびりとした声が、入り口から響いた。

全員が振り返る。

暖簾の向こうから、大きな丸眼鏡をかけた妖怪が、ゆったりとした足取りで姿を現した。

煙管を咥え、ふさふさの大きな尻尾を揺らし、泰然とした笑みを浮かべている。

化け狸の大親分、二ッ岩マミゾウだった。

 

瞬間、場が凍りつく。思いがけない大物の存在に、ミケは頭を回し、

お燐は身を屈めて、尻尾を逆立てている。橙に至っては、今にも飛びかかりそうだ。

 

「あんた、何しに来たのよ」

 

「やあ巫女殿。それにミケ殿たちも、夜分に随分と賑やかじゃのう」

 

マミゾウは事務所の惨状――ひっくり返った机、散乱した書類、壁に亀裂――をぐるりと見回して、それから床に転がるたぬきに目を落とした。

「マ、マミゾウ様ぁ……!」

 

たぬきがすがるように這い寄る。マミゾウは煙管をふうっと吹かし、目を細めた。

 

「やれやれ、とんだ粗相をしおって」

 

「ちょっと! あんた、こいつの親分でしょう。まさか裏で糸を――」

 

「おっと、そこから先は心外じゃな。ワシはこやつに何も命じておらん。ただ……里の若い狸がどうにも馬鹿をやっておると、風の噂で聞いてのう」

 

ミケが腕を組み、眼鏡の奥の目を細めた。

 

「ずいぶんちょうど良いときに現れましたね。まるで最初から見ていたみたい」

 

「たまたま通りかかっただけじゃよ」

 

飄々とかわすマミゾウに、ミケの目がさらに細くなる。だが、それ以上は追及しなかった。

マミゾウはたぬきの首根っこをひょいと掴み上げると、もう片方の手で懐から小さな包みを取り出し、ミケの前に置いた。

 

「こやつの処分はこちらで引き受けよう。それと、これはお詫びの品じゃ。後日、被害に遭った家々にも改めて届けさせる。どうか穏便に頼むよ」

 

「ちょっと、勝手に話をまとめないでくれる? 私が決め――」

 

「巫女殿にも、もちろん。お詫びの品を届けさせるよ」

 

「…………」

 

霊夢はしばし目をつぶって考えると、お祓い棒を下げた。

 

「まあ、そいつは好きにしなさい。話があるのはこっちだし」

 

マミゾウがたぬきを抱えたまま、暖簾に手をかける。その背中に、ミケが声をかけた。

 

「マミゾウさん。一つだけ。……今後、この手の事件を『風の噂』で知っても、もう少し早く動いていただけると助かるわね」

 

マミゾウは振り返らず、ただ煙管をくゆらせて、小さく笑った。

 

「善処しよう。――しかし『猫の手』とはよく考えたもんじゃのう。……狸の手も悪くないかのう」

 

マミゾウは肩を揺らして笑いながら、夜の闇へと消えていった。ぶら下げられたたぬきの「ゆ、許してくださいポン……」という情けない声が、しばらく遠ざかっていくのが聞こえていた。

 

 

博麗神社の縁側。

 

霊夢の手にはおせんべいと、玉露で淹れたお茶。マミゾウからの「お詫びの品」は、悔しいことに、確かに上等な品だった。

 

「へえー。じゃあ、泥棒は猫じゃなくて狸だったんですね!」

 

あうんが目を丸くして、煎餅をぱりぱりとかじっている。

 

「そうなのよ。で、結局あいつらの事務所で、猫の手カンパニーの本当の目的も聞かされたんだけど」

 

「本当の目的?」

 

「なんでも、派遣で稼ぐのはただの手段で、本当の目的は普通の猫たちを人里に馴染ませることなんだって。猫は人間に飼ってもらって人間社会を学ばないと、化け猫になれないの。橙が言うには、化け猫になりたい猫は山ほどいるけど、飼ってくれる人間が見つからなくて困ってるんだとか」

 

「へえ~、それは大変ですね……」

 

「だから、派遣で猫を送り込んで、お行儀の良いところを見せて、そのまま飼ってもらえるように仕向けてるってわけ。まあ、それは好きにすればいいんだけど」

 

霊夢はお茶をずずっとすすり、苦い顔をした。

 

「問題はあの肉球スタンプよ。あんなの、何かの細工にしか見えないでしょう。あれがなにか聞いたら」

 

霊夢は声色を変えて、橙の口調を真似た。

 

「『下僕度だよ! 肉球が多い家ほど、猫にメロメロってこと!』だって。で、お燐のやつは何て言ったと思う? 『お姉さんの家は居心地いいんだよねえ~。お魚焼いてくれるし、縁側は日当たり最高だし』って、あのふてぶてしい顔で」

 

「あはは! だから博麗神社にも肉球印があったんですね!」

 

「笑い事じゃないのよ! 下僕度って何よ! あいつら、私のこと舐めきってるわ!」

 

霊夢は頭を抱えた。せめてもう少しわかりやすいマークにしてほしかった。

 

「で、結局どうしたんですか?」

 

「一応、許可は出したわよ。ただし条件つき。化け猫の派遣の数は減らして、派遣の猫は猫らしくすること。いくらなんでも、猫が二足歩行で雑巾がけしてたら、おかしいでしょう」

 

「たしかに……」

 

「まあ、あいつらも一応反省はしてたし。橙なんて最後まで『たぬき鍋にしよう』って言ってたけど」

 

穏やかな午後。縁側に差し込む日の光はあたたかく、玉露の渋みが心地よく喉を通っていく。あの騒がしい数日が嘘のような静けさ。

 

どこからか聞き覚えのある鳴き声が重なって聞こえてくることに、霊夢は今さら気づいた。ゆっくりと顔を上げて、縁側の外を見る。

猫が、いた。

二匹。三匹。もっといる。

縁側の端で丸くなっている三毛。庭の日だまりで腹を見せている黒猫。灯篭の上からこちらを見下ろしている白猫。屋根の上で毛づくろいしている虎猫。

 

「……ちょっと、数が多いんだけど。せめて一匹にしなさいよ!」

 

猫たちは、欠片も気にした様子もなく、日だまりの中で、思い思いにくつろいでいる。

あうんが笑いながら猫の一匹を抱き上げ、霊夢がぎゃあぎゃあとわめき、猫がにゃあにゃあと鳴く。

今日も博麗神社は妖怪がいっぱい。猫も、いっぱい。

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