(やっぱりだ!僕はこの子を…死んで生まれたこのガランドウを幸せに造りなおせる!)
内心で薄暗い歓喜に酔うのを隠し、無表情で子供を抱きしめ話す。
「君は名は士郎…だよ」
「しろう?」
「そう、士郎。君に残った君自身の名前だ」
「…しろう」
鸚鵡の様に呟き、自分の名前を反芻する。
「それだけしか君には無いよ?後はなんにも無くなったからね」
士郎の頭の上で笑みを浮かべ、告げる。
「けど大丈夫」
士郎は、ただ切嗣を見上げた。
「僕の息子にならない?」
「?」
「士郎はね新しく生まれたんだ。赤ちゃんなんだよ…赤ちゃん《キミ》は僕が取りあげたんだ」
残念ながら、産みだしたモノは逝ってしまったけどと、切嗣は士郎に語りかける。
何いっているのか、士郎は判らない。
唯一判るのは、全て亡くした自分に居場所を与えるという事。
「士郎、僕の息子になるね?」
選択なんて出来ない。
だから答えた。
「うん」
それを聞いた切嗣は、嬉しそうに士郎を抱えなおし、きつく抱きしめる。
「ありがとう!今日から君は『衛宮士郎だ』っっお誕生日おめでとう!」
士郎は…今…産まれた。
■■■■
『初めての恋慕であった。
相手は赤子、産まれたばかりの赤子だ。
産着にくるまれた彼女は違えようもなく…赤子。
あぁ己は狂うてしまったのだろうか?
それでも良い!
私は皆が赤子とその母親に言祝ぐ中、傍らにある胞衣《エナ》を裏庭に埋めに行く。
本来は父親がやるべき事だが、この戀を成就すべく私は胞衣を埋めた土を思い切り踏んだ。』
ー蠱崎かなゑ:著[虚無への供物]よりー
■■■■
「え?あの人が」
学校から帰ってきた大河は、祖父から以前来た男・衛宮切嗣が、改めてあの空き家に住む事を聞いた。
そこに住む気は無いのに、−わざわざ買い取った酔狂者−だからだろうか?大河は、切嗣をよく覚えていた。
「おう…何でも餓鬼がいるらしくてな?教育の為にも、いつまでもふらふらしてる訳ゃイカンと思ったらしいわ」
祖父・雷画は仕方ない親父だと笑う。
「じゃアタシご挨拶してくるね!」
これからご近所さんになるのだからと、雷画に告げると、雷画は…
「構わねーが…大河」
「何?」
「いや、なんでもねぇ!そうだ行くんなら神棚の酒持って行け、引っ越し祝いだ」
「?は〜い」
行ってきますと、元気良く返事した孫の姿を見送る。
(言う必要はあるめぇ…野郎が直にくたばるなんぞ)
その判断が正しいのか、雷画自身も判らない。
ただ、稼業が稼業なだけに、命のやり取りをしたのは一度や二度ではない。
故にだろう…せめてあの明るい孫が死に逝く男の安らぎになればいい。
そして…あの幼子の傷を癒せられれば良い。
恐らく、例えようもない程の絶望を、あの二人は味わったのだろう事は、容易に想像出来た。
うわべの慰めは不要。
ならば、あるがままに。
願わくは、閉じたままあの二人の世界が、完結しないよう…柄にもなく神仏に祈った。
■■■■
藤村組の所有地の中で、幾つか空き家がある。
その中で、最近流行りのマンションや、洋風建築はあまり無い。
祖父の雷画は、古式ゆかしい武家屋敷を愛していた。
新しく隣人(とはいえ場所は多少離れている)となる人物は、あの武家屋敷を気に入ってくれたのか?
祖父が愛するあの屋敷は、多少不便はあれど、立派な造りであり自慢の邸宅だ。
今の若造は粋もなにも判ってない、と憤る祖父は、買い手がない事を、苦々しく感じていたのかもしれない。
だから、理解してくれる人が来たと、大河は嬉しかった。
道すがらそんな事を考える内に、どうやら目的地に着いたらしい。
門を開け、家人に届く様に声をはる。
「ごめんくださ〜い!私、藤村ですが、衛宮さん居られますか〜?」
…返事が無い。
奥に居るのかも、と大河はもう一度呼び掛ける。
「ごめんくださ〜い!!!」
今度かなり大きめに。
だが、それでも返事は返って来ない。
「出かけてるのかな?」
引っ越して来たばかりだし、色々入り用もあるのだろうと、大河はまた今度くるかと踵を返した時、庭園の方になにか見えた。
(なんだ!いるじゃない)
影は人だった。
引っ越し祝いの酒を抱えなおし、庭園の松を見つめる人に声を掛ける。
「こんにちは!お隣の藤村です!」
声を掛けておいてなんだが…相手は子供だった。
「あ…えと〜こんにちは!」
子供は女の子だった。
珍しい事に、女の子は和装だった。
髪色と合わせたのか、着物地は臙脂、帯はそれよりは薄い、所々に紅葉の柄をちりばめた薄墨色がよく似合っている。
この女の子が、祖父の言っていた子供だろう。
(それしても大人しいな〜)
大河は屈んで、目線を合わす。
そこで気付く。
(…この子…大人しいんじゃない…んだ)
『無反応』
子供は、外部からの刺激に、なんの反応も返さないだけだ。
顔を合わせても、眼はなにも写さない。
虚ろなまま…。
なんだか哀しかった。
「士郎」
突然後ろから声がした。
驚いて振り向くと…同じく、和装の無精髭の男が立っていた。
「あっあの勝手に入ってスミマセンっっえと、その返事がなかったし…その…ごめんなさい!」
慌て頭を下げる。
訪ねてきた少女のその姿に、苦笑してしまう。
「そんな謝らなくて良いよ、すまなかったね。奥に居たものだから…それで君は藤村さんのトコのお嬢さんだね?なにか御用かな?」
「すっスミマセン!あっコレお爺ちゃんから引っ越し祝いです!どうぞ!」
雷画から、持っていくよう言われた秘蔵の酒を渡す。
「ほぅいい酒だね、有り難う遠慮なく頂戴します」
その微笑みに、漸く大河は安堵した。
「あぁ名乗るのが遅れたね…僕は衛宮切嗣、この子は僕の義息子《ムスコ》の士郎だ」
「私は藤村大河です!…って…この子…男の子なんですか!?私てっきり…!」
それはそうだろ。
今の士郎は、どこから見ても女児にしか見えない。
そもそも普通の男の子なら、着ない。
…余程特殊な性癖なら別だが…。
「事情があってね?おまじないで女の子の格好させている、時代錯誤なんだろうケド」
少しでも丈夫に育って欲しいと語る。
昔は魔除けなどの為、わざと性別と反対の格好させる風習がこの地はあった。
なるほどと納得する。
少々行き過ぎの感は否めないが、それもまた親心なんだな、と感心してしまう。
「まだ〟生まれた〝ばかりだから余計心配でね」
「え?」
今…この男は何をいった?
生まれたばかり?
「あの…」
「ん?なに?」
「いえ、なんでもないです!それじゃ私はこれで失礼しますねっさよなら〜」
「ハイさよなら」
なんだかこれ以上訊いてはいけない気がして…大河は挨拶してすぐに走っていた。
切嗣は気にしたふうはなく、手を振って見送る。
一度振り向くと、彼はまだ自分を見送ってくれている。
(いい人…なんだろうケド…)
どこか違和感を感じた。
■■■■
衛宮切嗣が『士郎』を引き取り、数ヶ月。
願掛けに着せていた女装も必要なくなる程、士郎の体調は回復していた。
空っぽだった中身も、少しずつではあるが、確かに埋まっていっている。
感情はまだ表に出にくいが、言葉はあまり不自由は無くなった。
年が経てば、もっと豊かになるだろう。
「衛宮の兄さんよぅ、どうだい?チビの様子は」
衛宮邸の縁側では、藤村組の組長・藤村雷画と将棋を指していた。
「お陰様で大分ここに馴れてきた様子です」
「そうかい」
パチリ パチリ
お互い、ろくにルールは知らない。
手慰み程度の知識だ。
腹の探り合いに丁度よい。
潤滑油として、部屋にあったものを使用しているに過ぎない。
パチリ
音が鳴る。
「最近ねぇ…お嬢さんがよく来るんで、ウチが賑やか…」
バチン!
切嗣が強めに指す。
「そうかい、そうかい」
雷画は、長考の姿勢を取る。
「…で?お前さんはどうなんだ」
「何がです?」
切嗣は番茶をすすり、雷画は煙管をとり、火を着けた。
「お前さんは…嫌なんじゃねぇのかい?」
ゆるりと、煙管を吹かす。
「贔屓目と云われるかもしれねぇが、大河は飛び越えてくるぜ?アイツはそういう女だ」
「できれば勘弁して貰いたいですが…」
将棋の音は、止んだまま。
「けどね親分さん…士郎には必要だから、僕は我慢します」
「そうかい…」
「最期は譲りませんケドね」
切嗣は笑うばかりだ。
「最期か」
「最期です」
「…お前さんはアイツに何を遺す?」
煙管の火は…とうに無くなった。
灰を、煙管箱に落とす。
「さぁ?ですが敢えて云うなら…〟僕〝かな?残り滓だけなんですが」
それでも、士郎は離さないと嬉しそうに語る。
この会話で、雷画が判るものなどない。
壊れかけの男の考えなど、あちら側ではない人間には、わかろう筈もない。
それが判っていても、あの幼子を見捨てるなど、老人には出来ない。
「わからんね…お前さんは」
「スミマセンね」
「お前さんが死んだら、ちびの面倒はみてやるからとっとくたばんな」
「ハハっお願いします!」
玄関から声がする。
大河と士郎が、散歩がてらの買い物から、帰ってきた。
それを合図に、この不毛な問答は終了した。
本当にどうしようもない話を、何故彼らはしたのか?
きっと色々な要因があったのだろう。
……………なんの実りも収穫もない会話でも。
『話す』、という事が必要だった。
【ろくでなし】には。
「たっだいま〜〜〜!あれ?お爺ちゃんと切嗣さん?」
「ただいま。爺さん達…将棋指してたの?」
珍しそうに、二人が将棋盤を覗く。
「おかえり。うんだけど僕の負け…かな?」
「いやぁ違うんじゃねぇかい?儂らよく判らんで指してたしなぁ?」
盤の駒は、滅茶苦茶なものだった。
それは、先程の会話の在り方を顕すようで、男と老人は苦笑するしかなかった。
「おとなはわかんない事するんだな」
士郎はポツリと呟く。
「士郎、適当なのはこのふたりだけだよ!他の人はちゃんとしてるから信じちゃ駄目よ?」
「そうなの?」
「そうなの!」
老人は、微笑ましく子供達を眺める。
男は、何を見ているのか?それは男にしか見えない。
雷画は、子供が泣かぬ未来を切嗣に望む。
切嗣が、その望みを叶えぬ事を知りながら。
季節は確実に過ぎていく。
■■■■
『「御前はなんて厭らしい!真実、愛などと宣うなっ御前は欲しひ欲しひと駄々をこねる玩具を持つた餓鬼だ」兄のいふのは確かである。勘違いしていた。恋慕?否。あつては為らぬ!己には少女を蒐集(しゅうしゅう)したひといふ性的欲求を伴う欲望しか無い。其れが今判明した。』
ー蠱崎かなゑ:著[虚無への供物]よりー
■■■■
「マジチャカはジェリコ941が4挺と発破モンは
ナパーム弾・無誘導爆弾・手榴弾・地雷時限爆弾 と…ウチのある使える奴ァこんくれ〜かね?」
藤村組の若衆が、リストを渡す。
「親分が、ドンパチやらかしてたのは昔ですよね?いや…流してたのはかな?」
若衆が、ため息をつく。
「切嗣さん…そりゃ違うゼ?組長の姐さんがやらかしてた時分の残り!」
「……つい最近までなんだね…暴れてたの」
男二人は顔を見合せ、締念の溜め息。
女は怖い。
本当に恐い。
「どうしたの」
「「!!!??」」
そこには、雷画と同年代の老婦人がいた。
つまり…件の人物である。
雷画と同じく和装の、優しい印象を醸し出すその女性は切嗣の購入したリスト表を一瞥すると、小さな子供に話す口調で、
「衛宮さん…あたしらも大概ですけどね…コレで大丈夫なの?手当たり次第に使うなんて、あんたも玄人だから判る筈よ」
言外に−今のお前が銃火器を操っても、十全の成果は上がらない。
しかもたったこれだけの装備で−そう言っているのだ。
「…多少弄りますよ…まだキャレコが一挺ありますし」
「…多少ねぇ」
「ええ」
何度諭そうとしたか、彼女も忘れてしまった。
そして、思い出す。
この先のお定まりの台詞を。
「だけど僕はやるしか無いんです」
無力だ。
生きている人間は、死人(コイツ)には勝てない。
以前、旦那の雷画が言っていた。
−死人はとっと墓に入りゃイイのによぅ−
あの時は、判らなかった。
だが、今はそう願う。
早く楽になれば良い。
ボロボロの死人が、憐れで為らなかった。
けれど、老婦人は言わない。
労りや中途半端な優しさは、この男にはもう…要らないから。
終わる人間に、渡す言葉など無い。
自分は、偽善など語れない。
だから…良いのだ。
若衆と取引した切嗣は、そんな彼女の思考を、読み判っていた。
切嗣は、後日荷物が届くのを確認すると、彼女の心情を察し、これ以上傷つけまいと足早に藤村組を後にする。
そんな切嗣の後ろ姿を見送ると、つい溢してしまう。
「困った子…」ーと。
そして思うのだ。
困った子の壊れかけの精神を、ギリギリで抑えている理由の一つである…幼子を。
(あのちびちゃんは防波堤にならなかったね)
切嗣の防波堤は、すでに亀裂だらけだ。
崩壊の亀裂は増すばかり。
今はまだ保つかもしれないが、それも時間の問題だろう。
切嗣が、取り返したいものがなんなのか?
老婦人は知らない。
だが、彼女の経験か女の勘か…何度やろうと無駄と判る。
完全に取り返しが出来ないという現実を、切嗣が理解した瞬間が、なにより恐ろしい。
矛先は必ず『唯一』に行く。
すがれる『何か』に。
衛宮切嗣が今まで抱え、尚も増やし続ける罪悪・後悔・疑念・恐怖そういった業だ。
どんな形を成し、現れるかわからない。
そんな切嗣の狂気《ナカミ》は、静かに漏れだしている。
「切嗣さん…もうお止め…」
若衆は、その悲しげな呟きを、聞かなかった事にした。
■■■■
「愚行ばかり繰り返す男だ…」
吹雪を介して、アインツベルンの老当主・ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは、切嗣を視ていた。
「天の杯にまた届かなんだ…しかしまだ機会はある…次は最初からこれを使うか」
吹雪から視覚を外し、城の地下にある調整室に横たわり、調整を受ける小さなホムンクルスの少女・イリヤスフィールを昏い眼で見つめた。