かごめ謌《ウタ》から七つの祝い   作:

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祝い、みっつ

 

■■■■

 

 

(また…閉じられた…)

 

ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは、森の結界を決して開けようとはしなかった。

以前の切嗣ならば、なんとかこじ開け、冬の城から愛娘を奪還出来ただろう。

しかし極大の呪いを受け、心身共にボロボロの彼は、一般人に毛が生えた程度の能力しか使えなくなっていた。

そんな切嗣が、御三家の一角を担うアインツベルンの結界が、破れよう筈もなかった。

何度繰り返しても、辿り着けない。

限界を感じた。

自分はもう冬の城に行けない。

あの大切な雪の妖精にはもう…会えない。

どうしようもない。

判りたくなかった!

知りたくなかった!

もう嫌だ。

これ以上切嗣は耐えられない。

切嗣は受け入れた。

今を…。

故に彼は、壊れる。

壊れた自分を認めた。

ふと思い出す。

 

(あ…士郎のとこに帰らなきゃ)

 

異国の地で衛宮切嗣は、ぼんやりと頭に浮かんだ、愛する幼子を、求め冬の城を後にした。

『息子』は此処にいないのだから。

いる必要はない。

 

 

だから 此処に 来る 意味は 無い。

二度と 永久に。

 

 

「待っててね、士郎」

 

 

 

 

■■■■

 

 

『あの時、見初めた赤子は美しく清廉な少女へ育つてゐた。

七歳の少女とは思へぬ程に。

己は少女が産まれた時の行動を、我がこと乍ら褒めてやりたひ、呪詛は成功したのだ!!

胞衣《エナ》を踏まれたら、踏んだ相手には逆らえなひ等眉唾もいいところである。

だが、成功したのだ!

腕の中の戀しい若紫は法悦に柔肌を染めている。

私は決して後悔はしないで在ろう。

堕落?背徳?嗚呼、悦びむかえよふ!私は深淵を求め、破滅した哲学者でない。

己に尨犬に負ける悲嘆は必要非ず。

永遠なるマルガレーテは御霊《ココロ》を私に献上した。

無論私も…。

後どのくらい私達は浄土で愛《カナ》しい交歓を続けられる?己の杞憂はその一点のみだ。

願わくは、………』

 

ー蠱崎かなゑ:著[虚無への供物]よりー

 

 

 

 

■■■■

 

 

季節は過ぎ、地名の指す通りの冬になった。

切嗣が『士郎』を引き取りもう一年。

無表情の幼子は、少しずつ感情を覚えている。

温かな人々に包まれ、彼は順調に育っていた。

初めて衛宮邸に来た日から、大河は足しげく衛宮邸に通う。

切嗣や士郎が、笑顔でおもいっきり笑えるまで、彼女は衛宮邸に通い続けるだろう。

 

 

 

 

 

彼らの空いた空虚な孔《アナ》は、塞がらない…それでも和らげる事が出来れば良いと、大河は思うのだ。

祖父母や藤村組全員が、孫の天真爛漫な気質が、良い影響を親子にもたらすのを期待していた。

そう……期待していた。

 

 

切嗣が、その歪みを露呈するまでは…。

 

 

『その日』は奇妙な気温だった。

真冬だというのに、気温は春の様に暖かい。

これならば冬物は着ずに、上着一枚重ねれば過ごせるだろう。

皆一様に薄着になり午前を過ごせす。

所が午後になり天気は一転。

昼間の好晴が嘘の様に日が翳り、生温い雨が降り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

藤村組に来訪者が来たのは、『その日』。

衛宮邸から二人が消えたのも…『その日』だった。

 

 

現在その日から『二週間』

 

「駄目です!組長何処にもいやしませんっっ」

「若頭が市内市外問わずアタってやすが…」

 

若衆達の報告に雷画は、時期を見誤った自身をたたっ斬りたくなる。

兆候はあった。

原因も判っていた。

故に、いつでも対処できる様にしていた。

 

(完全に油断してたわいっ糞がっっ)

 

雷画はその油断を待っていただろう人物にして、渦中の男・衛宮切嗣を舐めていた。

彼ら藤村組全員は大河を通し、この一年あの親子を見守っていたのだ。

切嗣が、過去何をしていたなど知らない。

知らないが、自分らとは違う、別種の裏稼業であろう事は肌で感じた。

大災害が起こる前に、訪ねてきた切嗣を知る雷画は、だからこそ士郎が養子に迎えられた時点で二人を見守る事…否、監視すると決めた。

 

 

【衛宮切嗣の情念に士郎が呑まれない為に!】

 

 

後先考えない人間ほど、恐ろしいものはない。

判っていたというのに、大河を好きにさせ過ぎた。

切嗣は、彼女を巧く利用し、隠れ蓑にしたのだ。

あちらが自分を監視しているのを逆手に取り、大河の得た情報をわざと雷画に伝え、油断をする様本人も気付かぬ内に誘った。

 

 

 

どんな事実も、伝える側が善人である程、都合良く解釈されてしまうものだ。

マスメディアも使う醜聞の伝え方を利用した、日常的な精神操作。

孫に全て語り、協力を仰いだ方が良かったのか?

しかし、大河は変わらず接するであろう事は予測がつく。

良くも悪くも、大河は正直である、顔にでる彼女が関わったとしても…結果は似たものだろう。

 

(ちび…不甲斐ないジイちゃんですまねぇ)

 

歯軋りが止まらない。

あの猟犬が、幼子に何をするか判らない今、只…己を責める事しか出来ないなぞ、平和ボケにもほどがある。

例え幾千の極道を従えようとも、幼子一人の身を護れなかった自身を雷画は殺しても殺し足りぬと憎むばかりだ。

 

 

カラ…。

 

 

集会場の入り口に、大河が立っていた。

 

「お祖父ちゃん…切嗣さんと士郎は…どうなっちゃうの…?このまま…消えちゃうの…?」

 

泣き腫らした顔の孫娘がいた。

大河は知らない。

切嗣が、常人の親子愛とは違う悍ましい親子愛を士郎に向けている事、そして…その悍ましい親子愛を士郎《コドモ》にも判る形で示そうとしている事を…。

 

「お前はしんぺぇすんな?なぁにちびと出かけて連絡すんのも忘れちまう位浮かれてんだろうよ?」

「お祖父ちゃん…」

「だからその顔なんとかしておけ、衛宮の兄さんらが帰ってきた時…笑われんゾ?」

 

言える訳が無い。

大人でさえ口にするのも憚られる現実を、切嗣に淡い恋心を寄せる少女に話すなど。

 

「…切嗣さん…何か悩み事あったのかな…」

「大河?」

「時々ね、切嗣さんすごく辛そうに士郎を見てたの…切嗣さん達が居なくなったの…それが原因?」

 

女は幾つだろうと女という事だろうか?

大河は視ていたのだ。

切嗣の隠している〟闇〝を。

大河達の前で見せるの抑制していた筈だ。

だが、大河は見抜いていた。

大河自身が自覚せずとも『女』特有の勘がそこにある虚《ウロ》を知覚していた。

 

「私みんながあんなに慌ているの、初めて見た。…多分それ、二人の心配だからってだけじゃないよね?けど…けどねっっ私切嗣さんや士郎に会いたい!だからっだから…」

 

そこから言葉は出なかった。

嗚咽まじりに話す大河に何も言えず、抱きしめた。

ドタドタと、若衆達の声と足音が聞こえる。

その中の足音が、落ち着いた足取りで、こちらにやって来た。

足音の主が何か言ったのか、他の若衆達の足音は事務所へ消えて行く。

落ち着いた足取りの一つは、真っ直ぐに集会場前で止まり、部屋の中に声を掛ける。

 

「失礼します。組長、若頭・藤村虎堂《コドウ》です」

 

大河を隣に座らせ、入る様に薦める。

 

「どうした?」

「報告致します。先程衛宮切嗣・士郎両名を発見しました」

 

その言葉に、大河は今までが嘘の様に喜び、対して雷画は渋い表情をする。

 

「…無事か?」

「恐らく」

「わかった。儂は明日、野郎の家に行く」

「お一人で?」

「殴り込みじゃねぇんだ…連中にも伝えろ…」

 

頷くと、虎堂は大河に部屋で休みよう促す。

 

「大河、お前もご苦労だったな…二人は無事だから今日はもう寝なさい」

「お父さん…」

「さっき二人が言ってたゾ?『連絡するの忘れたからお前に叱られる』って」

 

父は笑い、娘を安堵させる。

大河は疲労のせいか、嘘に気づけなかったが、その一言が何より欲しかった。

くしゃくしゃの顔で、大河は笑う。

 

「〜っもう散々心配させて!!それ!?絶対お説教してやるー!」

祖父と父は、一安心した。

この娘は大丈夫だ、と。

問題は…いや今くらいはいいだろう。

全員が疲れていたし、今から動く気力もない。

あの幼子が帰って来た。

この事実だけで、今日は良い。

 

「あの野郎に聞くのは明日だな」

「はい」

 

親子は確認しあい、部屋に戻る大河を見た。

 

「今…問い詰めたら…あの子が哀しみます」

 

まだ、問題は解決してはいない。

婿養子が呟いた一言で、雷画は再確認した。

 

 

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