ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
二〇一一年、九月。
カノコタウンに住む僕らプレイヤーの前に、一つの「巨大な断絶」が立ちはだかっていた。
ゲームフリークが放った、あまりにもストイックな禁じ手――「エンディングまで旧作四九三匹は完全出禁」。
これまでの十五年間、当たり前のように隣にいたピカチュウも、全幅の信頼を寄せていたガブリアスもいない。今、一人の少年の部屋に、四九三匹の思い出を人質に取った「地獄の贈り物」が届けられた!
「……きたね、チェレン。ついにきちゃったよ」
段ボールを剥がすピィィィーッという不穏な音が、部屋に響き渡る。
僕は、中の人が完全に「孵化作業で精神を病んだ廃人」のトーンで呟いた。
「でもさ、ゲーフリさん正気!? 僕が青春を削り、視力を落とし、理想個体を求めて二千回も卵を孵化した、あの努力の結晶(ガブリアス)たちを、殿堂入りまで『いないもの』として扱えって……! これ、実質的な『思い出の強制リセット』じゃないか!! 精神的ブラッドメールだよ!!」
「やれやれ。主人公、君の愛は相変わらず重くて粘着質だね」
チェレンが、眼鏡の奥で不敵な光を放ちながら被せる。
「それがゲーフリの『覚悟』さ。過去の栄光に縋るな、この未知なる一五六匹と心中しろ……。これは僕らのポケモン愛を試す、最高に贅沢な『踏み絵』なんだよ。さあ、選べ。地獄か、それともこの新種のポカブか!」
その時、ドアが「バゴォーン!」と、建築基準法を無視した勢いで開いた。
「おっはよー!! 待ったー!? ……あ、待って、また段ボールの角に小指ぶつけた! ……イテテ。でも大丈夫!」
ベルだ。相変わらず、彼女の登場は僕の鼓膜と部屋の家具の寿命を削る。
「見て見て、新しいポケモンだよ! 私、パパに旅を反対されて『家出同然』で飛び出してきたけど、この子たちの『新種です!』って顔を見てたら、全部どうでもよくなっちゃった! ね、主人公、一緒に夢を……あるいはゲーフリのプロットを探しに行こうよ!!」
「ベル……その眩しすぎるポジティブさで、僕のドロドロした執着を浄化するのやめてよ!」
僕は絶叫しながら、モンスターボールを掴み取った。
「分かったよ! 行け、ポカブ! 君に決めた! 君のその脂ぎった鼻から出る『ひのこ』で、僕の心に残る四九三匹の未練という名の霧を、物理的に焼き払ってくれ!!」
「プシュン!」と、ポカブが愛嬌たっぷりの鼻息を吹く。
……が、その直後! ベルの足元のミジュマルが、なぜか僕の足元の「最高級ペルシャ風ラグ(偽物)」をロックオンした。
「かわいいー!! ミジュマルー! ほら、最初の挨拶だよ!」
ベルの無邪気な号令と共に、放たれたのは――明らかに一話の威力じゃない『みずでっぽう』!
「あわわわ! ミジュマル! 主人公が昨日、なけなしのバイト代を突っ込んだ『オシャレなラグ』の上で放水しちゃダメー!! 染みになっちゃう、っていうかもう床まで貫通してる! どうしよう、主人公ぉー!!」
「ああああああ!! ふざけるなよミジュマル!!」
僕の魂の叫びが部屋に響く。
「二千回の孵化作業でボロボロになった僕の腰を、優しく包んでくれるはずだった、唯一の癒やしのラグが!! お前、これいくらしたと思ってるんだよ! ゲーフリさんのこだわりはいいけど、水量は考えてよ!! ベルも『あわわ』じゃない、早く雑巾持ってきて!! あと、その『申し訳なさそうな顔』で許されると思ったら大間違いだからね!!」
「……フッ。災い転じて福となす、だ」
チェレンが、水浸しの床で不敵に笑う。
「ラグが死亡したのなら、いっそバトルで部屋ごと壊してしまえばいい。それが、この名作(BW)を始めるための正しい『儀式』だよ。……さあ、いこうか」
「もうヤケクソだよ! やってやるよ!」
僕はポカブを突き出した。
「ゲーフリが仕組んだこの『過去の遺産を認めない強硬姿勢』、バトルのクオリティで納得させてくれよ!! 掃除は全部ベルにやらせるからな!!」
部屋はぐちゃぐちゃ。ラグは水没。
だが、そこには四九三匹への感謝と、一五六匹という新たな希望が、水浸しの床に激しく火花を散らしていた。