ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
一歩踏み込めば、そこは湿気と虫の羽音が支配する「ヤグルマの森」。
骨を担いで逃げるプラズマ団を追う僕らの前に、ひょっこりと、まるで散歩でもしているような軽やかさで、一人の男が現れた。
カラフルな服に、どこか浮世離れした眼差し。ヒウンジムのリーダー、アーティさんだ。
「……なあ、チェレン。見てよ、あの人。こんな薄暗い森の中で、スケッチブック片手に鼻歌歌ってるよ。ゲーフリさん、これ『緊急事態なのにマイペースなやつが一番強い』っていう、少年漫画の黄金パターンをぶっ込んできたの?」
僕は、茂みから飛び出してきたクルミルの糸に絡まりそうになりながら、その芸術家肌の男にツッコんだ。
「やれやれ。主人公、君は『感性の共鳴』というものを知らないのかい?」
チェレンが、森の湿度によって眼鏡が曇るのを忌々しそうに拭きながら言う。
「アーティさんは虫ポケモンの純粋な美しさを愛するアーティストだ。君のような『昨日食べたランチのカロリー』しか考えていない凡人とは、見えている風景の彩度が違うんだよ。……しかし、その派手な格好で森を歩くのは、カモフラージュの概念を全否定しているね」
「分析はいいから、アーティさんに協力してもらおうよ、チェレン!!」
「おっはよー!! 待ったー!? ……あ、待って、巨大なツタに足を取られて、空中庭園みたいに逆さまに吊るされちゃった! ……あわわ。でも大丈夫!」
ベルだ。彼女は森に入った瞬間に、自然のトラップと完全同化していた。
「見て見て、アーティさん! すっごくオシャレ! 私、あの人のスカーフの結び方に、人生を楽しく生きるヒントが隠されてる気がするんだー!! ゲーフリさん、そういう『女子力アップの秘訣』もイベントに組み込んでくれてるのかなー!?」
「ベル、吊るされたまま喋るのやめなよ!! 脳に血が昇ってるよ!!」
そんな僕らのドタバタを、アーティさんは優雅に笑い飛ばした。
「……フフッ、いい刺激だね。骨を盗んだ不届き者たちの『濁った色』が、この森の緑を汚している。……さあ、ボクと一緒に、最高の色彩(バトル)を描きに行こうじゃないか」
アーティさんの導きで、僕らは森の奥へと追い詰められていくプラズマ団を挟み撃ちにする。
彼らが繰り出すポケモンたちを、アーティさんの虫ポケモンが鮮やかにいなしていく。その動きは、まさにキャンバスに筆を走らせるかのようだった。
「待てよ、プラズマ団!!」
僕は、ポカブを繰り出しながら絶叫した。
「お前らの理屈はもういい! アーティさんの美しい森を、その盗んだ骨でガリガリ削るんじゃない!! 返せ! その歴史の重みを、シッポウの博物館に!!」
「……フッ。災い転じて福となす、だ」
チェレンが、暗がりに潜むしたっぱに正確な指示を飛ばす。
「迷宮のような森であっても、真実の光は隠せない。……さあ、主人公。アーティさんの芸術的な援護があるうちに、この一件に幕を引くんだ」
「……やってやるよ!! 筆を置くのは僕らだ!!」
僕は、湿気でベタベタになったスニーカーで腐葉土を蹴り上げた。
アーティさんとの奇妙な共闘を経て、僕らはついに盗まれた骨を取り戻す。
だが、森を抜けた先に待っていたのは、これまで見てきた風景をすべて過去にする、圧倒的な摩天楼の影だった。