ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
下水道で鼻がバカになった僕らを迎えたのは、ヒウンシティのビルの一角にある、芳醇なハチミツの香りが漂うジムだった。
だが、中に入った瞬間、僕は絶句した。
壁一面が、巨大なハチの巣のような構造になっていて、そこを通り抜けるには、見るからに粘着力の強そうな「ハチミツの壁」を突き破らなければならないのだ。
「……なあ、チェレン。見てよ、あの黄色い壁。ゲーフリさん、これ絶対『プレイヤーの操作キャラをハチミツまみれにして楽しむ』っていう、歪んだ性癖の表れだよね!? 昨日の下水に続いて、今日は全身糖分でベタベタになれって言うのかよ!!」
僕は、ハチミツの壁を押し通るヌチャッ……という生々しい音に、精神的なダメージを受けながら絶叫した。
「やれやれ。主人公、君はアーティさんの『表現』を理解しようともしないのかい?」
チェレンが、ハチミツが眼鏡に付着するのをミリ単位の回避でかわしながら、冷徹に言い放つ。
「虫ポケモンが作り出す自然の黄金、ハチミツ。これこそが生命の輝きであり、芸術の根源だ。……あ、僕は後でこのハチミツの粘弾性について、化学的なレポートを三〇枚ほど書き上げるつもりだよ」
「レポート書く前に、僕の服に付いたベタベタをどうにかしろよ、チェレン!!」
「おっはよー!! 待ったー!? ……あ、待って、ハチミツの壁に体がくっついちゃって、人間蝿取り紙みたいに身動きが取れなくなっちゃった! ……うふふ。でも大丈夫!」
ベルだ。彼女はもはや、ジムの仕掛けの一部として完全に機能していた。
「見て見て、主人公! ハチミツが甘くて美味しいよー!! 私、このままこの壁の一部になって、パパの追っ手から逃げ切る『琥珀のヒロイン』になっちゃおうかなー!? ゲーフリさん、そういう『永住機能』も付けてくれてるのかなー!?」
「ベル、アリが寄ってくるから早く剥がれなよ!!」
そんな僕らの騒ぎを、ジムの最奥でキャンバスに向かっていたアーティさんが、優雅に筆を置いて迎えた。
「……フフッ、いい粘りだね。ボクの虫ポケモンたちが描く、命の軌跡。君のポカブの『赤』が、この黄金のジムでどう弾けるか……ボクに見せてくれるかな?」
アーティさんの繰り出す、イシズマイやハハコモリ。
その糸や岩を駆使した戦術は、まさに計算し尽くされた空間芸術だった。
「待てよ、アーティさん!!」
僕は、ハチミツで重くなった腕を振り回してポカブに指示を飛ばした。
「芸術もいいけど、掃除の手間も考えてよ!! 行け、ポカブ! その鼻から出る『ひのこ』で、このジムのベタベタをキャラメル状に焼き固めて、僕らの勝利を決定づけてやれ!!」
「……フッ。災い転じて福となす、だ」
チェレンが、ハチミツの光沢の中に勝利の筋道を見出して不敵に笑う。
「粘着質な戦術には、それ以上の情熱で応える。……さあ、いこうか、主人公。芸術家のプライドを、僕らの『執着(こだわり)』で塗り替えてやろう」
ハチミツの香りに包まれた、甘くも激しいバトルの行方は――!?