ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ライモンシティ。
一歩足を踏み入れた瞬間に、耳をつんざくようなエレクトロ・ポップの重低音が鼓膜を揺らす。砂漠を抜けたばかりの僕には、この都会の煌びやかさは「凶器」に近かった。
「……まぶしい。電気代の概念を疑うレベルだ」
ネオンサインに彩られた並木道、巨大なミュージカルホール、そして空を貫くようなジェットコースター。
この街の主――ジムリーダー・カミツレは、モデルも兼業している超人気者だ。だが、廃人(かつての僕ら)にとって彼女は、別の意味でトラウマの代名詞だった。
「ようこそ、ライモンジムへ。……あなたの戦い方、少しだけ見せてもらったわ」
ジムの奥、眩いランウェイの先でカミツレが微笑む。
その脚の長さと美しさに、観客席のファンはため息をもらしているが、僕は彼女の腰にあるモンスターボールの数を確認して、胃のあたりを重くした。
知っている。彼女がこれから仕掛けてくる、あの「地獄のルーチン」を。
「行くわよ。エモンガ、ボルトチェンジ!」
彼女が放ったのは、空飛ぶ電気ネズミ。
素早い動きでこちらのポカブを翻弄し、電撃を浴びせると同時に、エモンガは眩い光となってボールへと戻っていく。
そして入れ替わりで出てくる、二匹目のエモンガ。
「(……出た。これだ、これこそがカミツレ最大の嫌がらせだ……!)」
ボルトチェンジ。
攻撃と同時に交代する。ゲーム画面では「ダメージ+入れ替え」という単純な処理だが、目の前でやられるとこれほど腹立たしいことはない。
こちらは攻撃を当てようにも、ターゲットが常にマッハの速度で入れ替わるのだ。
「ポカブ、ニトロチャージで追いすがれ!」
炎を纏って加速するが、カミツレは余裕の表情で指を鳴らす。
「遅いわ。もう一度、ボルトチェンジ」
再びのエフェクト。ポカブの一撃は空を切り、今度はゼブライカが戦場に躍り出る。
弱点を突こうにも、相手は相性を計算して「安全圏」からヒット・アンド・アウェイを繰り返している。
「……これが、プロのモデルの、そしてジムリーダーの身のこなしよ。捕らえられるかしら?」
観客の歓声が上がるたびに、こちらの精神力(PP)が削られていく。
災い転じて福となす?
いや、この電撃の嵐の中にあるのは、ひたすら「自分のターンが回ってこない」という、対人戦で一番メンタルを折られるあの感覚だ。
「……っ、ふざけるな! こっちは砂漠で眼鏡を三本ダメにしてきたんだぞ! こんなサーカスに付き合ってられるか!」
僕は叫んだ。
ボルトチェンジのサイクルを崩すには、相手が交代する暇もないほどの「何か」をぶつけるしかない。
だが、その執念が実を結ぶ前に、カミツレの瞳が冷たく光る。
「……いい目ね。でも、ショーはまだ終わらないわ」
ライモンの夜は長い。
そしてこの後、僕はバトルの敗北以上に過酷な「観覧車の密室」へと、ある男に誘われることになるのだが……。