【完結済】ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
4番道路の砂嵐を抜け、全身から砂を排出しながらライモンシティへ戻った僕を待っていたのは、巨大なミュージカルホールだった。
「……なあ、チェレン。ポケモンを戦わせず、帽子やステッキで飾って踊らせる施設なんだって。ゲーフリさん、努力値も経験値も入らないイベントに、どんな顔で参加すればいいの?」
「やれやれ。主人公、ポケモンとの関係は数値だけで測るものではないよ。共に舞台へ立つことも、絆を示す一つの方法さ」
「さっき野生のダルマッカを『欲しい努力値が入らない』って無視した人の台詞とは思えないよ!」
「主人公くーん! こっちこっちー!」
ホールの中からベルが駆けてきた。隣には、王冠、蝶ネクタイ、羽飾り、丸眼鏡を同時に装備させられ、原形を失ったミジュマルがいる。
「ベル、その青いアクセサリー置き場、もしかしてミジュマル?」
「かわいいでしょ! 支配人さんが自由に飾っていいって言うから、全部付けてみたの!」
「自由と過積載を混同するなよ! ミジュマルの首が王冠の重量に負けてるじゃないか!」
ベルが慌てて王冠を直そうとした瞬間、落としたステッキを踏んで転倒した。驚いたミジュマルの「みずでっぽう」が舞台を横切り、僕の砂まみれのスニーカーへ直撃する。
「また僕のスニーカーかよ!」
「あわわわー! でも大丈夫、砂が少し落ちたよ!」
「泥水へ進化しただけだよ!」
ベルは笑いながらミジュマルを抱き起こした。
「私ね、この子と一緒に舞台へ出てみたいんだ。バトルは二人みたいに上手じゃないけど、旅をしながら、自分にできることを探したいの」
その時、ホールの入口から鋭い声が響いた。
「ベル!」
立っていたのは、ベルの父親だった。
「もう十分だ。こんな危険な旅はやめて、家へ帰りなさい」
「でも、パパ……。私、もう少し旅を続けたいの」
「お前は昔からそそっかしい。すぐ転ぶし、道にも迷う。もし何かあったらどうするんだ」
ベルは怯えながらも、ミジュマルを強く抱き締めた。
「確かに私、失敗ばっかりだよ。でも、ミジュマルと一緒にいろんなものを見たいの。何ができるか分からないからこそ、自分で探したいんだ」
「未熟な子を危険な旅へ出すわけにはいかない」
「未熟だからこそ、旅をするのよ」
静かな声とともに現れたのは、ライモンジムのリーダー、カミツレだった。
「娘さんを心配する気持ちは分かるわ。でも、転ばないように閉じ込めることと、転んでも立ち上がれると信じることは違うでしょう?」
「……しかし、この子にそんなことが」
「できるかどうかを決めるのは、あなたではなく彼女自身よ」
父親はしばらく黙ってベルを見つめた。
「……本当に続けたいのか?」
「うん。怖いけど、それでも行きたい」
やがて父親は深く息を吐き、ベルの頭へ手を置いた。
「分かった。ただし、無茶はするな。連絡も忘れるな。それと、リュックの底はきちんと直しなさい」
「うん! 大丈夫!」
「その返事が一番不安なんだけど!」
ベルが父親へ駆け寄ろうとしてステッキを踏み、再び転倒する。宙を舞った王冠が父親の頭へ載り、羽飾りと丸眼鏡まで完璧に装着された。
「あわわわー! パパ、ごめんね! でも、すっごく似合ってるよ!」
「何も大丈夫じゃない!」
父親の絶叫がホールに響いた。
それでも彼は王冠を頭に載せたまま、何度も振り返りながら帰っていった。
「……ちゃんと言えたね、ベル」
「うん。私、自分にできることを、この子と一緒に探してみる」
ベルとミジュマルを見ていると、Nの主張が胸の奥に引っかかった。
人間とポケモンを切り離すことが、本当に彼らの幸福なのか。自分の意思で共に歩こうとするベルたちを見ても、Nはそれを支配と呼ぶのだろうか。
「主人公」
チェレンが、ホールの外を指さした。
「その答えを聞く機会が来たようだよ」
夜空に浮かぶ観覧車。その入口に、緑色の長い髪をした青年が立っていた。
Nだ。
彼は僕を見つめ、何も言わず観覧車へ視線を移した。
「……なんで男二人で夜の観覧車に乗る必要があるんだよ。話なら地上で済ませようよ!」
「行ってきなよ、主人公くん!」
ベルに背中を押され、僕は観覧車へ向かってよろめいた。
「待ってろよ、N。理想だか数式だか知らないけど、密室で難しい話を始めたら、非常停止ボタンを連打してでも地上へ帰るからな!」
ベルが自分の未来を選んだ夜。
僕はこれから、世界中の未来を一人で選ぼうとする男の告白を聞くことになる。