ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
フキヨセシティの北、霧の向こうにそびえ立つ「タワーオブヘブン」。
公式設定では「亡くなったポケモンを悼む場所」だ。だが、僕の曇りきった眼鏡の奥に映っているのは、そんな情緒的なものではない。
「……ここだ。こここそが、特攻(C)の努力値を稼ぐための、廃人専用トレーニングジム……!」
塔の中に一歩足を踏み入れた瞬間、お香の匂いと共に、ヒトモシたちがゆらゆらと現れる。
普通のプレイヤーなら「可愛い」だの「不気味」だの言うだろうが、僕の脳内計算機は【ヒトモシ:努力値特攻+1】という無機質なログを吐き出すだけだ。
「……ポカブ。いや、今はチャオブー。悪いけど、この塔を登り切るまでに、お前の特攻ランクを理論上の限界値まで叩き上げる。いいな、無駄に鐘を鳴らして感傷に浸ってる暇はないんだ!」
だが、そんな僕の「効率厨(スピードランナー)」な思考をぶち壊すように、塔の最上階から、これ以上なく「清純派」な鐘の音が響き渡った。
「……あ、きてくれたんだ。あなたが、アララギさんに聞いたトレーナーさん?」
最上階。抜けるような青空と、冷たい風が吹き抜ける展望台。
そこにいたのは、パイロットスーツをこれでもかと着こなした、街のアイドル――ジムリーダー・フウロだった。
彼女は、傷ついたコアルヒーを優しく抱きかかえ、こちらを見て天使のように微笑んだ。
「この子、翼を怪我して飛べなくなってたの。でも、もう大丈夫。……ねえ、あなたも鐘を鳴らしてみる? 想いが空に届くって言われているのよ」
「鐘!? フウロさん、正気!? 怪我をしたコアルヒーはいいけど、僕のチャオブーの努力値配分という名の『将来設計』が、今まさに怪我をしてるんだよ!! 鐘を鳴らして想いが届くなら、今すぐゲーフリさんに『物理攻撃でゴリ押せるルートも作ってください』ってメールを飛ばしてよ!!」
彼女の眩しすぎる善意が、僕のドロドロとした「数値への執着」を、高度数百メートルの紫外線で焼き殺しにくる。
「……あら、面白い人。でも、戦う前には、まず心を綺麗にしなきゃ。……それじゃあ、私は一足先にジムに戻っているわね。準備ができたら、空の上まで会いにきて!」
フウロは軽やかに、それこそ「重力って何?」と言わんばかりの身のこなしで、塔を降りていった。
「……ジムに戻る!? 待ってよ!! だったら最初からジムにいてよ!! なんで僕は、野生のヒトモシとエンカウントするたびに『特攻が増えちゃう……物理型なのに……』って、ステータス画面を見ながら絶叫しなきゃいけないんだよ!!」
残されたのは、鳴らされなかった鐘と、努力値の計算が狂い始めた僕。
そして、空高くから聞こえてくるプロペラ機のエンジン音。
「災い転じて福となす、だっけ……。……うるさいよチェレン!! 鐘の音で心が洗われるどころか、僕の『物理特化の夢』が、霧の中に溶けて消えていく音が聞こえるよ!!」
僕は五本目のスプレーを空中にぶちまけ、物理法則を無視したフウロのジム――あの「大砲でトレーナーを射出する」という、安全基準法を全力で殴り倒した狂気のジムへと向かう決意を固めた。