ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
フキヨセジムという名の「人間大砲射出訓練所」を、ボロボロの三半規管で引き揚げた僕を待っていたのは、イッシュ地方における最大級の「遅延工作」……ネジ山だった。
標高が高い。空気が薄い。そして何より、マップの構造が嫌がらせのように複雑だ。
「……長い。長すぎるだろ!! ゲーフリさん、このダンジョンの歩数計、バグってない!? 一歩進むたびにエンカウントするガントルとドテッコツに、僕のゴールドスプレーが、まるで夏の日の氷のように溶けていくよ!!」
スプレーを「ファブリーズ」並みの勢いで撒き散らしながら進む僕の前に、これ以上なく「壁」のような背中が現れた。チェレンだ。
彼は珍しく、いつもの理屈っぽい表情を曇らせ、洞窟の壁を睨みつけていた。
「……主人公。強さって、一体なんだろうね」
「チェレン!! 唐突に哲学を始めるのはやめてよ!! この酸素が薄いネジ山でそんな重いテーマを持ち出されたら、僕の脳細胞が『思考停止』という名の状態異常(マヒ)になっちゃうだろ!!」
だが、チェレンの声は真剣だった。
「アデクさんに会ったよ。チャンピオンである彼に『強くなってどうするんだ?』と聞かれた。僕は……答えられなかった。理想の数値を求め、努力値を振り分け、完璧なパーティを作れば、その先に『正解』があると思っていたのに」
「(……出たよ。廃人が一度は通る『何のために厳選してるんだっけ?』という虚無感のフェーズだ……!!)」
僕は、三本目のスプレーをシュッと噴射しながら言い返した。
「チェレン!! 強さの定義なんて、殿堂入りした後に、個体値ジャッジに『素晴らしい能力を持っている』って言わせること以外に何があるんだよ!! 悩んでる暇があったら、その辺のガントルを狩って攻撃(A)の努力値を稼ぎなよ!! 迷いは数値の濁りだよ!!」
「……君は、相変わらず極端だね。でも、その迷いのなさが、今の僕には眩しいよ」
チェレンは少しだけ自嘲気味に笑い、眼鏡の位置を直した。
「……先に行くよ。ネジ山の出口で、また会おう。……掃除は、ベルに任せるわけにはいかないからね」
「だから!! 今ここにベルはいないって!! なんで僕ら、いない奴に掃除を押し付ける共通認識が出来上がってるんだよ!!」
去りゆくチェレンの背中を見送り、僕は残されたスプレーの残量を確認した。
「災い転じて福となす……? チェレン、君が強さに悩むのは勝手だけど、そのせいで僕の攻略テンポ(時給)が落ちてるんだよ!! 強さの答えなんて、乱数調整の果てにしかないって、いつか僕が物理的に教えてやるからな!!」
僕は六本目のスプレーを抜き放ち、冬の気配が漂い始めたネジ山の深部へと、重いトレッキングシューズを踏み出した。