ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
セッカジムの扉を開けた瞬間、僕は確信した。ゲーフリのギアル(歯車)のどこかが、物理的に噛み合っていないことを。
「……バカなの!? 何この床!! 全面凍結どころか、これ、物理法則をログアウトさせた摩擦係数ゼロの世界じゃないか!!」
一歩踏み出すだけで、意図しない方向へスィーッと滑っていく。
この「一度滑り出したら壁にぶつかるまで止まれない」というパズル要素。廃人にとってのそれは、思考の楽しみではなく、最短ルートから一マスでもズレた瞬間に訪れる「時間の損失」への恐怖でしかない。
「あー!! また一マス行き過ぎた!! 戻るのに三回も壁に激突しなきゃいけないなんて、僕の攻略時給が最低賃金を割り込んじゃうだろ!! ベル、お前ならこの滑る床で三回転半ジャンプくらい決めて掃除機かけてくれるんだろ!? 早く来てよ!!」
滑る床と回転するギミックに翻弄され、ようやく辿り着いた最上階。
そこには、吹雪の中でも上半身裸のまま、「精神統一」という名のセルフ我慢大会を続けているハチクがいた。
「……来たか。氷の如き静寂、その身で感じられたか」
「感じられるわけないだろ!! 三半規管がホドモエの跳ね橋からずっと悲鳴を上げてるんだよ!! 早くバトルして!! 僕のチャオブーの『ニトロチャージ』で、このジムの霜を全部溶かしてサウナに変えてやるからな!!」
ハチクが繰り出したのはバニリッチ、フリージオ。
どちらも氷タイプ。チャオブーにとっては「相性有利という名の接待プレイ」だ。
「……フン。ハチクさん、元映画俳優ならもっとドラマチックな演出をしてよ!! この圧倒的なタイプ相性差、脚本段階でボツにされなかったの!? いけ、チャオブー! 『つっぱり』でその氷菓子みたいな連中を物理的に粉砕しろ!!」
しかし、ハチクの切り札、ツンベアーの「つららおとし」がチャオブーを襲う。
怯み。
また、怯み(追加効果)。
「(……デジャヴだ!! フウロの時もそうだった!! なんでこの地方のリーダーは、どいつもこいつも僕の行動権(ターン)を剥奪しようとするんだよ!! 怯みの乱数を固定してるのはどこのどいつだ!! 出てこい調整担当!!)」
僕は絶叫しながら、氷の床を素手で殴りつけた。
「災い転じて福となす……? チェレン!! この『怯み』という名の理不尽な拘束時間のどこに福があるんだよ!! 早くバッジを寄越して、このキンキンに冷えたジムから僕を追い出してくれ!!」
アイシクルバッジを受け取った時、僕の指先は感覚を失い、チャオブーの鼻息だけが唯一の暖房器具となっていた。