ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ギーマの卑劣な運ゲーを「執着」という名の物理火力で粉砕した僕を待っていたのは、四天王の部屋とは思えないほど巨大で、あまりにも場違いなほど優雅な「お姫様の寝室」だった。
「……は? なあ、チェレン。見てよこれ。あそこで天蓋付きの超高級ベッドにくるまって、微動だにせず爆睡してる女の子、誰だよ。四天王っていうか、ただの『一歩も部屋から出たくない重度の引きこもり令嬢』にしか見えないんだけど。ゲーフリさん、リーグの緊迫感を演出するスタッフは全員、ストライキでも起こしてるの!?」
四天王の三人目、エスパー使いのカトレア。かつてシンオウ地方のバトルキャッスルでその名を馳せたお嬢様が、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を持って目覚めた。彼女がその華奢な指先を動かした瞬間、部屋中のシャンデリアが激しく揺れ、時空そのものが歪むようなエフェクトが画面を支配した。
「……フフ。フワァ……。眠りを妨げるのは、野暮なこと。……でも、あなたの脳内から漏れ出す、その泥臭い執念の塊……少しだけ、興味があるわ。私のサイコパワーで、その不純な思い出ごと、物理的に粉砕してあげましょうか」
「言わせてもらえば、妄想じゃなくて実数値への信仰だよ!! カトレアさん、四天王ならもっとこう……『盤石の知略で攻める!』みたいな冷静なプレイングを見せてよ!! なんで念動力(演出)でこちらの視界をぐにゃぐにゃに歪ませて、プレイヤーの三半規管にダイレクトアタックを仕掛けてくるんだよ!! 三D酔いで、僕が今朝食べた『やすいうどん』が逆流しそうだよ!!」
カトレアが繰り出したのは、夢を喰らう獣・ムシャーナ。その特性「シンクロ」が、僕のエンブオーの熱いパッションを、そのまま絶望的な「どく」や「まひ」として鏡のように跳ね返してくる。
「(……ッ!? 出たよ、搦め手の女王!! ゲーフリさん、この最終盤で『自分が苦しめば相手も苦しむ』っていう、メンヘラ級の共依存戦術を四天王にやらせるなんて、最高に心が病んでるだろ!! 僕のエンブオーが放つ『おにび』が、そのまま僕の心臓(HP)を焼き焦がす呪いに変わってるじゃないか!! まさに精神的ブラッドメール、第二章だよ!!)」
僕は絶叫した。この歪んだ視界の向こうに、かつて僕のラグを水没させたミジュマルの、あの憎たらしいほど純粋な瞳が重なって見える。
「ふざけるな!! 精神が歪むなら、肉体の筋肉量(バルク)で真っ直ぐに叩き直してやるよ!! いけ、エンブオー!! 寝ぼけたお嬢様の夢の中に、一話でラグを汚されたあの日の『湿った怒り』を叩き込んでやれ!! サイコキネシスで宙に浮かせられたくらいで、自分が高みの見物をしてると思うなよ!! 僕の執着は、重力すら無視してそのベッドの天蓋を物理的に引きずり降ろすんだよ!!」
一方で、チェレンは浮き上がった椅子の上で平然と足を組み、ノートパソコンを叩いていた。
「やれやれ。主人公、君はまだ気付かないのかい? この空間の歪みは、彼女の脳波と君の『過去への未練』が共鳴して起こっているんだ。……つまり、君がガブリアスのことを考えれば考えるほど、重力加速度は増し、君のエンブオーの素早さ(S)は実質ゼロになる。……ちなみに、ベルはさっきから浮遊する枕に抱きついて、『わあー、空飛ぶベッドだー!』って言いながら天井のシャンデリアに激突しそうだよ」
「ベル!! 状況を理解しろよ!! 優雅に浮いてる場合じゃないだろ!! 自分のミジュマルが僕のスニーカーを『洗浄(水没)』した時の、あの破壊的なエネルギーを今こそ発揮して、この歪んだ空間を物理的に割りなよ!!」
「あわわわー! 主人公くーん、お空が回ってるよー!! でも大丈夫、私が逆さまになって図鑑に記録(メモ)しとくから! ……あ、カトレアさんのパジャマ、すっごく高そう……! 私の家出セットの服より、布の密度が違うよー!!」
「布の密度とかどうでもいいんだよぉぉ!!」
画面酔いと、精神汚染。エンブオーの繰り出した「かみくだく」が、ムシャーナの夢の煙を強引に引き裂き、お嬢様の結界を内側から爆破した。歪んでいた視界が、パリンとガラスが割れるような音と共に元のリーグの静寂へと戻っていく。最後の一撃は、精神力ではなく、単なる「指の腱鞘炎」を恐れない連打の勝利だった。
「……フッ。災い転じて福となす、ね。あなたの執念、今夜の私の夢に出てきそうだわ。……最後の一人は、肉体言語ですべてを語る、暑苦しい武道家よ。汗を拭くタオルくらい、今のうちに用意しておきなさい。……あなたのその泥だらけの靴、私の寝室には、少しだけ……似合わなかったわ」
カトレアは再びベッドに沈み込み、深い眠りへとついた。僕は吐き気を堪え、震える膝を叩きながら、最後の一人の部屋――拳の風圧だけで空気が震える、修行僧の道場のような空間へと向かった。
「(……待ってろよレンブ。超能力もおまじないも通じないなら、あとはもう、僕のこの『スニーカーの底にこびり付いた怨念』と、君の筋肉、どっちが硬いかの勝負だ!!)」