ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
四天王を全員、文字通り「物理的・精神的な泥沼」に引きずり込みながら突破した僕。辿り着いた最上階、チャンピオンの間に広がっていたのは、勝利の凱歌でもなければ、栄光の表彰式でもなかった。そこにあったのは、イッシュの守護神であるはずのアデクさんが、一人の青年の前で膝を突き、その威厳を粉々に砕かれた「敗北の残骸」だった。
「……は? なあ、チェレン。見てよこれ。あそこで項垂れてる赤髪のワイルドなおじさん、誰だよ。チャンピオンっていうか、完全に『最終電車のホームで、大切に持ってたお土産のケーキを酔っ払いに踏み潰されたお父さん』の背中をしてるんだけど。ゲーフリさん、十五年間積み上げてきた『チャンピオン=最強』っていう子供たちの純粋な信仰心を、こんな一瞬でゴミ箱にシュートしたの!?」
アデクさんの背後に立っていたのは、数式と理想をその身に纏った青年、N。彼は冷徹な瞳で僕を見据え、その手に握られたモンスターボールを弄ぶこともなく、ただ静かに、そして残酷なまでに澄んだ声で、世界の終わりを告げるような「王の宣言」を口にした。
「……フフ。遅かったね、数式を解けないトレーナーよ。……チャンピオンは、僕の『理想』という名の圧倒的な解の前に、もはや変数にすらなれなかった。……トモダチ(ポケモン)たちが泣いている。君のように、狭いボールの中に閉じ込め、ラグを水没させるような蛮行を繰り返す人間から、彼らを物理的に解放する時が来たんだ」
「トモダチって呼ぶなら、まずはその『理想』っていう名の重すぎるデバフを彼らから外してあげなよ!! Nさん、ライバルならもっとこう……『どちらが強いか白黒つけようぜ!』みたいな熱い友情パワーを見せてよ!! なんで勝負が終わった瞬間に、地下から巨大な城を物理的に浮上させて、ポケモンリーグの建築基盤を根底から破壊しにくるんだよ!! 建築基準法どころか、僕の『殿堂入りしてラグを買い換える』っていうささやかな人生設計まで、瓦礫の下に埋もれちゃったじゃないか!!」
Nの背後で、地面を割り、天を突くように「Nの城」がせり上がってくる。
「(……ッ!? 出たよ、ゲーフリ渾身の超演出!! 最終決戦の場を丸ごと乗っ取るなんて、もはやこれまでの旅の否定じゃないか!! 僕のエンブオーが頑張って四天王を倒した苦労が、この『城の浮上』っていう物理的な衝撃波一発で、経験値ごと吹き飛んじゃってるよ!! まさに十五年間の思い出を人質に取った、最悪のテロリズムだよ!!)」
僕は絶叫した。アデクさんの項垂れた背中を見ていると、一話でラグを汚されて絶望した自分と、どこか重なって見えて仕方がなかった。
「ふざけるな!! チャンピオンの威厳が崩壊したなら、こっちは『ラグを失った喪失感』を燃料にして、その浮上した城ごと叩き落としてやるよ!! いけ、エンブオー!! 理想だか数式だか知らないけど、そんなものは『タイプ一致の物理技』の前では、ただの文字数制限に過ぎないんだよ!! N!! お前のその綺麗な髪を、僕のポカブ……じゃなくてエンブオーの脂ぎった鼻息で、物理的にベタベタにしてやるからな!!」
一方で、チェレンは崩壊する瓦礫の横で眼鏡をクイと押し上げ、無機質な城の構造を分析していた。
「やれやれ。主人公、君の怒りの沸点は相変わらず低すぎる。だが、この城の浮上……これは物理法則を超えた、ある種の『意志の質量』だ。……チャンピオンが敗れたのは、彼の慈愛が、Nの純粋すぎる狂気に食われたからだよ。……ちなみに、ベルはさっきから崩れゆくリーグの床の上で、『わあー! 今度はアスレチック会場になったよー!』って言いながら、飛んできた瓦礫をフリスビー代わりにキャッチしようとしてるよ。死ぬから止めてあげて」
「ベル!! それはフリスビーじゃなくて『死の礫』だから!! 逃げろよ!! 自分のミジュマルが僕のスニーカーを『洗浄(抹殺)』した時の、あの不可抗力という名の恐怖を思い出して、一秒でも早く避難してよ!!」
「あわわわー! 主人公くーん、Nさんの城の壁から、すっごく強そうな人がたくさん出てきたよー! 七賢人っていうんだって! 私、パパに怒られるより怖い予感がするけど……大丈夫、この絶体絶命のピンチ、しっかり図鑑に録画(連打)しとくから! ……あ、Nさんの城の内装、カトレアさんの部屋よりはシンプルだけど、壁紙のセンスが独特だねー!!」
「壁紙のレビューをしてる場合かぁぁ!!」
激しく揺れる大地、砕け散るリーグの誇り。最後の一人は、もはや四天王のような「職務」としてではなく、一人の「王」として、僕の目の前に立ちはだかった。アデクさんの敗北という「現実」を、僕の「執着」で上書きするために、僕は泥だらけのスニーカーで、天高くそびえ立つ城の階段へと踏み出した。
「(……待ってろよN。君が世界を二つに分けるって言うなら、僕はその『理想』と『真実』の隙間に、僕の汚れたラグを物理的に挟み込んで、世界をバグらせてやるからな!!)」