ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
カラクサタウンでNという名の「数式美少年」に精神を削られた僕らは、最初のジムがあるサンヨウシティへと逃げ込んだ。
だが、そこで僕らを待っていたのは、バッジをかけた厳粛な試練ではなく――「いらっしゃいませ!」という、やけに威勢の良い接客の声だった。
「……なあ、チェレン。ここ、本当にジムだよね? 僕、間違えてファミレスの裏口から入っちゃったわけじゃないよね?」
僕は、泥の乾ききらないスニーカーを引きずりながら、店内のあまりにも「飲食店」な内装に絶叫した。
カウンターの向こうには、髪の色以外は見分けがつかない三つ子のイケメンが、華麗な手つきでシェイカーを振っている。
「やれやれ。主人公、君は世の中の仕組みというものを知らないのかい?」
チェレンが、メニュー表のランチセットの価格を確認しながら冷徹に言う。
「ジムリーダーといえど、地方公務員のようなものさ。ゲーフリが設定した『厳しい予算削減』の波に抗うため、彼らはこうしてサイドビジネスに精を出しているんだよ。……あ、僕は日替わりのAセット、ライス大盛りで」
「チェレン、注文してる場合じゃないだろ!!」
「おっはよー!! 待ったー!?」
そこへ、自動ドアにリュックの肩紐が挟まって「イギギギ……」と変な声を出しながらベルが滑り込んできた。
「……あ、待って、ドアと相撲しちゃった。……ハァハァ。でも大丈夫! 見て見て、ここの店員さん、すっごくイケメンだよ! しかも三人! 誰がリーダーなのかな? 全員と戦ったら、私、バッジ三つ貰えちゃうのかな!? ゲーフリさん、そんな太っ腹なことしてくれるのかな!?」
「ベル、膝から出てる血を拭きなよ!! それに三人同時に相手にしたら、こっちの手持ちがポカブ一匹じゃ物理的に足りないだろ!!」
そんな僕らの騒ぎを、三つ子の一人、デントが爽やかな笑顔で制した。
「……ようこそ。僕たちは、君が最初に選んだポケモンを見て、最も『美味しい』……じゃなくて、最も有利な相手が戦うシステムを採用しています。それが僕たちのホスピタリティですから」
「……え、待って。それって、僕が火タイプのポカブを選んだから、確実に出してくるのは水タイプの……」
「その通り! 僕、ヒヤップがいきますよ!」と、青い髪のヒヤクンがウィンクする。
「汚ねぇ!!」
僕は、店内に響き渡る声でツッコんだ。
「ゲーフリさん、これ絶対おかしいよ!! 最初のジムって、こう……『相性が悪くても根性で勝つ!』みたいな熱い展開を期待する場所でしょ!? なんで初手から『確実に殺しに来る相性』をぶつけてくるんだよ!! 飲食店兼業で忙しいからって、効率重視で僕の心を折りに来ないでよ!!」
「……フッ。災い転じて福となす、だ」
チェレンが、運ばれてきたスープを啜りながら不敵に笑う。
「相性が悪いなら、それを覆す『こだわり』を見せればいい。……ほら、主人公。あそこで猿と戯れているウェイターたちに、君のラグを汚された怨念をぶつけてくるんだ」
「もうヤケクソだよ! やってやるよ!!」
僕は、メニュー表を叩きつけるようにしてポカブを繰り出した。
「行け、ポカブ! 相手は水タイプだけど、君の鼻から出る『ひのこ』で、この店の厨房ごと焼き尽くすくらいの勢いでいけ!! 注文はバッジ一つだ、お釣りはいらないからね!!」
フライパンの焼ける音と、ポケモンの技が激突する音。
僕の冒険は、いつの間にか「ブラック企業の労働争議」のような様相を呈しながら、最初の試練へと突入していった。