ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ジムリーダーたちが七賢人と泥仕合(あるいは大人の余裕を見せつける共闘)を繰り広げている隙に、僕はNの城の最深部へと駆け上がった。辿り着いたのは、冷徹な城の外観からは想像もつかないほど、パステルカラーに彩られた「子供部屋」だった。だが、そこに漂う空気は、一話で僕がポカブを選んだあのカノコタウンの自室とは、物理的にも精神的にも決定的に何かが違っていた。
「……は? なあ、チェレン。見てよこれ。あそこに転がってる、古びたダーツに、使い古されたバスケットボール……。Nの部屋っていうか、完全に『かつての神童が、自分の才能と引き換えに捨て去った過去の遺物展示場』にしか見えないんだけど。ゲーフリさん、最終決戦の直前にこんな情緒を物理的に揺さぶりにくる部屋を配置するなんて、プレイヤーの精神状態(コンディション)を乱しにきてない!?」
部屋の中央には、幼い子供が遊ぶにしてはあまりにも精密すぎる数式が、壁一面に、狂気を感じさせるほどの密度で書き殴られていた。Nという存在が、いかにして「トモダチ(ポケモン)」としか心を通わせられない、純粋すぎる歪みとして育てられたのか。その証拠が、おもちゃ箱の中に無造作に放り込まれている。
「……フフ。不思議かい? 泥だらけのスニーカーを履いた挑戦者よ。……ここは、僕の『真実』が始まった場所。……そして、君の『執着』が通用しない、数式だけの聖域だ。……トモダチたちは、この部屋の壁に書かれた関数のように、僕の理想の一部として解放されるのを待っているんだ」
「トモダチを解放する前に、その部屋の『片付け』を先にしなよ!! Nさん、王様ならもっとこう……『豪華絢爛な玉座で待ち構える!』みたいな権力を見せつけてよ!! なんで戦いの直前に、自分の子供時代のトラウマを物理的に展示して、こっちに『倒しにくい雰囲気』を押し付けてくるんだよ!! まさに一話のラグ水没事件を超える、良心の呵責という名のデバフだよ!!」
Nの視線が、部屋に置かれた使い古された不思議なアメの包み紙に注がれる。
「(……ッ!? 出たよ、エモさのゴリ押し!! ゲーフリさん、この最終決戦で『敵にも悲しい過去があった』っていう、少年の涙腺を物理的に破壊しにくる演出を四天王の後に持ってくるなんて、最高に計算高いだろ!! 僕のエンブオーの熱い拳が、この部屋の『悲しみの重力』のせいで、空を切るように重くなってるじゃないか!! 十五年間の思い出を人質に取った、感情のテロリズムだよ!!)」
僕は絶叫した。この清潔すぎる、それでいて愛の欠落した部屋を見ていると、一話で水浸しになった自分の汚れた部屋が、いかに幸せな「カオス」だったかを痛感させられる。
「ふざけるな!! 悲しい過去があるなら、こっちは『ラグを水没させられた現在進行形の怒り』で、その過去ごと物理的に焼き払ってやるよ!! いけ、エンブオー!! N!! お前のその『理想』っていう数式の解に、僕の『鼻息の荒いポカブから進化した愛の重み』という、予測不能なバグを叩き込んでやる!! おもちゃが欲しければ、殿堂入りした後に僕が新しいラグと一緒に買ってきてやるからな!!」
一方で、チェレンは部屋の隅で古びたバスケットゴールを眺めながら、その弾道を計算していた。
「やれやれ。主人公、君の感傷は相変わらず筋が通っていないが、その『現実逃避しない強さ』だけは評価するよ。……この部屋は、Nにとっての温室であり、監獄でもある。……彼が救われるには、君のその泥臭い執念で、この数式を物理的に破壊するしかないんだ。……ちなみに、ベルはさっきからNのぬいぐるみを見て、『わあー! この子、私のパパが昔捨てたやつに似てるー!』って言いながら、戦場のど真ん中でぬいぐるみの綿(わた)の詰め具合を確かめようとしてるよ。呪われるから止めてあげて」
「ベル!! それはぬいぐるみじゃなくて『思念の器』だから!! 触るなよ!! 自分のミジュマルが僕のスニーカーを『洗浄(完全破壊)』した時の、あの取り返しのつかない罪悪感を思い出して、一秒でも早くその綿を戻してよ!!」
「あわわわー! 主人公くーん、Nさんの机の下から、すっごく古いお菓子の袋が出てきたよー! 『真実の味』って書いてあるけど、これ賞味期限大丈夫かなー!? 大丈夫、この歴史的な発見、しっかり図鑑に味覚レビュー(連打)しとくから! ……あ、Nさんの部屋、照明がちょっと暗くて、お肌に悪そうだねー!!」
「美容の心配をしてる場合かぁぁ!!」
歪んだ無垢さが支配する「Nの部屋」。僕はその中央に立ち、Nの背中を見据えた。これから始まるのは、最強のトレーナーを決める戦いではない。どちらの「世界の見え方」が、この泥だらけのスニーカーに相応しいかを決める、最後の、そして唯一の「答え合わせ」だ。
「(……待ってろよN。君の数式がどんなに完璧でも、僕のこの『二千回卵を割った時に身に付いた、無駄な執念』という名の剰余(あまり)が、最後には勝利という名の答えを物理的に導き出してやるからな!!)」