ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ゲーチスが絶叫と共に連行され、吹き荒れていた破壊の嵐が嘘のように止んだ。崩れかけた王の間には、夜明け前の冷たい空気と、僕、チェレン、ベル、そして伝説の龍を傍らに立たせたNだけが残された。城の至るところで物理的な崩落の音が響く中、Nは初めて「王」としての仮面を脱ぎ捨て、一人の青年として僕を見つめていた。
「……は? なあ、チェレン。見てよ。あそこに立つNさん、急に作画の透明度が上がって、ヒロインみたいな儚いオーラを出し始めてるんだけど。ゲーフリさん、さっきまで数式だの理想だの言って僕のDSの処理速度を限界まで追い詰めてた男に、最後にこんな『全プレイヤーを泣かせにかかる特濃の別れシーン』を用意するなんて、演出の計算が完璧すぎて逆に腹が立つよ!!」
Nは静かにレシラムの背に手を置き、空の彼方に広がる、まだ見ぬ世界へと視線を向けた。その瞳には、かつての子供部屋で見せた「歪んだ無垢」ではなく、自らの足で歩き出そうとする確かな真実が宿っていた。
「……トモダチと心が通い合う世界。僕はそれを理想と呼んで追い求めてきた。……でも、君と出会い、君のその泥だらけのスニーカーに刻まれた不器用な足跡を見て、ようやく気付いたんだ。……真実は、与えられるものではなく、傷つき、汚れながら自分たちで作っていくものだということを。……僕は、僕自身の真実を探すために、この龍と共に新しい場所へ行こうと思う」
「新しい場所に行くのはいいけど、その前にこの『十五年間の思い出を人質に取られた喪失感』に責任を取ってよ!! Nさん、ライバルならもっとこう……『殿堂入りおめでとう! さあ一緒にラグを買いに行こうぜ!』みたいな爽やかなハッピーエンドを見せてよ!! なんで最後に『サヨナラ』なんていう、物理的に心臓を締め付けるセリフを残して、伝説の龍で風のように去っていこうとするんだよ!! まさに一話のラグ水没事件から始まった、僕の情緒のジェットコースターを崖から突き落とすような幕引きじゃないか!!」
Nが空を仰ぐ。レシラムの翼が静かに広がり、周囲の瓦礫を巻き上げる。
「(……ッ!? 出たよ、エンディング直前の神演出!! ゲーフリさん、BGMの音量を最高潮にして、プレイヤーの脳内に直接語りかけてくるようなこの手法、最高にずるいだろ!! 僕のエンブオーも、さっきまでサザンドラと殴り合ってた傷だらけの体で、別れを惜しむように鼻息を吹いてるじゃないか!! まさに全百話の折り返し地点に相応しい、感情のオーバーロードだよ!!)」
僕は絶叫した。この別れの寂しさを、一話でラグを失った時のあの「喪失感」に強引に結びつけることで、なんとか涙を堪えていた。
「ふざけるな!! 去っていくなら、こっちは『ラグを買い換えられないまま、伝説の英雄になっちゃった矛盾』という名の記憶を、その龍の背中に焼き付けてやるよ!! いけ、N!! お前の探す真実がどんなに遠くても、僕が二千回卵を割った時に流したあの涙の成分だけは、忘れるなよ!! 伝説の龍に乗ったからって、僕たちとの思い出まで『計算済みの過去』として処理できると思うなよ!! 気が向いたら、もっとふかふかのラグを持って、僕の泥だらけの人生に遊びにきなよ!!」
一方で、チェレンは崩れる床の上で眼鏡を外し、少しだけ潤んだ目元を指で拭いながら、飛び立つ龍の軌道を静かに見守っていた。
「やれやれ。主人公、君の叫びは相変わらずデシベル数が高すぎて、せっかくの感動が台無しだよ。……だが、彼が選んだ道は、僕たちの『強さ』とはまた違う、新しい生き方の提示だね。……世界は数式だけで解けないからこそ、面白い。……ちなみに、ベルはさっきからNの旅立ちに感動して、『わあー! Nさんの王子様スマイル、最高だよー! お土産に龍のウロコ一枚くれないかなー!?』って言いながら、戦場のど真ん中で虫取り網を振り回そうとしてるよ。墜落するから止めてあげて」
「ベル!! それはウロコじゃなくて『神の誇り』だから!! 振り回すなよ!! 自分のミジュマルが僕のスニーカーを『洗浄(天昇)』した時の、あの取り返しのつかない浮遊感を思い出して、一秒でも早くその網を畳んでよ!!」
「あわわわー! 主人公くーん、Nさんが空の向こうで笑ってるよー! 『君には、君の道がある』って、私の耳元で天使の声が聞こえるよー!! 大丈夫、この奇跡のような旅立ちの瞬間、しっかり図鑑のメモメモリがパンクするまで録画(連打)しとくから! ……あ、レシラムさんの尻尾の火、夜空を焦がしてすっごくロマンチックだねー!!」
「ロマンチックの批評をしてる場合かぁぁ!!」
白き龍の羽ばたきが、城の最上階に大きな風の渦を巻き起こした。「サヨナラ……」という言葉が夜風に溶け、Nの姿は瞬く間に星の彼方へと消えていった。崩壊する城の中で、僕たちの泥だらけのスニーカーだけが、確かにそこに存在した証として地面を踏みしめていた。物語の第一章(BW編)は今、伝説という名の余韻を残し、新しい未来へのプロローグへと変わろうとしていた。
「(……元気でな、N。君がどこにいても、僕はこの汚れきったスニーカーで、君が否定したこの泥臭い世界を、一歩ずつ踏みしめて生きてやるからな!!)」