ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
Nの城が静かに崩落の音を立てる中、僕たちはアララギ博士の研究所へと戻ってきた。伝説の龍を呼び出し、世界を救った英雄……という肩書きには、一話で水没したラグを買い換えるほどの賞金もついてこなかったけれど、僕の泥だらけのスニーカーには、確かな旅の重みが刻まれていた。そんな中、いつも僕の鼓膜と家具の寿命を削ってきたベルが、珍しく真剣な表情で僕とチェレンの前に立った。
「……は? なあ、チェレン。見てよこれ。あそこに立つベル、手に持ってるのいつもの図鑑じゃなくて、アララギ博士からもらった分厚い専門書だよ。ベルっていうか、完全に『嵐のような破壊活動を繰り返した末に、突然宇宙の真理に目覚めてしまった、暴走する知性の塊』に見えるんだけど。ゲーフリさん、一話で僕のラグを貫通させたあのミジュマルの飼い主に、こんな知的な進路変更を用意するなんて、プロットの振り幅が物理的に大きすぎない!?」
ベルは少しだけ照れくさそうに、でもその瞳には、一話でパパに旅を反対されて泣いていた時とは違う、新しい「情熱」の火を灯していた。
「えへへ……驚かせちゃったかな。私ね、主人公くんやチェレン、それにNさんと旅をしていて思ったんだ。……ポケモンがどこから来て、どうして私たちと一緒にいてくれるのか。その『真実』を、私は私のやり方で知りたいなって。……パパにはまた心配かけちゃうかもしれないけど、私、アララギ博士の助手として、ポケモンの研究を基礎から学んでみることに決めたよ!」
「研究を始める前に、まずはその『無意識の破壊衝動』の制御方法を基礎から学んでよ!! ベル、研究者ならもっとこう……『綿密な計画と繊細な観察眼!』みたいな理系女子の極致を見せてよ!! なんで研究を決意した瞬間に、その分厚い専門書で博士のデスクの上にある高価な顕微鏡を物理的に薙ぎ倒して、レンズの破片で僕の新しい靴を攻撃しにくるんだよ!! ゲーフリさん、彼女の『あわわ』は、学問の世界でも特級の災害指定を受けるレベルじゃないか!!」
ベルが慌てて顕微鏡を拾おうとして、さらに資料の束をぶちまける。
「(……ッ!? 出たよ、新米研究者のドジっ子属性!! ゲーフリさん、この最終盤で『知的な将来像』と『壊滅的な手際の悪さ』を同時並行(並立)させるなんて、最高にギャップ萌えを狙いすぎだろ!! 僕のエンブオーも、彼女が研究者になるって聞いて、自分の尻尾の火で論文が燃やされないか本能的に警戒して距離を取ってるじゃないか!! 十五年間の思い出を人質に取った、学術的パニックホラーだよ!!)」
僕は絶叫した。彼女が研究者になるということは、将来的に僕が捕まえたレアな個体を「サンプルとして貸して!」と言われ、物理的に解体……もとい、徹底的に調べ尽くされる未来が透けて見えたからだ。
「ふざけるな!! 研究のサンプルが欲しいなら、まずは一話で水没させた僕のラグの繊維を電子顕微鏡で解析して、あの時の絶望を数値化することから始めなよ!! ベル!! お前の掲げる『ポケモンの真実』がどんなに高尚でも、そのドジのせいで貴重な化石を粉砕して、『あわわ、砂になっちゃった!』で済ませる未来が僕には物理的に見えてるんだよ!! 博士の助手になったからって、僕の二千回の孵化作業で身につけた『厳選という名の過酷なデータ収集』を簡単に追い越せると思うなよ!!」
一方で、チェレンは博士の書庫の前で、ベルが散らかした資料を無表情で片付けながら、彼女の進路を静かに肯定していた。
「やれやれ。主人公、君の心配はもっともだが、ベルの『予測不能な行動力』こそが、停滞した学説に一石を投じるバグになるかもしれない。……世界は観測者の主観で書き換わるものだ。ベルのような純粋な視点が加わることで、ポケモンの生態に新しいページが加わるのは、確率論的にも悪くない。……ちなみに、ベルはさっきから博士のパソコンを操作して、『わあー! このマウス、すっごくカチカチしてて気持ちいいねー!』って言いながら、全方位にデリートキーを連打しようとしてるよ。全データが消えるから止めてあげて」
「ベル!! それはストレス解消のボタンじゃなくて『知識の抹殺』だから!! 離れろよ!! 自分のミジュマルが僕のスニーカーを『洗浄(削除)』した時の、あのデジタルな喪失感を思い出して、一秒でも早くその指をマウスから離してよ!!」
「あわわわー! 主人公くーん、パソコンの画面が真っ暗になっちゃったよー! でも大丈夫、この『真っ白から始める研究生活』、しっかり図鑑の未公開ページに手書きで記録(連打)しとくから! ……あ、アララギ博士の白衣、近くで見るとすっごく柔軟剤のいい匂いがするねー!!」
「白衣の芳香成分を分析してる場合かぁぁ!!」
ドタバタと鳴り響く研究所の喧騒。ベルは頬を膨らませながらも、大きな白衣の袖をまくり上げ、新しい人生への第一歩を力強く踏み出した。一話でラグを汚したあの不器用な少女は、今、真実と理想を繋ぐ「知の探究者」として、僕たちの前から……いや、僕たちの未来へと駆け出していった。物語の終わりは、彼女にとっての「始まりのベル」だったのだ。
「(……頑張れよ、ベル。お前がどんなに偉い研究者になっても、僕の部屋を水浸しにしたあの日の『物理的な破壊の重み』だけは、絶対に研究対象から外させないからな!!)」