ポケットモンスター ブラック・ホワイト とあるトレーナーが綴る、イッシュ地方の旅路 原作ゲーム沿いノベライズ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
タチワキシティ。潮の香りと重工業の煤煙が混じるその街の地下ライブハウスは、今まさに物理的な震動によって崩落の危機にあるのではないかと疑いたくなるほどの爆音に包まれていた。ジムリーダー・ホミカが掻き鳴らすベースの低音が、僕の心臓の鼓動を強制的にオーバークロックさせようとしてくる。……けれど、僕は思うんだ。……このリズムの乱れは、単なる情緒の暴走であり、勝利への最短距離を妨げるノイズ(雑音)に過ぎない、と。
「……は? なあ、ヒュウ。見てよこれ。ホミカさんが『毒を吐くぜ!』って言いながらベースの弦を弾くたびに、ライブハウスの防音壁が物理的に悲鳴を上げてるんだ。……ゲーフリさん、毒タイプのジムを『不衛生な地下ライブハウス』に設定するなんて、不法投棄と騒音被害のダブルパンチで、街の環境基準を物理的に無視してないかい?」
ヒュウは耳を塞ぐこともせず、ステージから放たれる熱狂に触発され、自身の怒りを音圧に変換するかのように拳を握りしめていた。
「……ッ! お前、この魂の叫びが聞こえねえのか!! プラズマ団への怒りも、奪われたチョロネコの記憶も、この爆音の中にぶつけちまえばいいんだよ!! 効率だのデシベルだの言ってねえで、お前もそのツタージャと一緒に、物理的に暴れちまえばいいんだよ!!」
「ヒュウ、暴れても毒のダメージは1/16ずつ削られるだけだよ。……効率的にいこう。……ホミカさんのベースの周波数は110Hz付近を強調している。……その振動による空気の乱れを読み取れば、相手のポケモンの攻撃の初動は物理的に予測可能だ。……熱狂に身を任せるのは、勝利という名の解を導き出せない愚か者の選択だよ。……それは僕の構築する『ライブ攻略のアルゴリズム』において、最も排除すべき変数値なんだ」
ホミカがニヤリと笑い、毒に塗れたベースピックを宙に放り投げた。彼女の相棒・ホイーガが、ステージの照明を反射しながら高速で回転を始める。
「(……ッ!? 出たよ、音響兵器並みのジムバトル!! ゲーフリさん、この54話という序盤で、聴覚への物理的ダメージと『どく』状態による精神的ダメージを同時に与えてくるなんて、最高に攻撃的なステージングだろ!! 僕のツタージャも、スピーカーから放たれる音圧で自分の『回避率』が物理的に0へと収束していく未来を予見して、蔓のしなりを最高周波数に設定し直しているじゃないか!! 十五年間の思い出を人質に取った、耳鳴り必至のギグだよ!!)」
僕は静かに、ノイズキャンセリング機能付きのライブキャスターを調整し、ホミカの隙を突く。彼女は熱い。だが、熱いからこそ、そのベースラインには「興奮」という名の一定のリズム(癖)が存在する。
「……無駄だよ、ホミカさん。……君の出す『毒』の飛散パターンは、その激しいヘッドバギングの角度によって物理的に決定されている。……その遠心力を利用した攻撃軌道は、僕の計算によれば既に三手先までシミュレーション済みだ。……ライブの興奮を勝利の言い訳にはさせない。……さあ、君のパンクロックという名の非論理を、僕の数式の中に沈めてもらおうか」
一方で、ベルさんはライブハウスの入り口で、スピーカーの振動に翻弄されながらも、僕たちの戦いをビデオカメラで捉えようとしていた。
「やれやれ。ホミカちゃん、君の演奏はタチワキの海水を物理的に沸騰させそうなパワーだけど、主人公くんのその『楽譜のミスを指摘し続ける指揮者』のような戦い方は、ある意味でパンクよりも過激かもしれないね。……世界はより喧騒に満ちた。叫びを力に変える者と、それを波形として解析する者。……ちなみに、ベルさんはさっきからライブハウスの照明機材に興味を持って、『わあー! このサーチライト、すっごく強力で、私のアブラナの光合成を千倍に加速できそうだねー!』って言いながら、戦場のど真ん中(照明ブース)で出力を最大にしようとしてるよ。ライブハウスが物理的に発火して、全員が『やけど』状態になるから止めてあげて」
「ベルさん!! それはライトじゃなくて『演出という名の目潰し』ですから!! 最大出力にしないでください!! 二年前、誰かのスニーカーを『洗浄(水没)』させた時の、あの全人類が風邪を引きそうな不快感を、光線過敏症の恐怖で再現しないでください!!」
「あわわわー! 主人公くーん、そんなに冷静に音響の不備を指摘されると、ホミカちゃんが嬉しくなっちゃって、アンコールでベースを物理的に叩き割っちゃいそうだよー! でも大丈夫、この『爆音の中で行われる精密な外科手術のようなバトル』、しっかり図鑑の3Dオーディオキャプチャ機能で全方向記録(連打)しとくから! ……あ、ホミカちゃんの紫色の髪、二年前の毒タイプの使い手たちよりもすっごく発色が良くて、毒液を直接塗ってるみたいに綺麗だねー!!」
「染料の化学組成を分析してる場合ですか!! ……でも……このバッジの冷たさ。……悪くないね」
爆音の残響が消え、僕の手のひらには二つ目のバッジ――「トキシックバッジ」が握られていた。ホミカは一度だけベースを高く掲げ、汗を拭うこともせず、不敵な笑みで僕を見送った。二年前、誰かがこの地で始めた「魂のぶつかり合い」は、今、音波を数式で制するという新しい「美学」となって僕の中に構築された。僕は煤煙で汚れ始めたスニーカーを見つめ、論理性という名のフィルタをさらに強化しながら、次なる目的地、銀幕の夢が待つポケウッドへの最適解を導き出した。
「(……見ていてください、前作主人公さん。あなたの親友たちは、今や強烈な『個性』となって僕の前に立ちはだかります。……僕はその個性を、僕のやり方で物理的に定量的評価を下し、真実の向こう側にある完全なる勝率を証明してみせますから!!)」