結末を知っている、というのは案外つまらないものだ。
冬木市。これから始まる第五次聖杯戦争の行く末を、俺は知っている。
七騎の英霊。七人の魔術師。
願いを叶えるはずの器が、既に泥に塗れていることも。
正義の味方を目指す少年が、血に塗れた夜を越えることも。
理想に殉じた英霊が、自らの在り方を否定する未来に辿り着くことも。
全部、知っている。
だから俺は、願った。
叶えたい望みなんてない。
取り戻したい過去もない。
英雄になるつもりもない。
ただ一つ。
「聖杯を、壊す」
それだけが、俺の願いだ。
中立魔術師、小鳥遊健。
これは――結末を知りながら、それでも選ばなければならなかった俺の物語だ。
深夜。アパートの一室。
蛍光灯は消してある。
床に刻んだ召喚陣だけが淡く光を放ち、部屋を黄昏色に染めていた。
霊脈の流れは安定。冬木の大結界も静かだ。
遠坂が動くより、ほんの少し早い。
触媒は置いていない。
狙いはある。だが縛る気はない。
こちらの都合で呼ぶ以上、最後の選択くらいは相手に委ねる。
俺は深く息を吐いた。
これが最初の分岐点。
未来は既に知っている。だが、ほんの僅かな揺らぎが大きな破滅に繋がる可能性もある。
それでも。
観測者でいるつもりはない。
壊すと決めたのなら、手を伸ばすしかない。
魔力を流す。
魔法陣が脈動する。
空気が軋み、部屋の温度がわずかに下がる。
詠唱覚えてるか?
「素に銀と鉄。
礎に石と契約の大公。
祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、
王国に至る三叉路は循環せよ」
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
「―――――Anfang(セット)」
「――――――告げる」
「――――告げる。
汝の身は我が下に、
我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。」
「汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
光が弾けた。
爆ぜる魔力。視界が白く染まる。
やがて、煙の向こうに影が立つ。
赤い外套。
金の髪。
反骨を宿した双眸。
そして――口元に浮かぶ、歪んだ笑み。
「ははっ……随分と捻くれた召喚だな、マスター」
低く、皮肉混じりの声が夜を裂く。
「“聖杯を望まぬ英霊”だと?喧嘩売ってんのか、それとも自虐か?」
叛逆の騎士。
モードレッド。
原作通り。いや、触媒なしでこれなら上出来か。
彼女は周囲を一瞥し、俺に視線を戻す。
「で?お前の願いは何だ。王位か?力か?それともくだらない復讐か?」
俺は首を横に振った。
「聖杯を壊す」
沈黙。
次の瞬間、モードレッドは盛大に吹き出した。
「はっ……はははははっ! お前、最高に馬鹿だな!」
笑いながらも、その目は鋭く俺を射抜いている。
「聖杯戦争で聖杯を壊す?それが願い?正気か?」
「正気だよ」
即答する。
「願いを叶える気はない。あれは使うべきものじゃない」
泥に塗れた器。
あれを使えば、誰かが壊れる。
それを知っている。
だから壊す。
モードレッドはしばらく俺を見つめ――ふっと笑った。
「気に入った」
短く、それだけ言う。
「願いを持たねえマスターなんざつまらねえと思ってたが……壊すために戦う、か。悪くない」
そして、剣なき手を差し出す。
「いいぜ。乗ってやるよ、その無茶な戦争」
俺はその手を握る。
熱い。
生きているような熱。
令呪が淡く輝き、契約が成立する。
これで後戻りはできない。
「一つ聞くぞ、マスター」
モードレッドが、僅かに目を細める。
「お前、自分が異物だって顔してるな」
心臓が跳ねた。
図星だ。
「世界に混ざってねえ目だ。まるで、自分だけ舞台の外に立ってるみてえな」
俺は目を逸らさない。
「……異分子なのは事実だ」
原作を知る転生者。
本来、この世界にいない存在。
「だから壊す。役目を終えたら消えても構わない」
ぽつりと漏れた本音。
次の瞬間、額に衝撃が走った。
「いっ……!」
モードレッドが拳で小突いてきたのだ。
「バーカ。勝手に終わる前提で語ってんじゃねえ」
真っ直ぐな視線。
「戦争はな、最後まで立ってたやつが勝ちだ。消える覚悟なんざ気取るな」
強い声だった。
俺は一瞬だけ、言葉を失う。
けれど――
「それでも、壊す」
決意は揺らがない。
モードレッドは肩を竦める。
「ならまずは生き残れ。話はそれからだ」
そう言って、窓の外を見る。
夜はまだ静かだ。
だが数日もすれば、この街は血に染まる。
俺はその未来を知っている。
知っていて、踏み込む。
中立を名乗りながら、破壊を選ぶ。
これは救済の物語ではない。
それでも――
願いは、破壊。
戦争は、もうすぐ始まる。
次回
「戦争前夜」