視線には、質量がある。
そう思わされるほど、重い視線だった。
遠坂邸の客間。
凛は席を外している。
セイバーと士郎は庭で模擬戦。
この部屋にいるのは――
俺と、アーチャーだけ。
「君は」
先に口を開いたのは彼だった。
「随分と“知っている”目をしている」
赤い外套が揺れる。
無造作に壁にもたれながら、鋭い視線だけがこちらを射抜く。
「統計と推測だ」
「便利な言い訳だな」
薄く笑う。
だが目は笑っていない。
「柳洞寺。ランサーの動き。キャスターの結界」
指折り数える。
「偶然にしては、精度が高すぎる」
沈黙は肯定に近い。
俺は紅茶を口に運ぶ。
「で?」
「問おう」
空気が張る。
「君は何を代償に、それを得た?」
核心だ。
未来視か。
契約か。
それとも――
俺は目を逸らさない。
「代償なんてない」
「嘘だ」
即断。
「世界は等価交換だ。情報だけを無償で得られるはずがない」
正論だ。
だが俺は例外だ。
「俺は」
ゆっくりと言う。
「観測者だった」
アーチャーの眉がわずかに動く。
「この戦争を、物語のように見ていた」
比喩ではない。
事実だ。
「結末も、破綻も、理想の行き着く先も」
その瞬間。
空気が凍る。
「……理想の行き着く先、だと?」
低い声。
怒気を含む。
踏み込んだ。
「知っているような口ぶりだな」
「知っている」
あえて曖昧に言う。
「少なくとも、綺麗な終わりじゃない」
アーチャーの視線が鋭くなる。
「衛宮士郎の未来を、見たことがあるのか」
核心を突く。
俺は数秒、沈黙する。
肯定すれば、危険。
否定すれば、嘘になる。
「可能性は」
言葉を選ぶ。
「いくつもある」
「その一つに、破滅がある?」
「ああ」
即答。
アーチャーの目が、わずかに揺れた。
それは怒りか、諦観か。
「ならば」
低く、静かに言う。
「なぜ止めない」
重い問い。
「止められるのだろう?」
俺は息を吐く。
「止めようとしている」
「甘い」
即断。
「君は距離を取っている」
図星。
「介入しているようで、決定的な一線を越えていない」
赤い瞳が射抜く。
「まるで、自分は最後に消えるから関係ないとでも言うように」
心臓が強く跳ねる。
「違う」
「同類だから分かる」
言い切られる。
「君は自分を勘定に入れていない」
士郎と同じだと、昨日言った。
だが。
アーチャーに言われると、重みが違う。
「自己犠牲は美徳ではない」
その言葉には、実感が滲む。
「理想に殉じる姿は美しく見えるかもしれない」
一歩、近づく。
「だがその果てにあるのは、後悔だけだ」
痛いほど、重い。
「君はそれを知っている」
違う。
俺は知識として知っているだけだ。
だが彼は。
経験として知っている。
「だから壊す」
俺は言う。
「聖杯を。歪んだ結末を」
「そして?」
「……その後は」
言葉が詰まる。
「消えるか?」
静かな追撃。
答えられない。
アーチャーは小さく笑う。
「愚かだな」
軽蔑ではない。
自嘲に近い。
「君は観測者を気取っているが」
視線が鋭くなる。
「本質は、ただの逃避だ」
刺さる。
「失敗する前に退場すれば、後悔しなくて済む」
「違う!」
思わず声が荒れる。
「俺は逃げていない!」
「なら証明しろ」
即座に返される。
「最後まで立て」
モードレッドと同じ言葉。
「衛宮士郎の未来を知っているというなら」
一瞬、目が細まる。
「その未来ごと、引き受けろ」
重い。
あまりに重い。
「君は世界を壊すつもりらしいが」
赤い外套が揺れる。
「世界は、壊した後が本番だ」
沈黙。
俺は何も言えない。
図星だからだ。
壊す覚悟はあった。
だが、残る覚悟は。
まだ、完全じゃない。
「覚えておけ」
アーチャーは背を向ける。
「観測者を気取る者ほど、後悔する」
扉が閉まる。
静寂。
俺は一人、椅子に座ったまま動けない。
知っている。
理想の果て。
正義の味方の末路。
だが。
俺はまだ、知らない。
その先で、どう生きるかを。
赤い観測者は去った。
だがその問いは、深く刺さったままだった。
次回
「叛逆は夕焼けの中で」