屋敷の屋根に登るのは、癖だった。
誰にも見られず、誰にも話しかけられず、
ただ空を見られる場所。
今日の空は、赤い。
焼けるような橙が、雲を裂いている。
「……綺麗だな」
思わず漏れる。
夕焼けは、終わりの色だ。
一日の終わり。
光の終わり。
そして――理想の終わり。
「こんなところにいたのか」
声。
振り向かなくても分かる。
「モードレッド」
「屋根に登るなとは言わねぇが、落ちんなよ」
隣に腰を下ろす。
足をぶらつかせながら、同じ空を見る。
「考え事か?」
「ああ」
「アーチャーの言葉か」
図星だ。
「……あいつは鋭い」
「元・王サマだからな。理想に裏切られる顔は見慣れてる」
苦笑する。
赤い空が、滲む。
「俺は」
ぽつりと呟く。
「壊す覚悟はある」
聖杯も、仕組まれた破滅も。
「でも」
拳を握る。
「壊した後、どうするか考えてなかった」
モードレッドは黙っている。
「俺は観測者だった」
物語を読んでいた側。
結末を知る側。
だが。
「読者に、その後はない」
ページが閉じれば終わりだ。
だがここは、終わらない。
「叛逆ってのはな」
モードレッドが言う。
「壊すことじゃねぇ」
赤い瞳が夕陽を映す。
「王を倒した後、どう立つかだ」
胸が軋む。
「俺は王になれなかった」
静かな声。
「叛逆して、叫んで、暴れて」
空を見上げる。
「でも結局、“その後”を持ってなかった」
だから滅びた。
「お前はどうだ」
問われる。
俺は答えられない。
「聖杯を壊して、戦争を止めて」
その先は?
「消える、つもりか」
夕陽が沈みかける。
世界が赤く染まる。
その色は――
どこか、アーチャーの外套に似ていた。
「俺は」
喉が渇く。
「俺は、生きるべき人間じゃないと思ってた」
干渉者。
異物。
物語を乱す存在。
「でも」
思い出す。
士郎の顔。
凛の睨み。
セイバーの静かな視線。
「俺がいなくなる前提で動くと」
確かに、歪む。
関係が。
未来が。
「夕焼けってさ」
俺は空を見る。
「沈む色だと思ってた」
終わりの色。
理想が燃え尽きる色。
「でも違う」
モードレッドが鼻で笑う。
「やっと気づいたか」
夕焼けは、夜の始まりだ。
そして。
明日への繋ぎ。
「叛逆は」
ゆっくりと、言葉にする。
「終わるためじゃない」
沈むためでも、消えるためでもない。
「明日に繋ぐための破壊だ」
胸の奥で、何かが定まる。
壊す。
だが、その後を生きる。
逃げない。
観測者で終わらない。
「……は」
モードレッドが笑う。
「やっと“参加者”の顔になったな」
「遅いか?」
「いや」
立ち上がる。
「ちょうど夕暮れだ」
太陽が、地平線に沈む。
赤が、紫へ変わる。
それは終わりではない。
移り変わりだ。
「健」
モードレッドが振り返る。
「叛逆は孤独じゃねぇ」
少しだけ、照れた声。
「隣に立つやつがいるなら、それはもう滅びじゃない」
胸が熱くなる。
俺は夕焼けを見る。
かつては、終わりの色だった。
今は違う。
これは――
始まりの色だ。
俺はもう、消える前提では動かない。
聖杯を壊す。
未来を変える。
そして。
その後を、生きる。
夕焼けは静かに沈み、夜が来る。
だが俺は知っている。
夜の先に、朝があることを。
叛逆は夕焼けの中で始まる。
終わりではなく。
明日を掴むために。
次回「夕焼けの先へ」