中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
異変は、静かだった。
朝。
屋敷の結界に、綻び。
「……おかしい」
遠坂凛が顔を上げる。
「侵入の痕跡はない。でも――」
嫌な感覚。
胸騒ぎ。
「士郎は?」
俺の問いに、セイバーが目を閉じる。
「……気配が、ありません」
一瞬、時間が止まる。
「は?」
モードレッドが顔を上げる。
「外出の形跡はない。戦闘痕もない」
凛の声が低くなる。
「……転移系」
嫌な予感が確信に変わる。
「キャスターだ」
◆
柳洞寺。
本堂の奥。
薄暗い空間。
床に刻まれた巨大な魔法陣。
中央に――士郎。
拘束。
意識はある。
「……くそ」
「目が覚めた?」
柔らかな声。
キャスターが微笑む。
「乱暴な真似をしてごめんなさい。でも、時間が惜しくて」
「何を……」
「あなた、面白いのよ」
ゆっくり歩く。
「理想を抱いているのに、折れない」
顎に指を当てる。
「だから見たくなったの」
囁く。
「砕ける瞬間を」
◆
屋敷。
空気が重い。
「探知できない」
凛が歯を食いしばる。
「結界ごと隠蔽されてる」
「正面突破だ」
俺は即答する。
「罠よ」
「分かってる」
視線を上げる。
「でも行く」
迷いはない。
消える前提じゃない。
守る。
「俺が行く」
セイバーが前に出る。
「マスターを救うのは私の役目だ」
「違う」
俺は首を振る。
「今回は俺が先行する」
「健?」
「キャスターは俺を見てる」
あの夜。
あの戦闘。
あいつは俺を“削り甲斐がある”と言った。
「誘いだ」
士郎は餌。
「俺が来ることを前提にしている」
なら。
「望み通り行ってやる」
モードレッドが笑う。
「やっと本気だな」
「ああ」
夕焼けは越えた。
ここからは夜だ。
◆
柳洞寺。
結界を破る。
正面突破。
轟音。
魔力の衝突。
セイバーとアーチャーが外縁を押さえる。
「中は任せる!」
凛の声。
俺は走る。
一直線に、本堂へ。
◆
扉を蹴破る。
「来たわね」
キャスターが微笑む。
その背後。
魔法陣の中心に士郎。
「健……!」
無事。
だが拘束が強い。
「離せ」
「嫌よ」
あっさり。
「彼は鍵だもの」
魔法陣が脈動する。
「何のつもりだ」
「観測者さん」
愉しげな声。
「あなた、壊す覚悟はある。でも」
瞳が細まる。
「守れない覚悟は?」
胸が凍る。
「彼を殺せば」
さらりと言う。
「あなたはどうなる?」
心臓が強く打つ。
「叛逆を続けられる?」
士郎が叫ぶ。
「来るな!」
「黙ってろ!」
怒鳴る。
視界が赤く染まりかける。
だが。
止まる。
呼吸を整える。
俺は消えない。
逃げない。
参加者だ。
「お前の狙いは俺だ」
静かに言う。
「士郎じゃない」
「ええ」
素直に頷く。
「でも彼は、あなたの楔」
にっこり笑う。
「壊れれば、あなたも歪む」
正しい。
だが。
「歪まない」
踏み出す。
「俺は壊れない」
魔力回路を開く。
痛み。
焼ける感覚。
「投影、開始」
今度は迷わない。
剣のイメージが鮮明。
無数の刃。
干渉。
魔法陣の構造を読む。
「無駄よ」
「無駄かどうかは」
剣を地面に突き立てる。
「やってから言え」
衝撃。
陣の一角が崩れる。
「なっ――」
拘束が緩む。
「士郎!」
セイバーが突入。
斬撃。
鎖が断ち切られる。
「ちっ」
キャスターが後退。
空間転移の構え。
「今日は退くわ」
舌打ち。
「でも覚えておいて」
俺を見る。
「彼は、あなたの弱点」
消える。
◆
静寂。
士郎が膝をつく。
「……すみません」
「謝るな」
手を差し出す。
「助けるって言っただろ」
士郎がその手を取る。
温かい。
生きている。
「俺は」
士郎が言う。
「足を引っ張った」
「違う」
首を振る。
「お前は理由だ」
「え?」
「俺がここに立つ理由だ」
夕焼けの決意が、胸にある。
壊す。
だが残る。
守る。
だが歪まない。
外では、戦闘の余波が消えていく。
戦争は、完全に個人的なものになった。
理想は奪われかけた。
だがまだ折れていない。
キャスターは理解した。
健を壊すには、士郎を揺らせばいい。
そして健も理解した。
士郎は弱点ではない。
守るべき核だ。
夜は深い。
だが。
夜を越える覚悟は、もう揺らがない。
次回
「魔女の終幕」