中立魔術師は黄昏を纏う   作:zeroが個人的に好き

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第十六話 境界の色

夜の街が、わずかに軋んでいた。

キャスターを討ったはずの柳洞寺から、まだ薄い魔力が滲んでいる。

 

「……濃くなってる」

遠坂凛が空を見上げる。

 

見えないはずの流れが、肌で分かる。

 

「聖杯の反応が強まってるわ」

 

「歪みが収束を始めている」

セイバーの声は重い。

 

器は満ちつつある。

戦争は終盤。

 

俺は黙って空を見る。

 

黒い夜の奥。

――色が混ざっている気がした。

 

     ◆

 

その違和感は、唐突に来た。

屋敷の庭。

士郎と凛が言い合いをしている声を遠くに聞きながら、俺は一人、立ち尽くす。

 

視界の端に、光。

違う。

光じゃない。

 

色だ。

 

群青。

白銀。

朱。

薄金。

 

そして。

橙と紫が溶け合った境界。

 

「……なんだ、これ」

 

瞬きをしても消えない。

 

空気の中に、揺れている。

刃の輪郭をして。

 

だが触れようとすると、霧のように崩れる。

頭が軋む。

 

「健?」

士郎の声。

 

「顔色悪いぞ」

 

「いや」

目を逸らす。

 

言えない。

説明できない。

 

これは――聖杯の魔力とは違う。

 

もっと個人的な。

もっと、俺に近い何か。

 

     ◆

 

夜。

教会の扉を押す。

きぃ、と乾いた音。

 

「ようこそ」

 

祭壇の前。

黒衣の男。

 

言峰綺礼。

 

「相談か?」

 

「違う」

 

俺は正面に立つ。

「確認だ」

 

「何を」

 

「俺は何だ」

 

沈黙。

そして、笑み。

 

「突然だな」

 

「聖杯に近づくほど、妙なものが見える」

 

言葉を選ぶ。

 

「色だ。刃の形をしている」

 

言峰の目が、僅かに細まる。

「ほう」

 

愉しげだ。

 

「それは君だけに見えるのだな?」

 

「ああ」

 

「ならば簡単だ」

一歩近づく。

 

「それは聖杯の副産物ではない」

 

胸がざわつく。

 

「聖杯は“願い”を増幅する器だ」

低い声。

 

「君の内側で熟成していたものが、戦争という圧力で形を取り始めた」

 

「俺の……内側?」

 

「破壊したいのだろう?」

 

否定しない。

 

「だが壊すだけでは終わらないと知っている」

 

言峰は楽しそうに続ける。

「終わらせ、繋ぐ。その矛盾した意志」

 

鼓動が強くなる。

 

「聖杯は過去に縋る者を呼ぶ」

 

士郎。

アーチャー。

多くの英霊。

 

「だが君は違う」

断言。

 

「君は未来へ進むために終わらせようとしている」

 

冷たい指が、胸の前で止まる。

 

「聖杯に対する異物ではない」

 

笑う。

「対概念だ」

 

空気が凍る。

 

「聖杯が“願望の器”なら、君は“終焉の境界”」

 

橙と紫の色が脳裏に浮かぶ。

 

「黄昏か」

言峰が呟く。

 

 その言葉に、心臓が跳ねる。

 

「……それが、俺の武器か」

 

「武器と呼ぶには早い」

首を振る。

 

「まだ形を持たぬ。ただの可能性だ」

 

「どうすれば形になる」

 

「簡単だ」

 

黒い瞳が射抜く。

「選べ」

 

「何を」

 

「壊す覚悟ではない」

 

愉悦を孕んだ声。

「残る覚悟だ」

 

喉が乾く。

 

「君は未だ、自分が消える未来を想定している」

 

図星。

 

「その前提がある限り、黄昏は完成しない」

 

沈黙。

 

「境界は、そこに立つ者が残って初めて成立する」

 

言峰は背を向ける。

「消えるつもりの者に、境界は纏えぬ」

 

     ◆

 

教会を出る。

夜風。

 

空を見上げる。

 

色が、また揺れる。

今度は少しだけ濃い。

 

群青が腕の形を取りかける。

白銀が指先に集まる。

朱が背後に影を落とす。

薄金が胸に灯る。

 

そして。

橙と紫。

 

まだ不安定。

だが確かに、そこにある。

 

「……残る覚悟、か」

 

消える前提では、纏えない。

 

観測者でもない。

殉教者でもない。

 

参加者。

生きる者。

 

その覚悟が必要。

 

拳を握る。

 

色がわずかに収束する。

だがまだ、刃にはならない。

 

未完成。

境界の途中。

 

夜は深い。

聖杯は満ちつつある。

 

言峰は愉しんでいる。

アーチャーは何かを決めかけている。

 

そして俺は。

初めて、自分の武器を見た。

 

それは借り物ではない。

投影でもない。

 

聖杯戦争に呼応して生まれた、俺自身の境界。

 

色はまだ揺れている。

だが消えない。

黄昏は、確かにここにある。

 

ただ――

 

まだ纏えないだけだ。

 

次回

「残る理由」

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