中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
夜の街が、わずかに軋んでいた。
キャスターを討ったはずの柳洞寺から、まだ薄い魔力が滲んでいる。
「……濃くなってる」
遠坂凛が空を見上げる。
見えないはずの流れが、肌で分かる。
「聖杯の反応が強まってるわ」
「歪みが収束を始めている」
セイバーの声は重い。
器は満ちつつある。
戦争は終盤。
俺は黙って空を見る。
黒い夜の奥。
――色が混ざっている気がした。
◆
その違和感は、唐突に来た。
屋敷の庭。
士郎と凛が言い合いをしている声を遠くに聞きながら、俺は一人、立ち尽くす。
視界の端に、光。
違う。
光じゃない。
色だ。
群青。
白銀。
朱。
薄金。
そして。
橙と紫が溶け合った境界。
「……なんだ、これ」
瞬きをしても消えない。
空気の中に、揺れている。
刃の輪郭をして。
だが触れようとすると、霧のように崩れる。
頭が軋む。
「健?」
士郎の声。
「顔色悪いぞ」
「いや」
目を逸らす。
言えない。
説明できない。
これは――聖杯の魔力とは違う。
もっと個人的な。
もっと、俺に近い何か。
◆
夜。
教会の扉を押す。
きぃ、と乾いた音。
「ようこそ」
祭壇の前。
黒衣の男。
言峰綺礼。
「相談か?」
「違う」
俺は正面に立つ。
「確認だ」
「何を」
「俺は何だ」
沈黙。
そして、笑み。
「突然だな」
「聖杯に近づくほど、妙なものが見える」
言葉を選ぶ。
「色だ。刃の形をしている」
言峰の目が、僅かに細まる。
「ほう」
愉しげだ。
「それは君だけに見えるのだな?」
「ああ」
「ならば簡単だ」
一歩近づく。
「それは聖杯の副産物ではない」
胸がざわつく。
「聖杯は“願い”を増幅する器だ」
低い声。
「君の内側で熟成していたものが、戦争という圧力で形を取り始めた」
「俺の……内側?」
「破壊したいのだろう?」
否定しない。
「だが壊すだけでは終わらないと知っている」
言峰は楽しそうに続ける。
「終わらせ、繋ぐ。その矛盾した意志」
鼓動が強くなる。
「聖杯は過去に縋る者を呼ぶ」
士郎。
アーチャー。
多くの英霊。
「だが君は違う」
断言。
「君は未来へ進むために終わらせようとしている」
冷たい指が、胸の前で止まる。
「聖杯に対する異物ではない」
笑う。
「対概念だ」
空気が凍る。
「聖杯が“願望の器”なら、君は“終焉の境界”」
橙と紫の色が脳裏に浮かぶ。
「黄昏か」
言峰が呟く。
その言葉に、心臓が跳ねる。
「……それが、俺の武器か」
「武器と呼ぶには早い」
首を振る。
「まだ形を持たぬ。ただの可能性だ」
「どうすれば形になる」
「簡単だ」
黒い瞳が射抜く。
「選べ」
「何を」
「壊す覚悟ではない」
愉悦を孕んだ声。
「残る覚悟だ」
喉が乾く。
「君は未だ、自分が消える未来を想定している」
図星。
「その前提がある限り、黄昏は完成しない」
沈黙。
「境界は、そこに立つ者が残って初めて成立する」
言峰は背を向ける。
「消えるつもりの者に、境界は纏えぬ」
◆
教会を出る。
夜風。
空を見上げる。
色が、また揺れる。
今度は少しだけ濃い。
群青が腕の形を取りかける。
白銀が指先に集まる。
朱が背後に影を落とす。
薄金が胸に灯る。
そして。
橙と紫。
まだ不安定。
だが確かに、そこにある。
「……残る覚悟、か」
消える前提では、纏えない。
観測者でもない。
殉教者でもない。
参加者。
生きる者。
その覚悟が必要。
拳を握る。
色がわずかに収束する。
だがまだ、刃にはならない。
未完成。
境界の途中。
夜は深い。
聖杯は満ちつつある。
言峰は愉しんでいる。
アーチャーは何かを決めかけている。
そして俺は。
初めて、自分の武器を見た。
それは借り物ではない。
投影でもない。
聖杯戦争に呼応して生まれた、俺自身の境界。
色はまだ揺れている。
だが消えない。
黄昏は、確かにここにある。
ただ――
まだ纏えないだけだ。
次回
「残る理由」