中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
夜。
冷たい風が庭を抜ける。
違和感は突然だった。
「……来る」
セイバーが低く告げる。
次の瞬間、屋根の上に赤い外套。
弓兵。
アーチャー。
「話がある」
視線は士郎だけを射抜いている。
◆
裏庭。
月明かり。
凛は黙認した。止めても無駄だと分かっているからだ。
士郎とアーチャーが向き合う。
俺は少し離れて立つ。
「単刀直入に言う」
アーチャーの声は冷たい。
「お前は、俺だ」
空気が凍る。
「……は?」
「未来のお前が、俺だ」
士郎が笑う。
「冗談きついぞ」
「冗談で英霊になるか」
淡々と続ける。
「理想を抱き、救い続け、最後に裏切られた」
士郎の顔色が変わる。
「それでも止まらなかった」
月光が刃のように落ちる。
「結果、守ったはずの者たちに否定され、処刑された」
沈黙。
「それが衛宮士郎の未来だ」
心臓が重く鳴る。
士郎の拳が震えている。
「嘘だ」
「事実だ」
「俺は……!」
「変わらない」
遮る。
「理想は腐る」
アーチャーの目は、怒りでも憎しみでもない。
疲労だ。
「お前は最後まで自分を削り、誰も救えず、何も残らない」
士郎が叫ぶ。
「それでも!」
声が割れる。
「それでも俺はやる!」
涙はない。
だが歯を食いしばっている。
「後悔してるのはあんただろ!」
一瞬、アーチャーの眉が揺れる。
「俺は後悔しない!」
「する」
即答。
「理想は人を救うが、救われた人間が理想を守るとは限らない」
冷酷な真実。
「お前は孤独になる」
士郎が沈黙する。
折れかけている。
◆
「……それで?」
俺が口を開く。
二人の視線が向く。
「未来がそうだから何だ」
アーチャーが睨む。
「口を挟むな、観測者」
「観測者じゃない」
一歩前に出る。
「参加者だ」
月明かりの下、色が揺れる。
「未来を知ってる」
士郎が驚く。
「健、お前……」
「ああ」
隠さない。
「大体はな」
アーチャーの目が細まる。
「なら分かるはずだ。理想の末路を」
「分かる」
即答。
「でもな」
士郎の肩を掴む。
「未来は“確定”じゃない」
「甘い」
アーチャーが吐き捨てる。
「人間の本質は変わらん」
「変わらなくてもいい」
静かに返す。
「折れなきゃいい」
士郎を見る。
「お前が後悔する未来はあるかもしれない」
飲み込む。
「でも、今ここで折れたら、確定する」
沈黙。
アーチャーの瞳が揺れる。
「俺は理想を否定しない」
言い切る。
「でも理想のために消えるのは否定する」
士郎が息を呑む。
「残れ」
短い言葉。
「最後まで」
アーチャーが冷笑する。
「残っても孤独だ」
「なら孤独じゃなくすればいい」
「どうやって」
「俺がいる」
即答。
静寂。
士郎の目が見開かれる。
「理想は一人で抱えるから歪む」
夕焼けの言葉が胸に蘇る。
「共有しろ」
アーチャーが初めて言葉を失う。
「お前は一人で背負った」
だから折れた。
「士郎は違う」
肩を掴む手に力を込める。
「俺が残る」
色が、はっきりと腕に沿う。
群青。
白銀。
朱。
薄金。
橙と紫。
「……面白い」
アーチャーが低く呟く。
「観測者が未来を否定するか」
「否定じゃない」
首を振る。
「選び直すだけだ」
長い沈黙。
やがてアーチャーが背を向ける。
「好きにしろ」
屋根へ跳ぶ。
「だが覚えておけ」
振り返らずに言う。
「理想は必ず代償を払う」
「払うさ」
俺は答える。
「でも、死ぬ前提じゃない」
アーチャーは消えた。
◆
静寂。
士郎が崩れるように座る。
「……怖かった」
本音。
「未来を見せられて、怖くない奴はいない」
隣に座る。
「でも」
士郎が小さく笑う。
「一人じゃないなら、やれる気がする」
胸の奥で、何かがはまる。
色が一瞬、完全な刃を描く。
まだ10秒も持たない。
だが。
確実に近づいた。
未来の残骸を越える。
それが今の選択だ。
理想は崩れかけた。
だが折れなかった。
そして俺も。
消える前提を、また一つ捨てた。
黄昏は境界。
終わりを知りながら、始まりを選ぶ色。
その刃は、もうすぐ形になる。
次回
「愉悦の選択」