中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
教会の鐘が鳴る。
深夜。
誰もいないはずの街に、音が落ちる。
呼ばれている。
そんな感覚があった。
◆
扉を押す。
薄暗い礼拝堂。
祭壇の前に立つ黒衣。
言峰綺礼。
「来ると思っていた」
「だろうな」
距離は数歩。
だが空気は重い。
「アーチャーの告白は、良い刺激になったようだ」
「覗いてたのか」
「聖杯戦争の管理者でね」
穏やかに笑う。
「さて、本題だ」
静寂。
「君は聖杯を壊すつもりだ」
「ああ」
「即答か」
「迷う理由がない」
「あるさ」
一歩、近づく。
「君は結末を知る」
心臓が強く打つ。
「未来を知りながら、なお選び直そうとしている」
黒い瞳が射抜く。
「それは非常に希少だ」
「何が言いたい」
「器の素質がある」
空気が凍る。
「……何だと」
「聖杯は願いを増幅する」
低い声。
「だが願いの強度だけでは足りない」
胸を指す。
「矛盾を抱え、それでも進む意志」
「ふざけるな」
「ふざけていない」
淡々と。
「君は聖杯を壊したいと願っている」
「そうだ」
「ならば聖杯に触れろ」
鼓動が乱れる。
「器になれば、内部から破壊できる」
甘い提案。
「誰も死なずに済む」
言葉が刺さる。
「士郎も、凛も、英霊も」
一瞬だけ、揺れる。
もし本当に可能なら。
「代償は?」
「簡単だ」
微笑む。
「君が人間でなくなる」
沈黙。
「存在は記録に残らない」
淡々と続ける。
「誰の記憶にも残らず、歴史からも切り離される」
それだけ。
命はある。
だが。
「残らない、か」
「消えるのとは違う」
愉悦を孕む声。
「ただ、誰にも必要とされなかったことになるだけだ」
胸が締め付けられる。
それは。
“消える前提”の延長線。
「君は異物だと感じているのだろう?」
図星。
「ならば最後まで異物であればいい」
手を差し出す。
「世界の外側で、全てを終わらせろ」
静寂。
色が揺れる。
群青が冷たく光る。
白銀が鋭く震える。
朱が脈打つ。
薄金が灯る。
橙と紫が、混ざりかける。
「……魅力的だな」
正直な感想。
「だろう?」
「でも」
一歩、前へ。
その手を見下ろす。
「それは逃げだ」
言峰の眉がわずかに動く。
「何?」
「残らない選択肢だ」
はっきり言う。
「俺は残るって決めた」
士郎の顔が浮かぶ。
夕焼けの縁側。
“理由を置いてくな”。
「器になれば、確かに楽だ」
全部抱えて消えればいい。
だが。
「それは一人で背負うってことだろ」
「当然だ」
「だから駄目だ」
断言。
「理想は共有するって決めた」
色が収束する。
橙と紫が、ゆっくりと腕に沿う。
「聖杯は過去に縋る」
視線を上げる。
「俺は未来に進む」
空気が震える。
「壊す」
短く。
「でも、俺は残る」
言峰が初めて、心底愉快そうに笑った。
「素晴らしい」
拍手。
「誘惑を断ち切るか」
「最初から答えは出てる」
「いいだろう」
背を向ける。
「ならば正面から来い」
「言われなくても」
「器にならぬなら」
振り返る。
「器を砕くしかない」
宣告。
「その時、君は10秒を越えるだろう」
心臓が跳ねる。
「越えた先に何があるか」
微笑む。
「楽しみにしている」
◆
教会を出る。
夜風が強い。
胸に熱がある。
色がはっきりと形を取る。
白夜の細剣。
真昼の短剣。
夕の大剣。
朝日の刃。
そして。
まだ不完全な、黄昏。
だが今は分かる。
聖杯の対概念。
願いを叶える器に対する、
終わらせて進む境界。
俺は器にならない。
俺は纏う。
終わりと始まりの色を。
聖杯は、もうすぐ顕現する。
最終局面。
残る覚悟は、決まった。
あとは。
その覚悟を、10秒の向こうへ押し出すだけだ。
次回
「引き金の夜」