中立魔術師は黄昏を纏う   作:夜神桜

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第十九話 愉悦の選択

教会の鐘が鳴る。

深夜。

誰もいないはずの街に、音が落ちる。

 

呼ばれている。

そんな感覚があった。

 

     ◆

 

扉を押す。

 

薄暗い礼拝堂。

祭壇の前に立つ黒衣。

 

言峰綺礼。

 

「来ると思っていた」

 

「だろうな」

 

距離は数歩。

だが空気は重い。

 

「アーチャーの告白は、良い刺激になったようだ」

 

「覗いてたのか」

 

「聖杯戦争の管理者でね」

穏やかに笑う。

 

「さて、本題だ」

 

静寂。

 

「君は聖杯を壊すつもりだ」

 

「ああ」

 

「即答か」

 

「迷う理由がない」

 

「あるさ」

一歩、近づく。

 

「君は結末を知る」

 

心臓が強く打つ。

 

「未来を知りながら、なお選び直そうとしている」

 

黒い瞳が射抜く。

「それは非常に希少だ」

 

「何が言いたい」

 

「器の素質がある」

 

空気が凍る。

 

「……何だと」

 

「聖杯は願いを増幅する」

低い声。

 

「だが願いの強度だけでは足りない」

 

胸を指す。

「矛盾を抱え、それでも進む意志」

 

「ふざけるな」

 

「ふざけていない」

 

淡々と。

「君は聖杯を壊したいと願っている」

 

「そうだ」

 

「ならば聖杯に触れろ」

 

鼓動が乱れる。

 

「器になれば、内部から破壊できる」

 

甘い提案。

 

「誰も死なずに済む」

 

言葉が刺さる。

 

「士郎も、凛も、英霊も」

 

一瞬だけ、揺れる。

もし本当に可能なら。

 

「代償は?」

 

「簡単だ」

 

微笑む。

「君が人間でなくなる」

 

沈黙。

 

「存在は記録に残らない」

 

淡々と続ける。

「誰の記憶にも残らず、歴史からも切り離される」

 

それだけ。

命はある。

 

だが。

 

「残らない、か」

 

「消えるのとは違う」

 

愉悦を孕む声。

 

「ただ、誰にも必要とされなかったことになるだけだ」

 

胸が締め付けられる。

 

それは。

“消える前提”の延長線。

 

「君は異物だと感じているのだろう?」

 

図星。

 

「ならば最後まで異物であればいい」

 

手を差し出す。

 

「世界の外側で、全てを終わらせろ」

 

静寂。

 

色が揺れる。

 

群青が冷たく光る。

白銀が鋭く震える。

朱が脈打つ。

薄金が灯る。

 

橙と紫が、混ざりかける。

 

「……魅力的だな」

 

正直な感想。

 

「だろう?」

 

「でも」

 

一歩、前へ。

その手を見下ろす。

 

「それは逃げだ」

 

言峰の眉がわずかに動く。

「何?」

 

「残らない選択肢だ」

 

はっきり言う。

「俺は残るって決めた」

 

士郎の顔が浮かぶ。

夕焼けの縁側。

 

“理由を置いてくな”。

 

「器になれば、確かに楽だ」

 

全部抱えて消えればいい。

 

だが。

 

「それは一人で背負うってことだろ」

 

「当然だ」

 

「だから駄目だ」

 

断言。

 

「理想は共有するって決めた」

 

色が収束する。

橙と紫が、ゆっくりと腕に沿う。

 

「聖杯は過去に縋る」

 

視線を上げる。

「俺は未来に進む」

 

空気が震える。

 

「壊す」

短く。

 

「でも、俺は残る」

 

言峰が初めて、心底愉快そうに笑った。

「素晴らしい」

 

拍手。

 

「誘惑を断ち切るか」

 

「最初から答えは出てる」

 

「いいだろう」

 

背を向ける。

「ならば正面から来い」

 

「言われなくても」

 

「器にならぬなら」

 

振り返る。

「器を砕くしかない」

 

宣告。

「その時、君は10秒を越えるだろう」

 

心臓が跳ねる。

 

「越えた先に何があるか」

 

微笑む。

「楽しみにしている」

 

     ◆

 

教会を出る。

夜風が強い。

胸に熱がある。

 

色がはっきりと形を取る。

 

白夜の細剣。

真昼の短剣。

夕の大剣。

朝日の刃。

 

そして。

まだ不完全な、黄昏。

 

だが今は分かる。

聖杯の対概念。

 

願いを叶える器に対する、

終わらせて進む境界。

 

俺は器にならない。

 

俺は纏う。

終わりと始まりの色を。

 

聖杯は、もうすぐ顕現する。

最終局面。

 

残る覚悟は、決まった。

あとは。

 

その覚悟を、10秒の向こうへ押し出すだけだ。

 

次回

「引き金の夜」

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