中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
夜は静かすぎた。
風も止み、空気が凍っている。
違和感は一瞬だった。
「――士郎!」
セイバーの声。
次の瞬間、屋根の上に赤い外套。
弓が引かれている。
アーチャー。
矢の先は、士郎の喉元。
「待て」
俺は一歩前に出る。
「退け」
冷たい声。
「これは俺と衛宮士郎の問題だ」
「だから出てきた」
月明かりが矢に反射する。
「未来を断つ」
アーチャーが告げる。
「理想の芽を、今ここで摘む」
士郎は動かない。
目は逸らしていない。
「俺は……」
声が震える。
「俺はそれでもやる」
「分かっている」
アーチャーの声は静かだ。
「だから殺す」
弦が軋む。
◆
時間が伸びる。
この一射で終わる。
未来は閉じる。
聖杯の歪みも一つ消える。
合理的だ。
正しい。
だが。
「やめろ」
俺は踏み出す。
「退けと言った」
「退かない」
色が揺れる。
群青。
白銀。
朱。
薄金。
「お前は後悔してる」
「……」
「一人で背負ったからだ」
矢がわずかに揺れる。
「共有すれば違ったかもしれない」
「幻想だ」
「そうかもしれない」
一歩、さらに前へ。
「でも今は違う」
士郎の肩に手を置く。
「こいつは一人じゃない」
弦がきしむ音。
「どけ」
「どかない」
心臓が鳴る。
ここだ。
逃げれば全部崩れる。
「お前が撃つなら」
視線を真っ直ぐ返す。
「俺ごと撃て」
静寂。
セイバーが息を呑む。
凛が叫びかけて止まる。
「……本気か」
「ああ」
迷いはない。
消える前提ではない。
残る前提で立っている。
「俺は残る」
色が収束する。
白夜の細剣が右手に形を取り始める。
真昼の短剣が左に灯る。
「観測者が英雄気取りか」
「違う」
首を振る。
「境界だ」
群青が腕に沿う。
白銀が刃になる。
「未来と今の間に立つ」
矢が放たれる。
閃光。
だが。
白夜が弾く。
衝撃が腕を砕きかける。
血が滲む。
「健!」
士郎の声。
「まだだ」
真昼が閃く。
第二射を叩き落とす。
膝が軋む。
「なぜそこまで」
アーチャーが低く問う。
「簡単だ」
息を吐く。
「お前が間違ってるからだ」
「何?」
「未来を知ってるのに」
視線を外さない。
「未来を固定しようとしてる」
色が背後で混ざり始める。
朱と薄金が脈打つ。
「俺は選び直すって言った」
「理想は変わらん!」
「変わらなくていい!」
叫ぶ。
「折れなきゃいい!」
空気が震える。
橙と紫が重なる。
まだ完全ではない。
だが。
「アーチャー」
静かに告げる。
「お前は後悔してる」
「……」
「なら、こいつが後悔しない道を選ぶのを見届けろ」
沈黙。
長い、長い数秒。
弓が、ゆっくりと下がる。
「……愚かだ」
吐き捨てる。
「だが」
視線がわずかに柔らぐ。
「それでも進むというのなら」
背を向ける。
「見届けてやる」
赤い外套が夜に溶ける。
◆
静寂。
膝から力が抜ける。
色が霧散する。
まだ完全ではない。
まだ。
士郎が隣に立つ。
「……ありがとう」
「礼はまだ早い」
空を見上げる。
夜が揺れている。
聖杯の魔力が濃くなる。
決戦は近い。
未来は断たれなかった。
理想は折れなかった。
そして俺も。
消える前提では立たなかった。
黄昏は、あと一歩。
10秒の境界は、もうすぐだ。
次回
「王に背く者」