夜は静かだった。
聖杯の気配は、もう隠していない。
空気が重く、街の灯りが滲んで見える。
屋敷の庭。
誰もいない。
「……おい」
背後から声。
振り向くと、銀色で赤い模様がついた鎧。
モードレッド。
「一人で黄昏てんじゃねぇ」
「別に黄昏てない」
「似たようなもんだろ」
乱暴に隣へ腰を下ろす。
月明かりが鎧を鈍く照らす。
「明日だな」
「ああ」
聖杯は顕現する。
言峰も動く。
全部終わる。
「聞くが」
モードレッドが空を見たまま言う。
「お前の“叛逆”ってのは何だ」
沈黙。
「王に逆らうことか?」
「違う」
「じゃあ何だ」
少し考える。
「決められた終わりに従わないこと」
「……ほう」
鼻で笑う。
「運命様に中指立てるってか」
「そんな感じだ」
「甘ぇな」
即答。
「叛逆ってのは血が出るもんだ」
拳を握る。
「王に刃向かえば、国が割れる。仲間も死ぬ」
目が細まる。
「俺はそれをやった」
重い声。
「間違ってたと思うか?」
真っ直ぐな問い。
「……分からない」
正直に言う。
「でも」
「でも?」
「間違いでも、選んだんだろ」
視線がぶつかる。
「選んだ」
「なら、それはお前の叛逆だ」
モードレッドは一瞬、目を見開き、そして笑う。
「お前、王より王っぽいこと言うな」
「やめろ」
「ははっ」
笑い声が夜に溶ける。
「で、お前は何に叛逆する」
「聖杯」
「それだけか?」
「違う」
空を見る。
「自分にも」
「……あ?」
「消える前提で動く自分」
静かに言う。
「異物だから最後に帳尻合わせればいいって思ってた」
「今は?」
「残る」
短く。
モードレッドがニヤリと笑う。
「いいじゃねぇか」
「叛逆ってのはな」
立ち上がる。
「王だけに向けるもんじゃねぇ」
月明かりを背に。
「自分の弱さに刃向けるのも叛逆だ」
その言葉が、胸に落ちる。
「明日」
赤雷が微かに走る。
「俺は全力で暴れる」
「分かってる」
「10秒だろ」
ぎくりとする。
「何で」
「顔に書いてある」
鼻で笑う。
「限界越える気だろ」
沈黙。
否定しない。
「死ぬ気か?」
「違う」
首を振る。
「残る」
「ならいい」
即答。
「死ぬ叛逆は三流だ」
鋭い言葉。
「生き残って、後悔ごと抱えるのが一流だ」
拳を突き出す。
「最後まで立ってろ」
俺も拳を合わせる。
「お前もな」
「当たり前だ」
雷が一瞬、強く弾ける。
「叛逆の騎士を舐めんな」
◆
モードレッドが消えた後。
庭に一人残る。
空を見上げる。
色が揺れる。
群青。
白銀。
朱。
薄金。
そして。
橙と紫。
今までより濃い。
はっきりと、腕を覆いかける。
「……叛逆の騎士、か」
明日、その名が意味を持つ。
王に背いた騎士と、
運命に背く少年。
叛逆は破壊じゃない。
選び直すことだ。
自分に、世界に。
聖杯はもうすぐ顕現する。
戦争は終わる。
未来は決まらない。
決める。
10秒の向こうで。
生きたまま。
次回
「泥の器」