中立魔術師は黄昏を纏う   作:zeroが個人的に好き

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第二十六話 結末を知る少年

⸻夜が明ける。

冬木の空は、何事もなかったように白み始めていた。

瓦礫の上に立ったまま、健はゆっくりと息を吐く。

 

聖杯は砕けた。

黒い泥は消えた。

穴も閉じた。

 

誰も、死んでいない。

少なくとも――ここにいる全員は。

 

「終わった、のよね」

遠坂凛が呟く。

 

その声にはまだ警戒が混じっている。

 

「ええ」

セイバーが頷く。

 

「聖杯の気配は完全に消滅しました」

 

屋根の上からアーチャーが降りてくる。

無言で健を見る。

その視線は確認だ。

 

“お前は残っているか?”

 

健は苦く笑う。

「消えてない」

 

「……そうか」

 

短い返答。

だがそれで十分だった。

 

     ◆

 

士郎が近づいてくる。

少し迷うように。

 

「健」

 

「なんだ」

 

「お前さ」

 

言い淀む。

 

「最初から知ってたんだろ」

 

風が止まる。

凛の視線も鋭くなる。

アーチャーは目を細めた。

 

健は空を見る。

白くなりかけた東の空。

 

「……知ってた」

 

否定しない。

 

「大体は」

 

「なんで言わなかった」

 

責める声じゃない。

ただ、知りたい声。

 

「言えば変わる」

静かに答える。

 

「変わりすぎる」

 

バタフライ・エフェクト。

ほんの一言で、誰かの選択が歪む。

 

「俺は異物だ」

 

視線を下ろす。

「この戦争の外側から来た」

 

凛が小さく息を呑む。

 

「だから黙った」

 

「一人で背負うつもりだったのか」

士郎の声が硬くなる。

 

ああ、と頷きかけて。

止めた。

 

「……違う」

 

ゆっくり言う。

「最初は、そうだった」

 

自己犠牲。

消える覚悟。

器になる未来。

 

全部、想定していた。

 

「でも」

拳を握る。

 

「やめた」

 

「どうして」

 

「共有するって決めたからだ」

 

士郎が目を見開く。

 

「痛みも、失敗も」

 

「生き残るってのは、そういうことだろ」

 

沈黙。

 

やがて士郎は小さく笑う。

「……ずるいな」

 

「何が」

 

「俺より先に答え出してる」

 

アーチャーが鼻で笑う。

「先に壊れなかっただけだ」

 

「うるさい」

 

士郎がむくれる。

そのやり取りを見て、健はふっと息を抜いた。

 

ああ。

本当に終わったんだ。

 

     ◆

 

言峰の教会は静まり返っていた。

黒幕も、願いも、器も消えた。

 

聖杯戦争は終結。

勝者なし。

願いなし。

 

だが。

破滅もなし。

 

     ◆

 

数日後。

学校。

何も変わらない日常。

運動場では体育の授業。

 

凛が遠くで睨んでくる。

士郎はいつも通り無茶をする。

桜が静かに微笑む。

 

健は校舎の屋上にいた。

フェンスにもたれ、空を見る。

 

夕方。

橙と紫が混ざる。

黄昏。

 

「……知ってる結末は、もうない」

呟く。

 

原作の終わり。

誰かが消える未来。

壊れた理想。

泥に沈む街。

 

どれも来なかった。

 

「未知だ」

 

これから先は。

完全に。

 

それでいい。

知っている物語をなぞるだけなら、安全だ。

 

だがそれは、生きているとは言わない。

 

足音。

「サボりか?」

 

振り向く。

士郎。

 

「見張りだよ」

 

「何をだ」

 

健は空を指差す。

「黄昏」

 

「は?」

 

「一番危ない時間だ」

 

昼でも夜でもない。

境界。

曖昧。

 

だからこそ。

 

「嫌いじゃない」

 

風が吹く。

橙が揺れる。

 

「結末を知ってるってのはさ」

 

士郎が隣に立つ。

「強いのか?」

 

少し考える。

 

「弱い」

 

「なんで」

 

「諦めやすいから」

 

未来を知っていると、選択を狭める。

“どうせこうなる”と決めつける。

 

「でも」

目を細める。

 

「変えられるなら、悪くない」

 

士郎が笑う。

「なら、次も変えろよ」

 

「次?」

 

「また何かあったらさ」

 

単純だ。

でもそれでいい。

 

「……ああ」

頷く。

 

もう、一人で抱えない。

知っている結末があっても。

なくても。

 

選ぶのは今だ。

 

空がゆっくりと赤く染まる。

橙と紫が溶け合う。

その色を見つめながら。

 

健は小さく笑った。

 

次回

『中立魔術師は黄昏を纏う』

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