中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
⸻夜が明ける。
冬木の空は、何事もなかったように白み始めていた。
瓦礫の上に立ったまま、健はゆっくりと息を吐く。
聖杯は砕けた。
黒い泥は消えた。
穴も閉じた。
誰も、死んでいない。
少なくとも――ここにいる全員は。
「終わった、のよね」
遠坂凛が呟く。
その声にはまだ警戒が混じっている。
「ええ」
セイバーが頷く。
「聖杯の気配は完全に消滅しました」
屋根の上からアーチャーが降りてくる。
無言で健を見る。
その視線は確認だ。
“お前は残っているか?”
健は苦く笑う。
「消えてない」
「……そうか」
短い返答。
だがそれで十分だった。
◆
士郎が近づいてくる。
少し迷うように。
「健」
「なんだ」
「お前さ」
言い淀む。
「最初から知ってたんだろ」
風が止まる。
凛の視線も鋭くなる。
アーチャーは目を細めた。
健は空を見る。
白くなりかけた東の空。
「……知ってた」
否定しない。
「大体は」
「なんで言わなかった」
責める声じゃない。
ただ、知りたい声。
「言えば変わる」
静かに答える。
「変わりすぎる」
バタフライ・エフェクト。
ほんの一言で、誰かの選択が歪む。
「俺は異物だ」
視線を下ろす。
「この戦争の外側から来た」
凛が小さく息を呑む。
「だから黙った」
「一人で背負うつもりだったのか」
士郎の声が硬くなる。
ああ、と頷きかけて。
止めた。
「……違う」
ゆっくり言う。
「最初は、そうだった」
自己犠牲。
消える覚悟。
器になる未来。
全部、想定していた。
「でも」
拳を握る。
「やめた」
「どうして」
「共有するって決めたからだ」
士郎が目を見開く。
「痛みも、失敗も」
「生き残るってのは、そういうことだろ」
沈黙。
やがて士郎は小さく笑う。
「……ずるいな」
「何が」
「俺より先に答え出してる」
アーチャーが鼻で笑う。
「先に壊れなかっただけだ」
「うるさい」
士郎がむくれる。
そのやり取りを見て、健はふっと息を抜いた。
ああ。
本当に終わったんだ。
◆
言峰の教会は静まり返っていた。
黒幕も、願いも、器も消えた。
聖杯戦争は終結。
勝者なし。
願いなし。
だが。
破滅もなし。
◆
数日後。
学校。
何も変わらない日常。
運動場では体育の授業。
凛が遠くで睨んでくる。
士郎はいつも通り無茶をする。
桜が静かに微笑む。
健は校舎の屋上にいた。
フェンスにもたれ、空を見る。
夕方。
橙と紫が混ざる。
黄昏。
「……知ってる結末は、もうない」
呟く。
原作の終わり。
誰かが消える未来。
壊れた理想。
泥に沈む街。
どれも来なかった。
「未知だ」
これから先は。
完全に。
それでいい。
知っている物語をなぞるだけなら、安全だ。
だがそれは、生きているとは言わない。
足音。
「サボりか?」
振り向く。
士郎。
「見張りだよ」
「何をだ」
健は空を指差す。
「黄昏」
「は?」
「一番危ない時間だ」
昼でも夜でもない。
境界。
曖昧。
だからこそ。
「嫌いじゃない」
風が吹く。
橙が揺れる。
「結末を知ってるってのはさ」
士郎が隣に立つ。
「強いのか?」
少し考える。
「弱い」
「なんで」
「諦めやすいから」
未来を知っていると、選択を狭める。
“どうせこうなる”と決めつける。
「でも」
目を細める。
「変えられるなら、悪くない」
士郎が笑う。
「なら、次も変えろよ」
「次?」
「また何かあったらさ」
単純だ。
でもそれでいい。
「……ああ」
頷く。
もう、一人で抱えない。
知っている結末があっても。
なくても。
選ぶのは今だ。
空がゆっくりと赤く染まる。
橙と紫が溶け合う。
その色を見つめながら。
健は小さく笑った。
次回
『中立魔術師は黄昏を纏う』