⸻異変は、聖杯破壊から三日後に起きた。
健がアパートに戻ると、部屋の真ん中に魔力の残滓が渦を巻いていた。
「……は?」
警戒よりも先に、嫌な予感がする。
橙と紫が微かに共鳴する。
次の瞬間。
光が弾けた。
「っぶねぇな!!」
聞き覚えのある声。
赤い外套。
乱暴な立ち姿。
だが、どこか不安定な輪郭。
「……モードレッド?」
目の前に立っていたのは、確かにモードレッド。
だが完全な霊体でも、完全な受肉でもない。
半透明。
だが触れられる。
「なんでいる」
「知らねぇよ!」
机を叩く。
ちゃんと音がする。
「消えたはずだろ」
「そのつもりだった」
腕を見る。
淡く揺らいでいる。
「聖杯が壊れる瞬間、テメェと魔力が繋がったままだった」
「……共鳴」
夕と朝日。
叛逆の共振。
「不完全受肉、ってやつだろ」
「嬉しそうに言うな」
「死ぬよりマシだ」
ケラケラ笑う。
だが魔力は不安定だ。
このままでは長く持たない。
◆
「維持条件は?」
「知らねぇ」
「お前な」
溜息をつく。
だが、胸の奥は妙に静かだった。
消えなかった。
また隣にいる。
「……契約は」
「切れてねぇな」
魔力の細い糸が繋がっている。
主従ではない。
もっと曖昧な関係。
「相棒、ってとこか」
「勝手に決めるな」
「嫌か?」
一瞬、答えに詰まる。
「……嫌じゃない」
「だろ?」
ニヤリと笑う。
◆
数日後。
結論は出た。
彼女は“世界に留まっている”。
聖杯戦争の残滓。
叛逆の概念武装との共鳴。
偶然と奇跡の産物。
「完全に人間にはなれねぇ」
「霊体にも戻れねぇ」
「中途半端だな」
「テメェに言われたくねぇ」
境界同士。
どっちつかず。
昼でも夜でもない。
「俺たちらしい」
健が笑うと、モードレッドは一瞬だけ黙る。
「なあ」
「なんだ」
「王に勝てなかった」
珍しく、静かな声。
「でも」
拳を握る。
「運命には勝っただろ」
視線がぶつかる。
「……ああ」
「テメェがな」
「一人じゃない」
すぐに返す。
モードレッドは鼻で笑う。
「共有、か」
本編で辿り着いた答え。
ここでも変わらない。
◆
夜。
屋上。
夕焼けではなく、群青の空。
「これからどうする」
健が聞く。
「暴れる」
「却下」
「冗談だ」
フェンスに腰掛ける。
「傾きそうな場所、探そうぜ」
「世界か?」
「街でもいい」
理想でも悪でもない。
極端に傾きかけた境界。
「叛逆はな」
モードレッドが空を見る。
「王様に向けるだけじゃねぇ」
「なら?」
「間違った“決まり”に向けるもんだ」
少し笑う。
「それがテメェの中立と組めば、ちょうどいい」
橙と紫が、夜の端に滲む。
黄昏ではない。
だが、似ている。
「なあ健」
「なんだ」
「消えんなよ」
「そっちこそ」
風が吹く。
不完全な輪郭が揺れる。
だが、消えない。
まだ。
完全じゃない。
未完成。
不安定。
それでも並んで立つ。
王に叛逆した騎士と、
結末に叛逆した魔術師。
どちらにも属さない二人は、
今日も境界の上で笑う。
番外編1 完