中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
⸻異変は静かに始まった。
聖杯破壊から一週間。
健の部屋の空気が、また揺らいだ。
「……今度はなんだ」
構えた瞬間。
光が落ちる。
そして――
「……寒っ」
床に座り込んだ金髪の少女。
霊体ではない。
半透明でもない。
完全な質量。
鼓動。
呼吸。
生身。
目の前にいるのはモードレッド。
だが、鎧はない。
霊基の揺らぎもない。
「……受肉、してる」
健が呟く。
「マジかよ」
モードレッドが自分の頬を叩く。
ちゃんと赤くなる。
「痛ぇ」
笑う。
「生きてるってことだな」
◆
原因は推測しかできない。
聖杯破壊の瞬間。
叛逆の概念武装と、健の黄昏が完全共鳴した。
霊基が砕ける代わりに、“座標”が固定された。
奇跡。
再現不能。
「つまり?」
「二度と起きない」
「上等だ」
モードレッドは笑う。
だが、すぐに眉をひそめた。
「……で、どうすんだ」
「何が」
「オレ」
英霊ではない。
騎士でもない。
王でもない。
ただの少女。
「帰る場所もねぇぞ」
静かな声。
初めて聞く、弱い響き。
◆
「ここでいい」
健は即答した。
「は?」
「部屋、空いてる」
「狭ぇだろ」
「広くする」
「どうやって」
「バイト増やす」
間抜けな沈黙。
「……バカか」
「知ってる」
目を逸らさない。
「消えるよりマシだろ」
モードレッドは黙る。
拳を握る。
王に認められなかった騎士。
存在を否定された叛逆者。
だが今は違う。
「ここにいろ」
健は言う。
「王じゃなくていい」
「騎士じゃなくていい」
「少女でいい」
風が止まる。
「……命令か」
「提案」
沈黙のあと。
「……断ったら」
「追い出さない」
「クソが」
顔を背ける。
だが耳が赤い。
「……世話になる」
◆
数週間後。
制服姿のモードレッド。
「動きづれぇ!」
「スカート踏むな」
「戦闘用じゃねぇだろこれ!」
学校の前で騒ぐ。
凛が頭を抱え、士郎が目を丸くする。
「説明しろ健」
「遠い親戚」
「嘘が雑!」
日常が増える。
洗濯物が増える。
食費が増える。
笑い声が増える。
◆
夜。
屋上。
夕焼け。
橙と紫。
モードレッドがフェンスにもたれる。
「なあ」
「なんだ」
「オレ、王になれなかった」
「ああ」
「でも」
空を見る。
「“普通”ってやつ、悪くねぇな」
静かな横顔。
戦場の顔ではない。
少女の顔。
「健」
「なんだ」
「お前、オレが騎士じゃなくなっても隣にいんのか」
「いる」
即答。
「叛逆しなくても?」
「してもいい」
「王に向けなくても?」
「俺に向けるな」
吹き出す。
「バカ」
「知ってる」
沈黙。
夕焼けが深くなる。
「なあ」
モードレッドが小さく言う。
「オレ、もう王に認められなくていい」
胸の奥の鎖が外れる音。
「お前に認められれば、それでいい」
風が止まる。
健はゆっくり息を吸う。
「俺は王じゃない」
「知ってる」
「理想もない」
「知ってる」
「でも」
橙の光が二人を包む。
「隣にいる」
短い距離。
触れられる距離。
叛逆の騎士ではなく。
不完全な英雄でもなく。
ただの少年と少女。
「……ならいい」
モードレッドが笑う。
強くなくていい笑顔。
「王じゃなくても」
「騎士じゃなくても」
「叛逆者でもなくても」
夕焼けを見上げる。
「生きてていいんだよな」
「ああ」
黄昏が二人を染める。
境界の色。
どちらにも属さない。
だが確かに存在する色。
王に選ばれなかった騎士は、
今度は自分で選ぶ。
戦場ではなく。
隣に立つ未来を。
番外編2 完