中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
⸻春。
駅から徒歩十五分。
少し古いが日当たりのいい二階建てアパート。
「せっま!」
玄関に入るなり叫ぶのは、
かつて叛逆の騎士と呼ばれた少女――
モードレッド。
「都内で二人暮らしでこの家賃は奇跡だ」
靴を揃えながら、健は淡々と返す。
大学二年。
魔術研究は水面下で続けつつ、表向きは普通の学生。
モードレッドも同じ大学に通っている。学部は違うが。
「キッチン狭い」
「改造するなよ」
「壁ぶち抜いたら広くなるだろ」
「却下」
やり取りは昔と変わらない。
違うのは、ここが“仮住まい”ではないこと。
帰る場所として選んだ部屋だ。
◆
完全受肉から数年。
霊基の不安定さは消え、彼女は完全な人間として生きている。
朝起きて、講義に出て、バイトをして、文句を言う。
剣を握る時間より、フライパンを握る時間のほうが長い。
「焦げてる!」
「焼き色だ」
「戦闘以外ポンコツか」
「うるさい」
笑い声がキッチンに響く。
◆
夜。
課題に追われるテーブル。
「お前、なんでレポート溜めるんだ」
「締切前のほうが集中できる」
「それ戦場理論だろ」
「同じだ」
健は呆れながらも、参考文献を差し出す。
モードレッドは一瞬、手を止める。
「なあ」
「ん?」
「オレ、普通に生きてるな」
「そうだな」
「たまに怖くなる」
ペン先が止まる。
「夢じゃねぇかって」
王に否定され、存在を拒まれた記憶。
それが消えることはない。
だが今は――
「夢なら覚めないように努力するだけだ」
「努力でどうにかなるのか」
「今までどうにかしてきた」
健は視線を上げる。
「お前もな」
数秒の沈黙。
「……卑怯だな」
「何が」
「そういうとこ」
顔を逸らす。
だが、笑っている。
◆
日曜日。
買い出し帰り。
夕焼け。
橙と紫が街を染める。
「懐かしいな」
モードレッドが呟く。
「屋上、思い出す」
「ああ」
あの頃は、いつ消えるか分からなかった。
今は違う。
未来が続いている。
「なあ健」
「なんだ」
「オレさ」
足を止める。
「王になりたかったんじゃねぇんだと思う」
「ほう」
「認められたかっただけだ」
風が吹く。
髪が揺れる。
「今は?」
「……まあ」
視線が合う。
「悪くねぇ」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
◆
部屋に戻る。
狭いリビング。
積み上がった教科書。
干しっぱなしの洗濯物。
「生活感が戦場より強敵だな」
「散らかすな」
「テメェもだ」
ソファに並んで座る。
テレビの音は小さい。
静かな時間。
「なあ」
モードレッドがぽつりと。
「もしまた何か起きたら」
「うん」
「戦うか?」
健は少し考える。
「必要なら」
「中立は?」
「守るために立つ」
昔と変わらない答え。
だが、今は隣にいる。
「ならいい」
肩が触れる。
自然に。
特別ではなく。
「叛逆は終わったか?」
健が聞く。
「いや」
モードレッドは笑う。
「今は運命じゃなくて、家賃に叛逆してる」
「現実的すぎる」
笑い合う。
◆
窓の外。
夕焼け。
境界の色。
昼でも夜でもない。
どちらにも属さない光。
かつては武器だった色。
今は、ただの景色。
「なあ健」
「なんだ」
「オレ、ここにいていいよな」
「ああ」
「王じゃなくても」
「いらない」
「騎士じゃなくても」
「必要ない」
少し間。
「恋人としてなら?」
健は一瞬止まる。
そして、苦笑する。
「今さら確認か」
「重要だろ」
小さく、だが真剣な目。
「……いる」
短い肯定。
モードレッドは満足そうに笑う。
「ならいい」
夕焼けが部屋を染める。
戦場を越え、
叛逆を越え、
結末を越えた先。
中立の魔術師と、王になれなかった騎士は、
今日も並んで黄昏を眺める。
武器ではなく、
生活を纏って。
番外編3 完