中立魔術師は黄昏を纏う 作:zeroが個人的に好き
⸻残業帰りの夜。
スーツ姿の健は、コンビニ袋を提げてアパートの階段を上がる。
鍵を回す。
「ただいま」
「遅ぇ」
リビングから顔を出すのは
モードレッド。
Tシャツにスウェットという気の抜けた格好。
かつて王に叛逆した騎士の姿は、どこにもない。
「飯は?」
「今温める」
「焦がすなよ」
「今日は焦がしてない」
「“今日は”?」
いつものやり取り。
変わらない日常。
◆
食後。
テレビの音は小さい。
窓の外は夕暮れ。
橙と紫が街を染めている。
「……綺麗だな」
モードレッドが呟く。
「久しぶりにゆっくり見た気がする」
「忙しかったからな」
研究機関での仕事は落ち着いてきた。
前線には出ない約束は守っている。
無茶もしていない。
少なくとも、表面上は。
◆
「なあ健」
「ん?」
「オレ、たまに思う」
視線は夕焼けのまま。
「王になりたかった頃のオレが、今見たら笑うだろうなって」
「なんで」
「洗濯物畳んで、家賃計算して、将来の貯金考えて」
「小せぇって言うだろ」
健は少し考える。
「言わないと思う」
「なんで」
「今のほうが強い」
沈黙。
「……強い?」
「誰かに認められなくても立てる」
「王がいなくても折れない」
「十分だろ」
モードレッドは目を細める。
「お前は」
「なんだ」
「昔からそうやって肯定する」
「事実だ」
◆
健はポケットに手を入れる。
小さな箱。
何日も前から持ち歩いていた。
だが、タイミングが分からなかった。
戦場では迷わなかったのに。
「……どうした」
「いや」
心臓が少しだけうるさい。
「一つ確認」
「何だよ」
「ここにいていいか」
モードレッドは笑う。
「今さらか?」
「一応」
「追い出す理由ねぇだろ」
「一生でも?」
空気が止まる。
風がカーテンを揺らす。
「……それ」
モードレッドの声が、わずかに低くなる。
「どういう意味だ」
健は箱を取り出す。
大袈裟な宝石ではない。
飾り気のない指輪。
「王でも騎士でもない」
「叛逆者でもない」
「ただの一人として」
箱を開く。
「隣にいてほしい」
言葉は短い。
だが迷いはない。
「結婚しよう」
◆
モードレッドは動かない。
視線は指輪。
そして健。
「……命令か」
「違う」
「提案か」
「願いだ」
数秒。
長い沈黙。
「オレは」
ゆっくり口を開く。
「王に認められなかった」
「騎士にもなりきれなかった」
「英霊でもなくなった」
目が揺れる。
「そんなオレでいいのか」
「いい」
「子供もできるか分からねぇぞ」
「それでもいい」
「オレ、怒るぞ。理不尽に」
「知ってる」
「家事も雑だぞ」
「改善の余地あり」
「叛逆するぞ」
「歓迎する」
沈黙。
そして。
「……ずるいな」
目尻が少し赤い。
「お前はいつも逃げ道を塞ぐ」
「逃げなくていい」
健は言う。
「もう戦場じゃない」
夕焼けが二人を染める。
「選ぶだけだ」
◆
モードレッドはゆっくり息を吐く。
「王じゃなくていいんだよな」
「ああ」
「強くなくても」
「ああ」
「弱くても」
「一緒に立つ」
その一言で十分だった。
「……なら」
手を差し出す。
「オレを選べ」
「もう選んでる」
「形式だ、バカ」
健は笑い、指輪をはめる。
ぴたりと合う。
「……似合う」
「当たり前だろ」
だが声は少し震えている。
「健」
「なんだ」
「今度は叛逆じゃねぇ」
「うん」
「誓いだ」
指が絡む。
剣ではない。
契約でもない。
ただの約束。
◆
窓の外。
黄昏。
昼と夜の境界。
どちらにも属さない色。
かつて武器だった光。
今は、二人を祝福する色。
中立の魔術師は、
もう孤独ではない。
叛逆の騎士は、
もう証明を求めない。
夕焼けを背に、
二人は並んで立つ。
運命に抗うためではなく、
共に生きるために。
番外編5 完
見直したけど全体的に短いな。なのでいつか修正するかもしれません