遠坂凛という魔術師は、合理主義者だ。
感情で動くことはある。だが、最終判断は必ず理で下す。
だからこそ、厄介だ。
「で?」
縁側。
士郎とセイバーを室内に残し、俺と凛は向かい合う。
夜気は冷たい。
「あなた、本当は何を知ってるの?」
単刀直入。
予想通り。
「さあ」
「とぼけないで」
即座に切り捨てられる。
「ランサーの襲撃タイミング、把握してたわよね」
否定できない。
「偶然だ」
「偶然で倉庫の前に待機する?」
鋭い。
さすがは遠坂。
「……ある程度の流れは読める」
「未来予知?」
「違う」
少しだけ間を置く。
「統計と推測だ」
「便利ね」
凛はじっと俺を見る。
嘘を見抜こうとしている目。
だが俺は核心には触れない。
原作知識など説明できないし、信じられるはずもない。
「目的は聖杯の破壊、だったわね」
「ああ」
「理由は?」
「汚染されている可能性が高い」
凛の目が揺れた。
「……根拠は?」
「過去の戦争記録」
嘘ではない。
第四次の結末は事実だ。
「それが本当なら」
凛は小さく息を吐く。
「私の家は、何を継いできたっていうのよ」
遠坂家は聖杯戦争の管理者側。
聖杯の正統性は、誇りそのものだ。
「壊すかどうかは、最後に決めればいい」
俺は言う。
「だが、情報は共有する価値がある」
「同盟?」
「期間限定だ」
モードレッドが背後で笑う。
「信用してねえくせに、よく言う」
「信用はしていない」
凛は即答。
「でも、敵に回すには厄介すぎる」
それは本音だろう。
「あなたのサーヴァント、強いわね」
「自慢だ」
「うるさい」
小さく笑う。
一瞬だけ、緊張が緩む。
「条件がある」
凛が言う。
「情報は対価制。隠し事はお互い様。でも裏切りは即敵対」
「妥当だ」
「あと」
凛はじっと俺を見る。
「士郎を利用するなら、容赦しない」
核心。
「利用はしない」
「本当に?」
「……揺らすかもしれない」
正直に言う。
「彼の理想は危うい」
「それは分かってる」
凛の声は静かだ。
「でもあの子は、あれしか持ってないのよ」
知っている。
だからこそ、壊したくない。
「壊すつもりはない」
「壊すのは聖杯だけ、って?」
「ああ」
凛はしばらく考える。
沈黙。
風が鳴る。
やがて。
「いいわ」
短く言った。
「暫定同盟。少なくとも、アーチャーはあなたたちを敵認定しない」
「助かる」
「ただし」
凛の目が細まる。
「あなた、自分を切り札にする気でしょ」
鼓動が跳ねる。
「何のことだ」
「自分が異物だって顔してるのよ」
今日二度目だ。
「世界の外側に立ってる目」
モードレッドと同じことを言う。
「……買い被りだ」
「違う」
凛は断言する。
「自分を最後の保険にしてる。最悪、自分が消えれば丸く収まるって考えてる」
鋭すぎる。
「それは」
言葉が詰まる。
「同盟条件追加」
凛が言う。
「勝手に消えるの禁止」
「は?」
「勝手に自己完結するのも禁止」
理不尽だ。
「それは契約にない」
「今追加した」
強引だ。
だが、目は真剣だ。
「聖杯が本当に歪んでるなら、私だって壊す選択肢は考える」
遠坂凛が言う。
それは重い。
「でもね」
一歩、近づく。
「そのとき、あなた一人に背負わせるつもりはない」
夜風が止んだ気がした。
俺は目を逸らす。
「……甘いな」
「優雅と言いなさい」
小さく笑う。
「均衡点よ」
凛は言う。
「あなたは壊す側。私は見極める側。士郎は救う側」
「役割分担か」
「ええ。だから――」
真っ直ぐ、こちらを見る。
「勝手にいなくならないこと」
胸の奥が、わずかに揺れる。
異物のはずなのに。
物語の外のはずなのに。
縛られている。
いや。
繋がれている。
「……善処する」
「それ曖昧」
「努力する」
「もっと曖昧」
凛は呆れながらも、どこか安心したように息を吐いた。
「まあいいわ。今はそれで」
夜は深い。
だがもう、俺は完全な観測者ではない。
均衡は崩れ始めている。
それでも。
壊すべきものは壊す。
その覚悟だけは、まだ揺らがない。
次回
「叛逆の火種」