夜は、やけに静かだった。
衛宮邸の庭先。
月明かりが白く地面を照らしている。
屋根の上に腰を下ろす赤い影。
「見張りなんて退屈だな」
モードレッドが足をぶらつかせる。
「戦争は始まったばかりだ。焦るな」
俺は隣に立つ。
「焦ってねえよ。ただ、暴れ足りねえだけだ」
口調は軽い。だが、どこか違う。
あの夜、ランサーと刃を交えたときの笑みはなかった。
「不満か?」
「別に」
即答。
だが嘘だ。
俺は少し考えてから言う。
「お前は、王になりたかったのか」
沈黙。
風が止まる。
「……急に何だ」
「なんとなく」
嘘だ。
なんとなくじゃない。
“叛逆の騎士”。
王を否定し、王を求めた存在。
モードレッドはしばらく空を見上げていたが、やがて鼻で笑った。
「なりたかったわけじゃねえ」
「じゃあ何だ」
「認めさせたかっただけだ」
短い言葉。
「俺は王の子だ。なのに、あいつは最後まで認めなかった」
声は荒れていない。
淡々としている。
それが逆に重い。
「だから叛逆した?」
「……ああ」
一拍。
「でもな」
月明かりの下、金の瞳が細まる。
「今なら分かる。あいつが認めなかった理由も」
「聞いてもいいか」
「聞くな」
即答。
そして、小さく笑う。
「未熟だった。力も、覚悟も、何もかも」
叛逆は、衝動だった。
だが後悔ではない。
「それでも叛逆したことは否定しない」
「当然だ」
モードレッドは俺を見る。
「で? お前は何に叛逆してる」
核心。
「世界か?」
俺は目を逸らさない。
「聖杯に」
「違うな」
即座に切られる。
「聖杯は象徴だ。お前が気に食わねえのは“決められた結末”だろ」
心臓が跳ねた。
原作通りの未来。
決まっている破滅。
士郎の行き着く先。
それを知っている。
だから壊す。
「……似たようなものだ」
「違う」
モードレッドは立ち上がる。
「お前は、物語ごと叛逆する気でいる」
図星だった。
俺は異物だ。
本来いない存在。
決められた筋書きを壊す存在。
「そのくせ」
一歩近づく。
「自分は最後に退場するつもりでいる」
またそれだ。
「必要なら消える」
「気に入らねえな」
低い声。
「叛逆するなら最後まで立て」
強い言葉。
「王に叛逆したなら、王を超えろ」
月光が剣の輪郭を照らす。
「世界に叛逆するなら、世界に残れ」
胸の奥が、熱を帯びる。
「俺はな」
モードレッドは言う。
「未熟でも、足りなくても、最後まで立つって決めてた」
結果は敗北だった。
だが、最後まで立った。
「お前は最初から負け前提だ」
「……違う」
「違わねえ」
言い切られる。
「異物だから? イレギュラーだから? 笑わせんな」
赤い瞳が燃える。
「この戦争に正規品なんざいねえ」
マスターも、サーヴァントも。
皆、歪んでいる。
「叛逆ってのはな」
拳を握る。
「自分を肯定するためのもんだ」
その言葉に、息が詰まる。
「俺は王に否定された。でも、自分まで否定はしなかった」
強い。
だからこそ、叛逆の騎士なのだ。
「お前は、自分を否定したまま戦ってる」
痛いほど、正しい。
俺は、異物だと思い込むことで線を引いている。
消えてもいい存在だと、どこかで決めている。
「……もし」
気づけば、口にしていた。
「全部壊して、誰も不幸にならない道があったら」
「あるのか?」
「分からない」
「なら探せ」
即答。
「壊すだけが叛逆じゃねえ」
風が吹く。
「守りたいなら守れ。変えたいなら変えろ」
一歩、距離を詰める。
「でもな、マスター」
真っ直ぐに俺を見る。
「勝手に消えるな」
凛と同じことを言う。
だが意味は少し違う。
「俺の叛逆に、お前は必要だ」
契約の言葉ではない。
本音だ。
胸の奥が、強く揺れる。
「……重いな」
「叛逆は重いんだよ」
にやりと笑う。
いつもの不敵な顔。
「俺は最後まで暴れる。お前も最後まで立て」
月が雲に隠れる。
闇が少しだけ濃くなる。
だが、不思議と視界ははっきりしていた。
俺は、何に叛逆している?
聖杯か。
結末か。
それとも――自分自身か。
答えはまだ出ない。
だが一つだけ分かった。
叛逆するなら。
最後まで立っていなければならない。
消える前提での破壊は、叛逆ではない。
それはただの逃避だ。
「……分かったよ」
小さく呟く。
「何がだ」
「まだ消えない」
モードレッドが笑う。
「当たり前だ」
叛逆の火種は、静かに灯る。
それは聖杯に向けられたものか。
それとも、定められた物語そのものか。
夜は深い。
だが、炎は消えない。
次回
「蠢く影」