違和感は、最初はほんの僅かだった。
「……霊脈の流れが変だ」
俺は地図を広げたまま呟く。
冬木市全体の魔力分布。
大まかな流れは把握している。
だが、柳洞寺付近。
そこだけ、濁っている。
「気のせいじゃねえのか?」
モードレッドが背後から覗き込む。
「いや」
俺は首を振る。
「吸われている」
川の水が一点に集まるように。
魔力が、静かに集束している。
原作知識が警鐘を鳴らす。
キャスター。
メディア。
柳洞寺を拠点に、霊脈を掌握し、結界を張る。
そして――
一般人を巻き込む。
「行くか?」
モードレッドの声は軽い。
だが目は鋭い。
「まだだ」
即答する。
早すぎる介入は危険だ。
キャスターは慎重だ。
正面から殴り込めば、罠に嵌る。
「様子見か」
「情報が足りない」
それは本音だ。
だが同時に。
俺は躊躇している。
原作では、犠牲は出る。
だが決定的な破綻はまだ先だ。
今動けば、流れが大きく変わる。
その結果、もっと悪い未来が来る可能性もある。
「……またそれか」
モードレッドが小さく呟く。
「何が」
「動けば壊れる、だろ」
図星だ。
「壊れるのは聖杯だけでいいんじゃなかったのか」
胸が痛む。
「分かってる」
「分かってねえな」
言い切られる。
「もう犠牲は出てる」
その言葉に、息が止まる。
俺は目を閉じ、感覚を広げる。
柳洞寺方面。
微かだが、人の気配が薄い。
夜だとはいえ、不自然だ。
「……魂を削ってるな」
キャスターの魔術。
直接殺さない。
だが、確実に奪う。
俺は拳を握る。
「今なら間に合うかもしれねえぞ」
モードレッドの声は低い。
「お前の“統計”だと、まだ軽傷なんだろ?」
皮肉だ。
否定できない。
「原作では」
そこまで言いかけて、止まる。
「何だよ」
「……何でもない」
モードレッドはしばらく黙り、それから笑う。
「未来知ってる目、してやがる」
心臓が跳ねる。
「本当に何者だ、お前」
答えない。
答えられない。
だが。
「キャスターは厄介だ」
話を戻す。
「陣地作成。霊脈掌握。長期戦型」
「つまり?」
「放置すると面倒になる」
モードレッドが口角を上げる。
「なら、叩くか」
その一言で、空気が変わる。
戦いの匂い。
「正面からは無理だ」
「なら?」
「削る」
霊脈の流れを乱す。
外周から結界の精度を落とす。
正面衝突は避ける。
「地味だな」
「死ぬよりマシだ」
俺は立ち上がる。
躊躇は、まだある。
だが。
犠牲を知っていて放置するのは。
それは、叛逆ではない。
「行くぞ」
「おう」
◆
柳洞寺の石段。
夜風が木々を揺らす。
静かだ。
だが、静かすぎる。
「気味が悪いな」
モードレッドが低く言う。
「罠は?」
「ある前提で動け」
結界の縁を探る。
目に見えない膜。
確かに張られている。
「完璧じゃない」
まだ初期段階。
今なら、外側から揺らせる。
俺は符を取り出し、地面に打ち込む。
魔力を逆流させる。
霊脈の流れが一瞬、乱れる。
空気が震えた。
同時に。
ぞわり、と。
背筋を撫でる視線。
「……見られてるな」
「ああ」
境内の奥。
闇の中。
女の気配。
直接姿は見えない。
だが確実に、こちらを認識している。
「派手にやるか?」
モードレッドが剣に手をかける。
「いや」
俺は首を振る。
「今日は挨拶だ」
さらに二枚、符を打つ。
結界が微かに軋む。
向こうも理解したはずだ。
“外から干渉できる者がいる”と。
「これで、向こうは警戒する」
「それだけか?」
「それでいい」
本格的に動けば、全面衝突になる。
今はまだ、均衡を崩さない。
だが。
放置もしない。
闇の奥で、何かが笑った気がした。
冷たい、女の笑み。
「面倒なことになりそうだな」
モードレッドが肩を竦める。
「最初から面倒だ」
俺は石段を下りながら言う。
背後の視線は消えない。
キャスターは、こちらを認識した。
これで、戦争は一段階進む。
蠢く影は、確実に形を持ち始めた。
そして俺は。
もう観測者ではない。
影に触れた。
ならば、最後まで踏み込むしかない。
次回
「魔女の提案」