パーペトレイターズ・ギルト 作:【自爆】
「……へぇ、ここがドラマの舞台になってたんだ」
ボクはレイアちゃんの素晴らしい演技を見た後、テレビを消した。
確かに魔法の力もあったとはいえ、人気になったのは自分の努力なんだ。
すごいな、彼女は人を笑顔にする力がある。
笑顔にする力。
そうだ、役者……テレビやネットに出る人達は多くの人を笑顔に出来るんだ。
全然思い付かなかった……ただでさえ狭い視野が狭くなってるな。
じゃあそれを目指すかと言われると、無理な気がする。
スマホのカメラを起動し、自分の顔を見てみるとそこには、良くも悪くもない普通の顔が写った。
醜い、人殺しの顔。
反射的にスマホを投げつけたくなるけど、ぐっとこらえて自分の顔の観察を続ける。
自分で言うのもなんだけど、昔はもっといろんな顔をしていた。
けど今は、ピクリとも動かない。
まるで、噛み捨てられて固まったガムみたい。
試しに笑顔を作ってみる。
一ミリも口角は立ち上がらない。
ボクはスマホの画面を黒く塗りつぶす。
うん、無理だ。
素質がない。
素質がないだけじゃない、今から努力したとしてもそれを活かせる時間がない。
この命を使えるのは三年とちょっと……時間が無さすぎる。
テレビで皆を笑顔にしよう大作戦、いい作戦だと思ったけど穴だらけだった。
「……バカだな、ボクは」
朝から何をしているんだ、ボクは。
こんなことを考えている暇があったら、折角の休日なんだから出来ることをしよう。
ボクは立ち上がって、慣れた調子で外へと向かった。
……そういえば、今日はヒロちゃんがいないや。
『私は今日家の用事でついていけない。君は一人にすると何をするか分からないからな、いいな、今日は休むんだ。分かったな?』
ヒロちゃんの言ったこと、忘れたことないよ。
ボクは靴を履いて外へと出た。
「平和だ……」
困ってる人がいない、それは希少で、大切で、美しくて、喜ばしいもの。
午前中いっぱいに散策しても、何もないというのは、なかなか嬉しい。
……嬉しいのに。
「虚無感がすごい……」
ヒロちゃんがいると、怒られそう。
目的と手段が反対になっているのが、自分でも分かる。
だからって、何もないからとわざわざ隣町まで来たのは、自分でもどうかと思うけど。
でも少しでもいいことをしないと、自分の存在価値なんて見つからない。
いや、存在価値なんてないんだけど。
……それなら、生きてると人を殺す可能性があるボクは、今すぐ死んだ方がいいんじゃないの?
「ダメだ、考えてるだけじゃ
ボクのやっていることは、ただの問題から目を逸らしてるだけ。
そんなこと分かっていても、今のボクはただ公園のベンチで項垂れているよりも、マシだと思ってしまっていた。
歩きつつ道の端等にポイ捨てがないか、流し見しながらまた考える。
ボクの今の状態はきっと鬱ってやつ。
鬱に詳しいわけではないけど、死にたくなったりする、落ち込んでいる精神状態ということは分かる。
実際親にもそれを疑われて、精神科に連れていかれたりしたこともあったけど。
まあ、知らぬ存ぜぬ元気ですと言って、押しきって事なきを得た……得た。
今は単純に暗い子として扱われてるから、なんの問題はない。
……でも、一番思うのは。
「化け物が人間らしく鬱になるなよ……なんてね」
死んだ人達は、苦しむという心すら、持てなかったのに。
「あら、随分と暗い独り言ね」
クスクスと明らかに笑っているその声は、ボクの背中を撫でるように流れてきた。
ふと自分の顔を触れて、そして思い出した。
ボクの表情は、驚いたら途端に働き始めることを。
どうしてここに、という考えすら浮かばなかった。
ゆっくりと振り向けば、行き交う人の中に一人だけ、ボクを見て笑う……いや、嗤っている、大人びた少女が、いた。
目が合えば、つかつかと近づいてくる。
「ごめんなさい、たまたま横から聞こえたものだから」
「それは迷惑かけちゃったね、お詫びした方がいい?」
「あら、してくれるの?」
「……そうだね、なんでもいいよ」
「なんでも、ね……♡」
一週目なら警戒してすぐ逃げてそうな状況だな、なんて他人事のように思う。
今は無くすものがない……むしろ無い方がいいものばかりだから、何でも差し出せる。
そういえば、ボクはこの子の欲しがりそうなものが想像つかないな。
対価として体を求めてきたけど、どこからどこまで本心なのかは、分からない。
そんなことを思っていれば、何か思いついた彼女が口を開いた。
「じゃあ、一緒にお茶をしましょ♡」
ボクは他人のことを全然知らないな、なんて。
レイアちゃんのことも思い出しながら、宝生マーゴに頷きを返した。
喫茶店に入るのは、だいぶ久しぶりだった。
それも誰かと入るのは、数年どころじゃないかもしれない。
ボクはメロンソーダの甘さを感じながら、マーゴちゃんに視線を移す。
余裕そうな笑みで机に両ひじをつき、手の甲に顎を置いているその姿は、同じ小学六年生とは思えない。
女の子は成長が早い、とは言うけどここまでなのかな。
いや、それにしては数年後のマーゴちゃんと比べるとまだ幼さを感じる。
もしかしたら、大人のようにならないといけない理由でもあったのかもしれない。
そこまで考えて、最近は話すよりも考えることの方が長いことに気づく。
待ってみても話す雰囲気すらないので、何となく話しかけてみた。
「ねえ」
「なにかしら?」
「どうしてボクをナンパしたの?」
「……ふふっ、面白い言い回しをするのね?」
「そういうの、好きそうだから」
「そうね……でも、うぶな子をからかうのも好きよ?」
「だろうね……で、どうして?」
「さて、どうしてかしらね?ただの気まぐれってことにしようかしら」
ふふとまた微笑み、紅茶を一口飲むマーゴちゃん。
ボクは小さく横に首を振って、それは違うと否定する。
「君は意味のない、なんとなくでは動かないよ」
「あら、あって数十分も経ってない、お互い名前すら知らないのに、言い切るのね?」
「……経験、ってことにしといてよ」
「若いのに、濃い人生を歩んでるのね♡」
「若いって言うなら、君も負けてないよ。作りすぎてるのが丸わかりなくらい」
そう言えば、今まで余裕な顔をしていたマーゴちゃんが少し固まった。
本当に若い……ボクが知っているマーゴちゃんは作っていることしか分からないほどに、余裕を持った話し方だった。
だけど、目の前のマーゴちゃんはその飄々とした雰囲気がない。
マーゴちゃんの特有の余裕がない。
ただ、それは成長したマーゴちゃんを知っていたから気づけたことだと思う。
マーゴちゃんもこんな時代があったんだと、ボクは新鮮味を感じながら喉を潤す。
「……そこら辺のおじさまなら易々と騙されてくれるのだけど、思ったより厄介な子ね」
「……おじさまか」
「ふふっ、体を売ってる訳じゃないわよ?少し話して、少し買い物をしてもらうだけ」
それって何かの犯罪じゃないの?とは聞かなかった。
そうでもそうじゃなくても、ボクの言葉が届くわけがない。
また、昔のことを思い出した。
昔の愚かなボクなら、必死に止めるのかな、なんて。
「他人の商売に口は出さないでおくよ」
「私は全然踏み込んできてあげてもいいわよ?折角なら、手取り足取り教えてあげる」
「対価は体で?」
「勿論♡」
「遠慮しとくよ」
そもそも、ボクの体にそんな価値はないだろうけど。
「で、どうして?」
「何が、かしら」
「ボクを誘った理由だよ。商売相手にするつもりって言うなら……」
「そんなつもりはないわ。それに、ついさっきいい商売ができたから♡」
「……それはよかったね」
「どうもありがとう♡それはそうと、そうね……質問に答えるなら、純粋に気になったから、よ」
ボクは驚きつつも、納得感もあった。
マーゴちゃんは、人の何かを知りたがるような気質があったから。
最も、あの場所だったから、というのもあるかもだけど。
マーゴちゃんは腕を自然な形に机に置いて、続けた。
「その目や、周りの空気。見たことがないもの、常人には発し得ない絶望感」
「……」
「知りたくなったのよ。あなたにあるはずの、そのトラウマを。あなたみたいなかわいい女の子がどうしてそんなに、って」
多分本当だ。
正直、ボクは周りに合わせるためにヘラヘラするのは得意だったけど、その考えていることを当てるのは苦手だ。
今もマーゴちゃんらしい考えを推理して、それっぽいのを当てはめているだけ。
「さぁ、教えて頂戴?あなたの心の闇……」
本人の言うように、ただの純粋な疑問か、それとも別の目的か。
ボクは、大勢の人を殺しました……そう言ったら、マーゴちゃんはどう返すだろう。
ふと、マーゴちゃんの言葉を思い出した。
ボクが裏切る瞬間を楽しみにしていた、なんて。
マーゴちゃんは人を信じていない……ううん、いなかったんだ。
それは、目の前のマーゴちゃんも変わらないはず。
そんな子が、ただ暗いだけのボクに声をかけたのは。
「……本当に、ただただ興味があるだけなんだね、君は」
「?そうよ、そういったでしょう?」
「特に、人が苦しんでるところが好き。多分そうだよね」
「……ふふ、そうよ?悩んで、困って、疑って、堂々巡り……そうして、人は真実を口にする……それが、一番信用できて、面白いもの♡」
「……やっぱり、若いね」
嘘をつくときは、真実を混ぜるといいと聞いたことがあるけど、その比率がまだまだ甘い。
でも、マーゴちゃんの言うことはあっている気がする。
マーゴちゃんの最期の言葉が、真実だったなら、きっと。
そうだ、ボクはマーゴちゃんに恩がある。
「君には恩があるから」
「恩……?」
「命を救ってもらったんだよ。……マーゴちゃん、君に」
久しぶりに見た、余裕が崩れたその表情。
なんだか口の達者なマーゴちゃんに勝ったみたいで、不思議な気分を感じる。
「……どうして、私の名前を」
「ボクはね、人を殺す魔女になるんだ。たくさん、たくさん。……怖いね」
「ちょ、ちょっと待って。次から次へと何を言ってるの?魔女?もっとちゃんと……」
「これ以上は、ボクが耐えられないかな」
未来のこと、話せば少しは変わるかもしれない。
でも、それはできない。
自分の
また、罪を繰り返してしまいかねないから。
ボクは立ち上がりながら財布を取り出して、そのままマーゴちゃんの前に置く。
「これ、話せない代わり。少ないけど、持っていって。……ありがとう、久々に話せて嬉しかったよ」
「待って、こんなのはいらないわ。だからあなたの知ってることを教えて、お願い」
「マーゴちゃんの頼みでも無理かな。マーゴちゃんだったからこそ、ここまで言えたんだけど」
そう言いながら、ボクをつかみ取ろうとする腕を避ける。
いろいろあったから、避けたり逃げたりするのにも慣れたな、なんて、感傷に浸りながら店を出た。
ちらっと後ろを見ると、支払いが済んでないと止められているマーゴちゃん。
ボクも搦め手ってやつが使えるようになったんだ、と思いつつその場を後にした。
今更、なんでここにいたんだろうという疑問が沸いてくる。
ヒロちゃん……は例外として、レイアちゃんに続いてマーゴちゃんにまで出会ってしまった。
ただの偶然なのか、それとも必然?
そんなことを考えていると、ふと思い出した。
「帰る用のお金、置いてきちゃった」