パーペトレイターズ・ギルト 作:【自爆】
旅行、二日目。
外は昨日と違って雪が降り、寒さはいっそう強くなる。
だからと言って、親が着せてくれたコートは少し厚く、暑い。
今日も親はまたまた外せない用事があり、一人で見知らぬ街へと繰り出そうとホテルから出ると、玄関の近くに見知った少女が立っていた。
ボクが気付いたと同時に、その子も気づいたようで笑顔で手をぶんぶんと振り、近づいてくる。
無視することもできず、仕方なくボクも向かっていく。
「エマさん!おはようございます!」
「もう昼前だけどね……おはよう」
どうにも今生のボクは、望んでいないのに人が寄ってきやすいらしい。
そういえば、厚着しているシェリーちゃんを見るのは……というか、今までの子を含め、ファンシー以外の格好を見るのは初めてだ。
それはともかく、ボクは聞いた。
「どうしてここに?」
「案内したのは私ですから!」
「そういうことじゃなくて……なんで来たの?」
「えー?分からないんですか?」
いたずらっ子のように、そう言ってくるシェリーちゃん。
ボクは分からないふりをしながら、理解していた。
「ボクは拒否したよ」
「どうしてですか?」
「言ったよ、友達を作る気は一切ない」
「じゃあ私も言いました!首を縦に振ってくれるまで追いかけちゃいますと!」
そう、ボクは彼女……シェリーちゃんに、友達になるように迫られ、断った。
理由はもちろん、未練を残したくないだけじゃない。
ボクなんかが、君の友達になれるわけがないから。
そんな権利なんか。
「……もう、ないだろうから」
「何がですか?」
「何でもないよ」
ボクはシェリーちゃんを通り過ぎるようにして歩き出した。
シェリーちゃんは当たり前のように、ボクの隣を歩く。
ついてくるな、なんて言ったところで止まる子じゃないのは知ってるから、そのまま好きにさせた。
学生は冬休みとはいえ、親のできるだけ人が少ない方がいいだろうという考えで、今日は平日。
人通りも車通りも少なく、お喋りしながら歩くのは最適だった。
「今日はどこに行きます?」
「とりあえず昼ご飯を食べに行く。別にコンビニでもいいんだけど……」
新しく貰った財布の中にある善意は、おいしいものを食べてほしいという親の愛があることくらい、今のボクにも分かる。
そしてふと少女が目に入り、いいことを思いついた。
「美味しいお店知らない?奢るよ」
「いいんですか!?ゴチになります!」
「全然いいけど遠慮を知らないね」
そういうとこ好きだよ。
「あ、でも学校で友達と奢ったり奢られたりするのよくないって、教えられてるんですよね~」
「友達じゃないから大丈夫だよ」
「じゃあ今だけそういうことにしときます!」
「この後もね」
そういうとこ苦手かも。
手のひらを返しつつ、ボク達は歩いていく。
どこにしましょうかと、うんうん唸っているシェリーちゃん。
それを見ながら、ボクは忘れていた疑問を思い出した。
見られていることに気づいたらしいシェリーちゃんは、当たり前だけど声をかけてきた。
「どうかしましたか?」
「昨日の君の言葉を思い出してた」
「……ああ!私とエマさんが似てるってやつですか?」
「真反対であるとも言われたよ」
「だってそうじゃないですか!同じように
「……ボクも君も、ありのままだと思うけど」
「いえ、そんなことはないですよ」
初めて聞くその声に、ボクは足を、思考を止めさせられた。
冷たい……いや、冷えすら感じないほどの無機質。
あの感情の赴くままのようなシェリーちゃんが、優しいシェリーちゃんが、こんな声を?
「……やっぱり!一目見た時からそうだと思ったんですよ~!」
次の言葉には、いつもの調子に戻った、シェリーちゃん。
それに気を取られていたボクは、自分のことを把握していなかった。
「今の顔、やっぱりそうですよ。エマさん、あなたは何もない仮面の下には、感情がある。私は、ないんです。作った仮面はいっぱい。でも、この下は何もない」
そう答えるシェリーちゃんはなんてことないように、当たり前のように続けて言った。
「だから、分かり合えると思ったんですよ!似た者同士、ですから」
ボクは、答えなかった。
似た者同士なものじゃ、ない。
「君とは違う。分かり合えないよ」
友達のためなんか、なんにもできないんだから。
シェリーちゃんは驚いた顔をしつつも、笑顔の仮面を張り付けていた。
ボクは自分を仮面で隠せるほど、そんな風に器用じゃない。
「えー、そんなことないと思うんですけどね~」
「そんなことあるよ」
「頑固ですね!」
「君もね……今どこ向かってるの?」
「美味しいお鍋が食べられる所です!寒い日は鍋に限るらしいですし!」
「いいね、ボクも大好きだよ……ん?」
普通の人間のようにやり取りをしていると、道の端に何か――誰かがうずくまっているのを見つけた。
ボク達は声を掛け合うこともなく、目を合わせるだけで駆けていた。
……やっぱり君は、優しいよ。
至近距離まで近づくとそれは金髪が映える女の子で、こんな日に過ごすにはあまりにも適していない恰好をしていることが分かった。
「大丈夫ですか?どこか具合でも悪いんですか?」
シェリーちゃんは屈んでそう案じ、ボクは任せながら自分のコートを少女に被せた。
ガタガタと震える背中は、いや体全体が小さく、ボク達よりもやせ細っている。
そして、その体から出た声も、細かった。
「大丈夫、ですわ……気に、しないで……」
ボクはどうして気づかなかったんだろう。
多分、助けることに集中していたからだったんだけど。
「大丈夫って言っても……エマさん、どうします?」
「……」
「エマさん?」
「……え?ああ……ちょっと待って」
今はそんなことに気を回す暇はないと、ごめんねと言ってから少女の体を軽く触る。
それをシェリーちゃんは感心した顔で見てきた。
「分かるんですか?」
「軽く勉強しただけ。詳しいことは分からない……けど。良くは無いのは確定だね」
「見たら分かりそうですね!」
「詳しいことは分からないって言った。でもこれは病院かな……」
「……っ」
「ここからだとちょっと遠いですね……救急車を呼びますか、警察も……」
「やめて!」
ボク達の相談は、その件の少女によって遮られた。
「病院も、警察も……やめて……」
今にも死にそうなのに、死んでも嫌だと感じさせるほどの拒絶だった。
確かに頑固寄りの子だったと覚えているけど、どうしてそこまで。
ちらりとシェリーちゃんを見てみれば、困ったように、理解ができないという顔をしながら自分の上着もかけていた。
「……改めて、どうします?」
ボクは少し考えるそぶりを見せ、ため息をついた。
「お鍋でも食べに行こっか」
外がどれだけ寒いとしても、個室で、暖房が効いてて、そして中心にぐつぐつと鍋があればむしろ熱い。
「嫌いなものとかありますか?」
「ボクはないよ。君は?」
「……ないですわ」
ボク達三人は仲良く、鍋を囲っていた。
仲良く、というには二人ほど表情が暗いけど。
シェリーちゃんが三人分の鍋をよそい、各々の目の前に置いていく。
「今更だけど、よく通してくれたね」
「父……の知り合いなので!結構甘やかしてくれてたので、行けると思ったんですよ!」
「強かだ……」
今の状況としては、最良だった。
いただきますと言ってから、ボクは一口食べる。
美味しい、それ以外の感想が見つからない。
語彙力が無いのもそうだけど、それ以外に表す気も起きないほどに美味しい。
「いや~いつ食べてもおいしいですよ、ここの鍋!」
「うん、沁みるね」
「……」
「あなたも食べてみませんか?あ、猫舌でした?」
「違いますわ、それに遠慮させていたでゃ……いただきます?」
つんとした表情で拒否?する、金髪少女。
それはもう食べたいと言ってるみたいなものじゃないかな……
暖かいところで体が休まったのか、頬は少し赤らみ、声にも元気が混じってきた。
「えー!?もったいないですね~……やっぱり嫌いなものありました?」
「そういうわけではなくて……私……わたくしは施しは受けませんわ」
「変な喋り方ですね!」
「へっ……変ですって!?」
「でも可愛いよ」
「そっ……れはどっちなんですの!?あなた真顔だから本心かどうか分かりませんわ!?」
「確かにお嬢様みたいな感じです、オシャレってやつですか?」
「ファッションじゃありませんわ!」
みすぼらしくて貧相な姿で言われても、と言いかけて黙る。
黙ったところで青空は口は開きっぱなしで。
雷のようなツッコミが駆けていく。
ボクはそれを見て聞いて、懐かしさを感じて。
二人の死を思い出す。
「エマさん、顔色悪いですよ?大丈夫ですか?」
「え?変わってますの?ずっと変わってませんけれど……」
「……さあね。そんなことよりも」
ボクから話題を逸らすために、ボクは金髪の少女に目を合わせた。
「君の名前は?聞いてなかった」
「突然ですわね……遠野ハンナですわ。以後お見知りよき……おき?」
「お見知りおきを」
「そうお見知りおきを!……って、分かってますわ!」
「元気だね、お腹すかないかな?」
「すきま……すきませんわ!」
元気だね。
だいぶ疲れているはずなのに、こうも声を張り上げられるのは元々の性格なのかな。
そうなら、ボク達とは違う――そう考えて……いや、ボク達も同じじゃない、そう思いたかった。
そう考えていると、元気のいい虫の音が聞こえてきた。
目を向けると、さらに赤く染まったハンナちゃんが。
「やっぱりお腹すいてるんじゃないですか~!はいハンナさん、どーぞ!」
「い、いらねーって言ってるでしょうが!!食べません!!」
「……うーん、どうしてそこまで?」
シェリーちゃんが単純な疑問をぶつけると、ハンナちゃんの顔には陰が照った。
「……わたくしなんかが、私だけが食べるなんて……」
寒さとは違った、震え。
シェリーちゃんと同じように、ボクはハンナちゃんのことを知らない。
だから、今の彼女が考えてることなんて、分からない。
いや、今も、かもしれない。
その自罰的なところは、どこか今のボクのようで……
……今日はどうにも、同類を増やしたい日らしい。
軽く頭を振り、どうでもいい自分のことなんて忘れて、目の前の子に集中する。
「……まあ、無理して食べることもないよ。さ、出よう」
「出るって、まだお鍋は余ってますよ?」
「別に、それがどうしたの?」
何ともないように言いながら、ハンナちゃんを見れば、あり得ないものを見るような表情。
それを気にせずシェリーちゃんに目配せすれば、なるほどと言いたげな顔をして笑った。
「……確かにそうですね!これくらい、いつでも食べられますし!」
「ハンナちゃん、行こう。途中までは送っていくから」
「あ、あなた達……!!」
「どうしました?」
二人してすっとぼければ、予想は通りになった。
「そんなこと許せねーですわ!これを用意した方に失礼だし、お金も食材も無限じゃねーですの!」
「そうだね」
「違いないですね!」
「分かってるならやめなさ……あ」
何かに気づいたらしいハンナちゃん。
ボク達は立ち上がろうとした足を止め、腰をまた下ろした。
そして新しい器に、温かい鍋を取り分ける。
それを、ハンナちゃんの前に置く。
「……いただき、ます」
今度は正しく言えたその言葉を聞いて、ボクは満足した。
ゆっくりと口に運びながら、目を輝かせて美味しいと呟くハンナちゃん。
それをいつの間にか隣に座っていた、シェリーちゃんがちょっかいをかけて、怒られる。
まるであの屋敷での、幸せな記憶の再現のようで。
その後は大した話はなく。
というより、何の力も持たない子供達には解決するすべがなかった。
そもそも、ハンナちゃんがそれを望んでいない様子で、ボクらは何も知ることはなかった。
だから唯一出来たのは。
「じゃあエマさん!さよならとは言いませんからね、ハンナさんもまた会いたいって言ってましたから」
「……そうだね。じゃあ、また」
「はい!私の初めてのお友達さん!」
「それには断固として反対なんだけどな……せめて、二番目にして」
「……!はい!!」
それ以上に言葉を作らず、ボク達は帰るために反対方向へと歩いていった。
……唯一出来たのは、二人と友達になることだった。
深く繋がるつもりはなかったのに、繋がってしまった。
嬉しくないことに、あの二人からは、どんなことがあっても離れることは出来なさそうだな。
自分か……青空にしか気づかない程度に緩んだ頬を確かめながら、また一人の女の子を想っていた。
「……ヒロちゃん」
今更ながら、描写が少ない絡みはこの後沢山絡みます。