パーペトレイターズ・ギルト 作:【自爆】
ほとんどの寒さは通り過ぎ、そろそろ春の陽気が近づいてきた季節であり、春休み。
そんな時期が来ると、ボクにもとあるものが近づいてくる。
「あ゛~~~~~……鬱だ……」
鬱だった。
前なら自分でも出さないと分かるくらいの、ガラガラの低い声。
ただでさえないテンションも低くなり、人助けの気分すら起きない。
ベッドの上で大の字になって、天井を眺めることしかできない。
どうしてこの時期なのか、それはなんとなく分かってる。
春という季節が(それにしては、少し早いけど)、あの場所を思い出すから。
あの場所と言えば、あの子達を思い出す。
レイアちゃん。
マーゴちゃん。
ナノカちゃん。
看守……ナノカちゃんのお姉ちゃん。
シェリーちゃん。
ハンナちゃん。
そして、ヒロちゃん。
そういえば、ちゃんと考えようとしたことはなかった。
どうして彼女達と出会ったのかを。
ヒロちゃんはともかく、一周目は他の子達とは牢屋敷で会うまで、出会わなかった。
なのにこうして、まるでそうであるのが正しいかのように、邂逅してきた。
一人二人なら偶然かもしれない、だけどすでに一年で半分も出会うのはおかしい。
……出会ってよかったのかな。
ボクと関わる人は皆不幸になった。
皆、ボクが殺した。
いずれ出会わなければならなかったとしても、必要以上にボクが関わるのは、あの子達の不幸になるんじゃないか。
いや、もうすでに不幸を与えてるかもしれない。
「じゃあ。なんで生きてるの?」
その声を聞いて、ボクは起き上がる。
春と鬱だけじゃなくて、もう一人やってくることをボクは忘れてた。
声の持ち主の方を見ると、そこには。
「そう思うなら、早く死ねばいいのに」
「……君がいると、鏡を見てる気分になるよ」
「だろうね。
比喩というより、本当に鏡を見ているのと変わらない。
違いと言えば、その翼ぐらい。
「それはどうでもいい。で、どうして?なんで生きているの?」
「さあ、ボクも分からない」
「嘘をつくのが下手だね」
「半分は本当だよ」
「半分は分かってるんでしょ」
「じゃあ教えてよ。その生きている理由を」
そう聞けば、その能面のような顔に三日月が浮かんだ。
「死ぬのが怖いから」
ボクは答えない。
「怖気づいたんだ。皆と出会って、幸福を感じた」
ボクは、答えない。
「キミは変わってるように見えて、変わってない」
ボクは……答えない。
「一人でいるのが寂しいのも、嫌われるのも、得意になった見てないふりで知らんぷりしてるだけ」
ボクは……
「キミの好きなヒロちゃんも、今度はもっと構ってくれてる。ヒロちゃんだけじゃない、他の子も見てくれてる」
……答えない。
「でも、それももう消える」
……
「キミが消す。ボクが消すんだ。マーゴちゃんに言った通り、沢山の人を。君が大切だと思ってる人を」
愉しそうに、嬉しそうに、そして。
悲しそうに、彼女はそう、呟いた。
ボクは無意識に立ち上がる。
彼女に見守られながら、棚の奥に隠してあった
荷造りなどに使える、丈夫で、長い紐。
さっきまでの身動き一つも取れないような状態じゃなく、てきぱきと動ける。
頭より一回り大きい輪っかを作り、それが天井からぶら下がるようにして括り付けた。
ベッドの上に立てば、目の前に輪がある。
「……なんだか、感慨深いよ」
いつの間にかボクの隣に立っていた彼女は、そう呟く。
「今までも同じように唆しても、あと一歩にも届かなかった」
「でも、あの子達と出会ったから、本当にあったんだと、罪を感じた」
「そう。夢で見続けた、偽りの罰で抑えられないほどに」
「……これで、満足?」
「キミが、最後の一歩を踏み出せば」
彼女はふよふよと浮き、輪を通して、ボク達は顔を見合わせる。
暗い、暗い、何も写さない黒い瞳。
だけど、間違いなくボクを見つめていた。
キミはどうして、ボクの前に現れたんだろう。
今更ながら、そんなことをぼんやり考える。
そんなこと、今更だっていうのに。
「……さあ、いこっか」
「……うん」
手を引いた――
「エマっ!!!」
「いっ……!?!?」
までは良かったんだけど。
突然現れた誰かに突き飛ばされたことで、首は締まらなかった。
代わりに、頭と背中を壁に強くぶつけることになったけど。
ぶつかった部分をさすりながら、その誰かに目を合わせる。
そこには、黒い綺麗な髪が目立つ、赤い少女がいた。
ボクはそれに気づいて、目を逸らす。
「不法侵入だよ、ヒロちゃん」
「……玄関から歓迎されたに決まってるだろう。今は、そんなことはどうでもいい」
間違いなく、怒ってる。
それも聞きなれてるレベルじゃない、過去最大の怒りだ。
なのにボクは、分かってることを聞いてしまった。
「……怒ってる?」
「怒ってないように見えるのか?」
希望はなかった。
腕を組んで仁王立ちしてるヒロちゃんは、妙に堂に入ってる。
「何をしていた?」
「……そっちこそ、何の用?」
「君が当分外に出ていないということを聞いてね、やってきた」
「答えになってない」
「ならこう答えたらよかったのか?休みだからと言って、ダラダラしているのは正しくない、と」
「違うの?」
よく正しくないと言ってるな……と思われてること、気づいてたんだ。
そんなくだらないことを考えていると、ヒロちゃんは呆れていた。
「君を心配して来たんだ。いけないか?」
「……それは正しいね」
本当に、正しい。
人は、人に優しくあるべきだと、ボクはそう思う。
……だけど、魔女には、その必要はあるの?
ヒロちゃんは、まだベッドに座り込んでいるボクの隣に立ち、紐を降ろしたかと思うと、それをポケットにしまう。
「これは捨てる。文句はないな?」
「……ない」
「それと、他に危険物がないか探させてもらう」
「……自由にして」
そう言い切る前に、ヒロちゃんは部屋の隅から隅まで探し始める。
ボクはそれを眺めながら、彼女を目で探す。
気づいていたけど、彼女はヒロちゃんが入ってくる頃には消えていて。
それでもまだ、いる気がして、探していた。
勿論、狭いこの部屋に隠れる場所なんてなく。
事が終わった様子のヒロちゃんの視線で、ボクは探すのをやめた。
「紐状のものは当分預かる。……となり、座ってもいいかな?」
「……いいよ」
ボクのまねをするかのように、壁を背にして、ボクの隣で足を伸ばす。
そこで流れるのは、沈黙。
横目で横顔を眺めると、何かを考えているようで、真面目な表情。
その何かを推理することは、ボクにはできなかった。
そういえば、
ヒロちゃんはいいとこのお嬢様だったから、なんだか入りづらくて。
尤も、ヒロちゃんを呼んでる時点で大差はない気もすると、今は思う。
「聞いても、いいか?」
「……誕生日がいつかとか?」
「そんな訳ないと分かっているだろう?」
「まあね。……大したことじゃないよ、怖くなった。だから、これ以上怖くなる前に死にたくなった」
それだけ、と言い切ると、そうか、と帰ってきた。
「……それは、死ぬのが?」
ヒロちゃんは、どちらがとは言わなかった。
ボクは、答えなかった。
「……正直に言おう。私は君のことが分からない」
「そうなんだ」
「どうして人助けに固執しているのか。それでいて、どうして他人を拒んでいるのか」
「……」
「私は正しくあるため、人助けをする。だが、一般的な感性を知らないわけじゃない。大抵人を助けたいのは、助けられたいからだ」
「……それは、正しくないよ」
前のヒロちゃんなら、憎しみが零れそうなくらいには嫌悪しそうなことを、平気そうに言っていた。
「ああ、正しくない。私は嫌いだ。でも……」
「でも?」
「分からなくなった」
ボクは、その言葉に、陳腐に驚くしかできなかった。
「正しいことは、正しいのか?とね」
「……は?」
「久々に見たよ、君の驚く顔。まあ、それ以外も見てみたいな」
「な、何言ってるの?君らしくない、ヒロちゃんはそんなこと……」
「私はそんなこと言わない、か?それを言えるほど、そこまで長く関わってないだろう」
「それは……」
そんなことない、そう言いかけて、止めた。
その通りだったから。
代わりに、ボクは聞くことにした。
「……どうして、そんなことを」
「私も、分からなくなってると気づいたのは最近だ。だが、そう考えた理由は……エマ、君と出会ってからなんだ」
「ボク、と?」
「覚えているか?初めて会った時のことを」
「……一応ね」
忘れるわけがない、今でも覚えてる。
でも、なんだか恥ずかしくて、何とか覚えてたふりをした。
「私は未だ、はっきりと覚えている。が……まだ、消えてないのか?」
「消えないって、お医者さんが言ってたからね」
「……私の記憶違いだったら良かった。……見ても?」
「……どうぞ」
ボクは、自分の片腕をヒロちゃんの方へと伸ばした。
彼女はそれを自分の膝に置いて、袖を捲る。
切傷が。
刺傷が。
火傷が。
そこには、無数の傷があった。
「……酷い、怪我だ」
「いいとは言えないね」
「ここだけじゃない。足も、胸も、お腹も……」
撫でるように、傷がある場所に手を伸ばして触れるヒロちゃん。
正しくないような気がするけど、多分無意識に触ってるから、突っ込みはしない。
代わりに、ボクから思い出し始めた。
「あれは……小学生になりたてだっけ」
「ああ。その時君も、学校に来ていたな。……だが、私達は知った。知ってしまった」
「……六年生に、いじめがあった」
「無駄に巧妙なものだったな。若かったとはいえ、私でも気づかなかった」
「今も若いでしょ。……噂では数年続いたんだっけ。だからもう、耐えれなかった」
「……飛び降り自殺を考えるくらいには、ね」
運悪く屋上が空いてる学校で、運悪く柵は乗り越えやすく、運悪く、死ぬ勇気が出てしまった。
それだけだった。
「一つだけ、運が良かったことがあるなら、君が傍にいたことだった」
そう言う割には、嬉しくなさそうな顔を浮かべる。
「エマ、君が……飛び降りる直前の彼女に手を伸ばした」
「そこで……初めて、会ったんだ」
「……君の顔をまともに見たのは、落ちた後だったが」
ボク達は、そこで話すのをやめた。
だからボクは、頭の中で続きを描いた。
引き止められたボクは、背中から勢いよく地面へと向かい。
叩きつけられなかった。
ただ、その代わり。
ボクは、植えられていた柵に突き刺さった。
それはボクを殺すほどの力はなかった。
大きな傷と、事実だけを、伝えてくるだけだった。
数週間後に病院で目が覚めたボクは、奇跡的に内臓を全て避け、驚異的な回復速度で怪我が治っていったことを聞き、知った。
既にボクは、人間じゃなかったことを。
「……怪我が治った後の君は、学校に来なくなり、狂ったように人助けに奔走した」
満足したのか、撫でるのをやめたヒロちゃんは話すのを再開した。
「私は陰ながら、それを見ていたよ」
「気づいてたよ」
「だろうな、だから私は声を掛けた。掛け続けた。君が必要以上に傷つかないように」
「……」
「まるで自分に罰を与えるように、全身に傷を残していった。正直に言って……怖かった」
ヒロちゃんの声はわずかに震えていて、それは今もなんだろうなとボクに思わせた。
なら、どうして。
「どうして、ボクに関わるの?」
「繰り返された質問だな」
「分かってる。でも、今なら本当のことを聞ける気がするから」
「……正直に言うとね、まだ言葉にできないんだ。自分のことだというのに」
「……やっぱり、らしくないよ」
「だから、それほどお互い言えるのか?……でも、確かなことは一つある」
ヒロちゃんは微笑みを、ボクに見せた。
「君を死なせたくない、だから傍にいる」
気づいていた、知っていた。
ほんの少し違うだけで、ボクが変わるだけで、周りは、世界は変わることを。
ボク達は間違いなく、あの頃とは違う存在だった。
それに気づいた頃には、もうすぐ中学生で。
大きな運命が近づいていることには、まだ、気づけなかった。