特級冷却材の無自覚無双~致死級の魔力暴走を「ただの風邪」だと思って看病していたら、国家最高戦力の美少女たちがヤンデレ化して俺を逃がしてくれない~   作:半歳独法

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第七特区直轄地『ルミナス学園』

 国営バスに揺られること二時間。

 

 車窓の外には、クロトが十五年間ほとんど見たことのない「外の世界」が広がっていた。

 

 ——と言っても、別に感動するような光景ではない。

 

 道路の両側に、異様にゴツい壁がそびえ立っている。高さ十メートルはある。表面には碍子《がいし》のような突起がびっしりと並び、時折、青白い電弧《アーク》が壁の表面を走る。

 

 『魔力遮断壁《ましりょくしゃだんへき》』

 

 女性の排熱(光)が住宅地に直撃しないように、都市を区画ごとに仕切る構造物だ。言ってみれば巨大な防火壁のようなもので、この世界の都市計画の基本中の基本である——と、中学の教科書に書いてあった。

 

 クロトは窓に映った自分の顔を見ながら、ぼんやり思った。

 

 (……風邪の飛沫《ひまつ》を防ぐためだけに、ここまでやるか、普通)

 

 地球の記憶がある。

 

 いや、「記憶」というほど鮮明なものではない。漠然とした常識感覚、価値観の土台のようなもの。前世の自分が何者だったかは霞《かすみ》がかっているが、「発熱=ただの体調不良」「風邪は寝てれば治る」「女がちょっと機嫌悪いくらいで都市ごと避難するのは頭がおかしい」という感覚だけが、妙にくっきりと残っている。

 

 十年間、男子だけの隔離校で過ごした。

 

 毎朝、教師が血走った目で叫ぶのだ。「女の魔力は猛毒だ!」「防護服なしで女に近づけば、お前たちは三秒で肉塊《にくかい》になるぞ!」と。

 

 同級生たちは青ざめて頷く。校門には高圧電流が流れ、女性教師は全身を覆う防護服の中から授業をする。体育の時間は、走るだけで全身が金属の擦れる音で合唱するカオスだった。

 

 クロトだけが、その一切を鼻で笑っていた。

 

 (だって母さん、毎日のように熱出して、俺に触ってたけど、俺は別になんともねえし)

 

 これが彼の認知の全てだった。

 

 母親はストレスを溜めやすい体質で、すぐ風邪をひく。熱が出ると甘えん坊になる。自分が手を当てると熱が引く。それだけ。

 

 「魔力」? そんなファンタジーな単語を、義務教育課程の国家カリキュラムで大真面目に教えている時点で、この世界の教育水準は地球の中世レベルだと、クロトは内心で結論づけていた。

 

 (まあ、非科学的な国のカルト教育だな。親父と同じで、みんな大袈裟《おおげさ》すぎんだよ)

 

 バスが減速する。

 

 窓の外に巨大な構造物が見えた。

 

 魔力遮断壁より遥かに高い、白銀の城塞。表面には何重もの六角形の防護パネルが蜂の巣状に配置され、その一枚一枚から淡い光が放射されている。

 

 正門には、重厚なゲートと、武装した女性兵士の姿。

 

 ——国家魔力防衛省・第七特区直轄地『ルミナス学園』

 

 極光種《きょっこうしゅ》の少女たちが集う「エリート隔離校」であり、同時に、選抜された男子を高波長帯《ハイ・スペクトル》の魔力に「適合テスト」するための、国家規模の人体実験場。

 

 公式パンフレットには「未来を照らす、男女共学の先進的教育機関」と書いてあった。

 

 クロトはパンフレットの写真——満面の笑みの男子生徒(明らかにCG合成で顔が引き攣《つ》っている)——を見ながら、「ふーん」と呟いた。

 

「共学か。まあ、隔離校よりはマシだろ」

 

 バスが停まる。ドアが開いた瞬間、車内の空気が一変した。

 

「ヒィッ——!?」

 

 前の座席で、一人の男子生徒が悲鳴を上げた。

 

 ——いや、「男子生徒」と言うべきか、「歩く金属塊」と言うべきか。

 

 頭から爪先まで、鈍色《にびいろ》の金属装甲で覆われている。鉛と耐熱繊維を幾層にも重ねた対光圧・生体拘束衣《アンチ・ルミナス・ジャケット》。重量およそ十五キログラム。胸部には国家認定の耐熱等級を示す刻印が打たれ、首元から顎にかけては遮光バイザーが展開可能な構造になっている。

 

 その装甲の隙間から覗くプラチナブロンドの巻き毛と、涙で潤んだ碧《あお》い瞳。

 

 少女漫画の表紙から切り抜いてきたような——しかし現在進行形で鼻水を垂らしている——美形の顔面。

 

 白金《しろがね》ルカ。クロトと同じ新入生であり、バスで隣の列に座っていた、出会って二時間の他人である。

 

「お、おお降りるぞクロト——いや待て、先に偵察《ていさつ》だ。外の魔力濃度を確認しないと——」

 

 ルカは装甲の胸ポケットから魔力測定器(携帯型・軍用グレード)を取り出し、震える手でバスのドアの外にかざした。

 

 ピピピピピ、と数値が跳ね上がる。

 

「き、基準値の八倍!? こ、ここはもう戦場だ……!」

 

 クロトはトランクを持ち上げ、ルカの横をすり抜けて、ひょいとバスを降りた。

 

 ジャージのジッパーを首元まできっちり上げたまま、春の空気を胸いっぱいに吸い込む。

 

「……いい天気だな」

 

「天気の話をしている場合かァァァッ!?」

 

 ルカがガシャンガシャンと装甲を鳴らしながら飛び降りてきた。その衝撃でバスのステップが凹《へこ》む。

 

 正門前の広場には、ルカと同じ重武装の男子生徒たちが数十人、固まって震えていた。全員が例外なく対光圧・生体拘束衣《アンチ・ルミナス・ジャケット》を纏《まと》い、互いの装甲の隙間をガムテープで補強し合い、ある者は般若心経を唱え、ある者は遺書を書いている。

 

 修学旅行の集合写真のつもりらしいが、絵面《えづら》は完全に最前線の塹壕《ざんごう》だ。

 

「……おい、あいつ」「なんだあの恰好……」「ジャ、ジャージ……?」

 

 ざわつく視線が、クロトに集中する。

 

 重装甲の軍団の中に、紺色のペラペラのジャージが一着。

 

 異質、という言葉すら生《なま》ぬるい。砂漠のど真ん中にビーチサンダルで立っているようなものだ。いや、もっと正確に言えば——原子炉の制御室にTシャツ短パンで入ってきた男だ。

 

「おい……あいつ、死にたいのか……?」

 

「いや、見ろよ、首元……鎖骨が……鎖骨が出てる……ッ!」

 

「公然魔力誘発《こうぜんまりょくゆうはつ》罪だろあれ!! 通報しろ!!」

 

 男子たちが口々に叫ぶ。その目には、嫌悪でも蔑みでもなく、純粋な「恐怖」が宿っていた。

 

 この世界で男が肌を露出することは、満員電車で起爆装置《きばくそうち》のスイッチを弄《もてあそ》ぶことに等しい。女の目に男の素肌が映れば、視覚的刺激により魔力生成が急激に促進され、最悪の場合、都市一つが蒸発する。

 

 だからこそ、男子は全身を鉛の装甲で覆い、素肌を一ミリたりとも晒してはならないのだ。

 

 ——と、教科書には書いてある。

 

 クロトは自分のジャージの首元を引っ張った。確かに鎖骨のラインが覗いている。

 

「重度の金属アレルギーなんだよ、俺。だからジャージの特例が出てる」

 

 嘘である。

 

 正確には、母親にアレルギーの診断書を偽造させた。理由は「重い防護服を着るのが面倒だったから」。それだけ。

 

 思春期の男子としては、極めて正常な「ダルいから制服改造した」レベルのモチベーションである。

 

 しかし、この世界においてその「ダルい」は、国家安全保障を根底から揺るがすテロ行為と同義だった。

 

「き、金属アレルギー……?」

 

ルカが装甲の隙間から覗き込む。

 

「そ、それは気の毒だが、せめて俺の予備《よび》の拘束衣を——」

 

「いらん」

 

「なぜだ!? お前は丸裸で戦場に立つ気か!?」

 

「戦場って……学校だろ、ここ」

 

 クロトは正門を見上げた。

 

 白銀の城塞。六角形の防護パネル。武装した門兵。

 

 ——まあ、確かに物々しいとは思うが。

 

「風邪予防にしちゃ、ちょっと大袈裟だよな」

 

「風邪!?」

 

 ルカの碧眼が限界まで見開かれた。装甲の胸部が、心臓の鼓動に合わせてガタガタと振動している。

 

「お前、今『風邪』と言ったか……? 女の魔力を、まさか——『風邪《ただのかぜ》』だと思っているのか……!?」

 

「違うのか?」

 

「違うに決まっているだろう!!」

 

 ルカは両手でクロトの肩を掴んだ。装甲越しなので、ガシャン、と物騒な音がする。

 

「いいか、よく聞け鳩羽《はとば》クロト……! 女の魔力——とりわけ高波長帯《ハイ・スペクトル》の極光種《きょっこうしゅ》の光は、浴びれば皮膚が爛《ただ》れ、骨が炭化し、五臓六腑が沸騰して、最終的にお前という存在が物理的に『蒸発』する絶対的な兵器だ! 防護服なしでその直撃を受けるということは——」

 

「へえ」

 

「『へえ』じゃない!!」

 

 ルカの涙腺が決壊した。

 

 プラチナブロンドの巻き毛が恐怖で逆立ち、碧眼から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。装甲の隙間を伝って、顎から雫が滴《したた》り落ちた。

 

「俺はもう二度と見たくないんだ……! ブラザーが野良の熱に焼かれて、『光るシミ』になるのを……っ!」

 

「お前、出会って二時間だよな俺たち」

 

「だからなんだ!! 男同士は全員ブラザーだ!!!」

 

 その絶叫が、穏やかな春の正門前に響き渡った。

 

 周囲の重装甲男子たちが、全員揃って敬礼する。「白金のアニキ……!」「漢《おとこ》の中の漢だ……!」と、装甲の奥から嗚咽《おえつ》が聞こえてくる。

 

 クロトは首を掻《か》いた。

 

 (……この世界の男って、やっぱ全員、親父と同じだな)

 

 父親の顔を思い出す。

 

 ——常に防護服を脱がず、妻の発熱に怯え、息子を置いて逃げた男。

 

 あの日、母親が熱暴走を起こしかけた時、父は自分を助けるどころか、玄関から転がり落ちるようにして逃げ出した。残されたクロトは、泣いている母親の額に手を当てた。熱が引いた。それだけ。

 

 ただの風邪から逃げたクズ。

 

 ——それが、鳩羽クロトの「父親像」であり「この世界の男性像」の全てだった。

 

「ま、好きにしろよルカ。俺は先に中入るわ」

 

「待て! 待ってくれ!! せめて俺の背中《じゅうごミリそうこう》に——」

 

 その時だった。

 

 ——バチ、と。

 

 空気が、裂けた。

 

 正門の方角から、焦げ臭い風が吹きつけた。春の穏やかな空気を引き裂くように、乾いた静電気の弾ける音が連鎖する。地面のアスファルトに、放射状の焦げ跡が走った。

 

「「「ッ——!!」」」

 

 重装甲の男子たちが、一斉に後退《あとずさ》った。

 

 ガシャンガシャンガシャンと、三十人分の金属が同時に軋む音。ルカに至っては、クロトの背後に回り込み、装甲の腕で彼を抱え込もうとしている。

 

「来たッ……! 来たぞ、ハイ・スペクトルだ!!」

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