【TS】熱源の魔女は涼みたい 〜喋れないので適当に頷いていたら、いつの間にか人類の救世主になっていた〜   作:えんえん

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1話

その場所は、地上から垂直に八百メートル。

六層もの特殊合金隔壁と、国家級の結界師が三交代制で維持する聖域、そして「それ」を閉じ込めるための三重の魔法封印陣。

人類の英知と恐怖を煮詰め、コンクリートで固めたような巨大な「棺」の最深部。

 

そこには、一人の少女がいた。

 

名を、カグヤ。

かつて一晩で一国家の軍隊を、その熱量だけで蒸発させたとされる『人類最大の禁忌(アポカリプス)』。

彼女の全身には、異様な光景が広がっている。

 

両手首、両足首、そして首筋。

白磁のような肌を締め付けるのは、一節ごとに古代ルーンが刻まれた漆黒の拘束具。それは彼女の体から漏れ出す熱を抑え込むための「冷却型封印具」であり、一つ一つの重量は百キログラムを超える。

さらに、彼女の背後からは十数本の鎖が伸び、壁に直結されていた。

 

「くっ、ああ……今日も、こんな……」

 

監視モニター越しに彼女を見つめる若き研究員、アルトは拳を握りしめた。

画面の中のカグヤは、うつむき、肩を微かに震わせている。

その瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

 

「彼女に何の罪があるというんだ!ただ、生まれ持った魔力が強すぎただけなのに……。あんな重い鎖に繋がれ、一歩も外に出られず、ただ熱を吸い取られるだけの機械のように扱われて!」

 

アルトの隣に立つベテラン、主任研究員のハンスが溜息をつく。

 

「よせ、アルト。あれは『災害』だ。彼女を憐れむことは、人類への反逆と同義だぞ」

 

二人の視線の先で、カグヤの唇がかすかに動いた。

音声モニターが、絶望に沈む少女の「悲痛な叫び」を拾う。

 

「ア……ア……ぁ」

 

 

 

 

(あー、マジで最高。このホクホク感、たまんねぇな)

 

私は、目の前の銀皿に載った「肉じゃが」のジャガイモを箸(という名の特注耐熱合金棒)で割りながら、心底感動していた。

 

まず言っておきたい。

私は元々、日本の安アパートでカップ麺を啜りながらネトゲに明け暮れていた、しがない男だった。それがどういうわけか、気づいたら異世界の、それも絶世の美少女(自称)に転生していたわけだ。

性別が変わったショック?そりゃ最初はあったけど、ぶっちゃけこの体、めちゃくちゃ燃費がいい。というか、勝手に熱が出る。

 

問題は、私の魔力が「ちょっと強すぎた」ことだ。

起きた瞬間、寝ぼけてクシャミをしたら、半径五キロの森が消し炭になった。そりゃあ国家もビビるわな。

 

で、結果として今のニート生活に行き着いた。

 

(いやぁ、この封印具、本当に神だわ)

 

私は手首についたズッシリと重い拘束具を愛おしく撫でる。

これ、一つ百キロ以上あるらしい。

前世の私なら一歩も歩けなかっただろうが、今の私は「最強の魔女(笑)」だ。この重さが、ちょうどいい。

適度に筋肉に負荷がかかって、動かなくても勝手に身体が引き締まっていく。自重トレーニングどころじゃない。全身常時ウェイトトレーニングだ。

 

おかげで、今の私の腹筋はうっすらと割れている。

鏡(というか磨き上げられた隔壁)で見ると、白い肌に浮き出る腹筋のライン。……ふふ、エロい。自分で自分を抱きたくなるレベルだ。TSして良かったことの一つである。

 

(おまけに、この『冷却封印』がまた最高なんだよね)

 

私の体質は放っておくと熱が上がりすぎる。

前世で言うところの「常に暖房MAXの部屋に閉じ込められている」状態だ。

そこにこの、国家予算を数年分ブチ込んだらしい冷却封印具。

これがキンキンに冷えてやがる。

首筋に当たる冷たい感触。まさに、全身にエアコンを巻き付けているようなものだ。

 

(飯はタダ。筋トレは自動。エアコン完備。セキュリティは世界一。もしかして、ここって天国?)

 

外の人たちは「可哀想な生贄の少女」を見る目で私を見てくるけど、勘弁してほしい。

私はここを出る気なんてさらさらない。

外に出たら働かなきゃいけないだろ?魔物退治?戦争?御免被る。私はここでジャガイモを愛でる隠居生活を全うするのだ。

 

と、その時。

 

ドォォォォォォォォン!!

 

隔離施設全体が、大きな衝撃に揺れた。

 

(え、なに? 地震?)

 

普段、ネズミ一匹通さないこの鉄壁の要塞が、悲鳴を上げている。

警告のアラートが赤く点滅し、スピーカーから切羽詰まった声が流れてきた。

 

『緊急事態! 緊急事態! 聖騎士団の残党が、結界を突破! 目的は——「熱源の魔女」の解放!』

 

私は箸を止めた。

……解放?

 

『カグヤ様ッ! 今、お助けに参りますッ!!』

 

モニター越しに聞こえてきたのは、聞き覚えのある、執着心たっぷりの女の声だった。

かつて、私の熱で村を焼かれ(ごめん、わざとじゃないんだ)、なぜかそれを「救済」だと勘違いして私に心酔してしまった、自称・一番弟子の聖女様である。

 

(……ちょ、待て待て待て。来んな。来るなよマジで)

 

せっかくのジャガイモが冷めるだろ!

あと、その「解放」って、この快適なエアコン(封印具)を外すってことか!?

やめろ!外は暑いんだよ!

 

私の願いも虚しく、一番外側の隔壁が、物理的な衝撃でひしゃげた。

 

「待っていてください、カグヤ様。その忌々しい鎖、私がすべて焼き切って差し上げます。そして、あなたを苦しめるこの世界を、一緒に……」

 

壁の向こうから、ドロドロに煮え切ったような、狂気に満ちた愛の波動が伝わってくる。

 

(あー、もう)

 

私は溜息をつき、最後の一つだったジャガイモを口に放り込んだ。

ゆっくり立ち上がると、ジャラリ、と全身の鎖が鳴る。

 

本人は「やめて、放っておいて」と言っているのに、周囲は「耐え難い苦痛から救わなければ」と燃え上がる。

そして、その救済の手が私の「安眠」を妨げるとき——。

 

(……ちょっとだけ、温度、上げなきゃダメかなぁ)

 

私を縛る漆黒の封印具が、私の不機嫌に反応して、真っ赤に熱を帯び始めた。

隔離室の内部温度が、一瞬で三千度を突破する。

 

これが、後に語り継がれる『地下神殿の惨劇(という名の安眠妨害への反撃)』の幕開けだった。

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