【TS】熱源の魔女は涼みたい 〜喋れないので適当に頷いていたら、いつの間にか人類の救世主になっていた〜   作:えんえん

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3話

聖王国へと続く北の街道。そこには今、歴史上類を見ない「局地的な地獄」が形成されていた。

本来なら冬の気配が近づく涼しい季節のはずだが、カグヤが歩く周辺だけは、空気が歪むほどの超高温に支配されている。

 

カグヤ――中身はニートの俺――は、重い足取りで進んでいた。

 

(……あ、つ、い……。無理。もう一歩も動きたくない。俺、前世でもこんなに歩いたことないぞ)

 

足元の地面は、俺が踏みしめるたびに「ジュッ」という小気味よい音を立てて結晶化している。

俺の体は、今や歩く原子炉だ。

首元にあった冷却封印具が破壊されてからというもの、俺の周囲は常にサウナ状態である。しかも、セルフ。

あまりの暑さに、銀色の髪が首筋に張り付いて不快極まりない。

 

(誰だ……誰だよ、美少女に転生したら人生イージーモードだって言った奴!)

 

そんな俺の横を、聖女クレアが心酔しきった表情で歩いている。

彼女は自分に幾重もの耐熱結界を張り、俺から漏れ出す「聖なる熱」を浴びて、どこか恍惚としていた。

 

「カグヤ様、もうすぐです。あの峠を超えれば、魔王軍四天王の一人、氷結将軍ゼノスが守る『氷結門』が見えてまいります。奴の冷気は、あなたの進む道を妨げる不遜なもの。私がその首を撥ね、あなたの踏み台に捧げましょう」

 

(いや、撥ねるな。大事にしろ。そいつ、絶対俺より冷えてるだろ。殺すなよ、絶対にだぞ!)

 

俺は必死に首を振った。

俺が求めているのは、敵の死ではない。

俺を芯から冷やしてくれる、高性能なエアコンなのだ。

 

「……っ、……ぁぁ、……あ!」

 

(頼むから! そいつだけは殺さないでくれ! 俺の安眠のために!)

 

精一杯の「お願い」を込めた掠れ声。

だが、クレアの解釈は今回も斜め上に突き抜けていた。

 

「……ああ、そうですか。命乞いすら許さぬと。あのような雑兵、あなたの手を汚すまでもないということですね。かしこまりました。完膚なきまでに『概念ごと』消し飛ばして差し上げます」

 

(ちーがーうーだーろぉぉぉぉ!!)

 

「――来たか。人類の最終兵器、熱源の魔女」

 

魔王軍四天王の一人、『極夜の将軍』ゼノスは、眼下の街道を真っ赤に染めながら近づいてくる「何か」を睨みつけていた。

彼は絶対零度の魔力を操る氷魔法の達人だ。

彼が立っている周囲数キロは、本来なら永久凍土と化しているはずだった。

 

だが、どうだ。

魔女が視界に入った瞬間、彼が丹精込めて作り上げた「氷の要塞」が、音を立てて溶け始めている。

 

「……馬鹿な。このゼノスの極冷気よりも、あやつ一人の体温が上回るというのか!? 報告では『喋ることすらできぬ儚げな少女』だと聞いていたが……。これではまるで、歩く太陽そのものではないか!」

 

ゼノスの額に、生まれて初めて「汗」が浮かんだ。

冷気そのものである彼にとって、それは生理的な異常事態だった。

 

「させるか……!魔王軍の誇りに懸けて、ここで食い止めてくれる!全軍、氷槍一斉射!奴の熱を、物理的に奪い尽くせッ!!」

 

ゼノスの号令と共に、数万本の氷の槍が空を埋め尽くした。

それは触れたものを瞬時に凍結させ、分子運動すら停止させる死の雨だ。

 

 

 

俺は、正面から飛んできた「それ」を見て、思わず目を輝かせた。

 

(あ、アイスの山だ)

 

空を埋め尽くす、青白く光る氷の槍。

普通なら絶望する光景だろうが、今の俺にとっては、天から降ってきた「ご褒美」にしか見えなかった。

 

(冷たそう! マジで冷たそう! 来い、俺のところへ来いッ!!)

 

俺は逃げるどころか、むしろ自分からその氷の雨の中に飛び込んだ。

隣でクレアが「カグヤ様自ら!? ああ、なんて果敢な……!」とか叫んでるけど、そんなの知るか。

俺は今、一刻も早く、この首筋を冷やしたいんだ!

 

ガキィィィィィィィン!!

 

氷の槍が、俺の肩や背中に直撃する。

本来ならそこで俺の肉体は凍りつき、粉々に砕けるはずだった。

 

しかし。

俺の体から溢れ出す無意識の熱――「暑いの嫌だ!」というニートの執念が、ゼノスの魔力を真っ向から蹂躙した。

 

シュゥゥゥ……ッ!

 

槍が俺の肌に触れた瞬間、それは停止する暇もなく蒸発した。

だが、その瞬間の「ひんやり感」!

 

(――はぁぁぁぁ、最高。これ、これだよ俺が求めてたのは……!)

 

俺はあまりの気持ちよさに、もっと冷気を浴びようと、氷の槍が一番濃い方向……すなわち、将軍ゼノスさんが立っている本陣に向かって全力でダッシュした。

 

「なっ……!? なぜだ、なぜ溶けない!? 槍を浴びて、なぜそんなに嬉しそうな顔をしているんだ貴様ぁぁぁ!!」

 

ゼノスが絶叫する。

彼が見たのは、無数の氷槍を全身で受け止め、蒸気の中から「もっとだ、もっと来い」と言わんばかりの恍惚とした表情(暑さが引いてリラックスした顔)で突っ込んでくる美少女の姿だった。

 

(お兄さん! 君、天才だよ! ダイ○ンの扇風機より冷える! ねえ、もっと冷気を! もっと左の方、冷やして!)

 

俺は感動のあまり、ゼノスさんの手を取った。

 

「お、お前……! 手を、手を離せ! 触るなッ! 溶ける、俺の『氷核』が溶けるぅぅぅ!!」

 

ゼノスが涙目で、情けない声を上げながら全速力で逃げ出した。

あ、待って。俺のエアコン、行かないで!

 

「……っ、……ぁぁ!(待って! 契約しよう! 俺の部屋に来て!)」

 

「ひっ、……来ないでくれぇぇぇ!!」

 

俺が必死に追いかけようとするほど、俺の魔力は高揚し、周囲の気温はさらに上昇していく。

結局、最強の氷結将軍は、俺と接触してわずか数秒で「熱中症」のような症状を起こし、情けない悲鳴を上げながら地平線の彼方へ消えていった。

 

 

 

「…………はぁ」

 

俺は、地平線の彼方に消えたゼノスさんを、名残惜しそうに見送った。

せっかく見つけた「動くエアコン」だったのに。

 

(でも、手のひらにまだ、ひんやりした感覚が残ってる。やっぱり、強い奴の冷気は質が違うな)

 

俺は、自分の指先から立ち上る、岩をも溶かすような熱気を、無自覚に振り払いながら溜息をついた。

 

「カグヤ様、ご不快でしたか? あのような不完全な冷気しか出せぬ不調法者、私が肉塊に変えておきますが」

 

「……っ、……ぁ(いいよ。それより、次はもっと冷えてる奴のところに行こう)」

 

「なるほど。より高位の『冷気』、すなわち魔王本人を直接冷房器具にする、と。畏まりました。まずはその中継地点として、聖王国の王都にある『国宝の氷室』を占拠いたしましょう」

 

(あ、それいい。氷室。響きが最高に涼しい)

 

俺は、次の「快適な寝床」を夢見て、王都へと歩き出した。

 

その背後で、聖王国へと続く森が、俺の笑顔(に連動した魔力放射)だけで、文字通り『消滅』した。

 

――こうして、人類の救世主(という名の暑がり)による、聖王国への「強行避暑」が始まったのである。

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