【TS】熱源の魔女は涼みたい 〜喋れないので適当に頷いていたら、いつの間にか人類の救世主になっていた〜   作:えんえん

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4話

聖王国の首都、ルミナリス。

千年の歴史を誇り、鉄壁の魔法結界を擁するその都市は今、歴史上最大の「物理的な危機」に直面していた。

 

だが、襲撃者は魔王軍の大軍ではない。

たった一人の美少女と、その横で悦に入った表情を浮かべる聖女。それだけである。

 

城壁の上に陣取る国王、そして騎士団長は、遠方から近づいてくる「異常事態」に言葉を失っていた。

 

「……報告を。何が、何が起きているのだ。なぜ冬が近いというのに、王都の噴水が干上がり始めている!?」

 

「は、はい……。現在、魔女カグヤの歩調に合わせ、王都へ続く街道が時速四キロの速さで『液状化』しております! また、彼女の放つ熱量により、周辺の雲がすべて消失。王都の気温は、現在……四十五度を突破いたしました!」

 

四十五度。それはまだ、彼女が数キロ先にいるからに過ぎない。

彼女が門をくぐった瞬間、この都は「オーブンの中のパン」になる。それが容易に想像できた。

 

「騎士団長! 結界を! 最大出力で展開しろ!」

「既に展開しております! ですが、あ、あれを見なさい!」

 

騎士団長が震える指で差した先。

カグヤが王都の外門に、その白く細い指先で触れた。

 

カチッ、という小さな音がした。

王都が誇る、伝説の聖者が張ったとされる「絶対不可侵の結界」が、まるでお湯に入れた氷のように、音もなく溶けて霧散した。

 

「……っ、……ぁぁ、……」

 

少女の掠れた、不満げな声が、静まり返った王都に響き渡った。

 

 

 

「……っ、……ぁ(やっと着いた。ここが王都?)」

 

俺は、目の前の巨大な門を見上げて溜息をついた。

……暑い。

街道を歩いている間、ずっとセルフサウナ状態だった。俺の銀髪はもはや熱を帯びて発光しているような気がする。

 

目の前の大きな門に触れたら、なんかパリンとガラスの割れるような音がして、ちょっとだけ涼しい風が吹いた。

 

(あ、今の結界?壊しちゃったかな。でも、触っただけで壊れるとか、この街のセキュリティ、熱に弱すぎだろ。もっと断熱材とか使えよ)

 

「カグヤ様、ご覧ください。王都の人々が、あなたの来光を震えて待っております。ああ……皆、膝を突き、その圧倒的な威光に汗を流し、悶絶しておられる。これこそ、真の支配者の姿ですわ」

 

(いや、みんな熱中症で倒れてるだけじゃないかな……)

 

実際、門をくぐった先のメインストリートでは、多くの住人がぐったりとしていた。

ごめんね、私、存在自体が迷惑で。

でも、私も我慢してるんだよ。この「冬場の満員電車で暖房MAX」みたいな、いや、それ以上の不快感。

 

早く、早く涼しいところに行きたい。

俺は必死に、知っている数少ない単語を頭の中で組み立てて、隣のヤンデレ聖女に伝えた。

 

「……っ、……ぁ(クレア、涼しいところ。一番冷えてる場所、どこ?)」

 

「……! おお、カグヤ様が自ら私に語りかけてくださるとは! なるほど、『最も不遜な冷気を放つ場所へ案内せよ』と……。かしこまりました。王宮の最深部、千年の氷を蓄える『王立大氷室』。そここそが、あなたの新たな御座(御座)に相応しい」

 

(そうそう、それ! 氷室! 早く連れてって!)

 

俺は必死に頷いた。

それを見たクレアは、顔を真っ赤にして(熱波のせいかもしれないが)、王都の中央にそびえ立つ王宮を指差した。

 

「道を開けなさい、愚鈍なる羊ども!世界の真なる主が、あなた方の宝物庫を『寝床』に選ばれました!拒む者は、その骨の髄まで沸騰させて差し上げます!」

 

(物騒なこと言うなよ……。まあ、案内してくれるならいいけど)

 

俺たちは、パニックに陥る王都を堂々と突き進んだ。

 

途中、豪華な鎧を着たおじさん(たぶん騎士団長様)が剣を抜いて立ちふさがったが、俺が「……っ、……ぁ(あ、おじさんの鎧、冷たそう)」と思って一歩近づいただけで、彼の剣は熱膨張で歪み、彼は「ひぃっ、太陽が、太陽が近づいてくる……!」と絶叫して逃げていった。

 

(……おじさん、失礼だな。俺、これでも中身は繊細なゲーマーなんだぞ)

 

 

 

そこは、王族が夏場に使う氷を保管するための、魔法的な極低温空間だった。

扉を開けた瞬間、冷たい冷気が溢れ出し、俺の熱気と混ざって猛烈な霧が発生する。

 

「……ぁぁぁ……。……っ、……ぁ(はぁぁぁ……生きてる、俺、今生きてるわ……)」

 

俺は、積み上げられた巨大な氷の塊の上に、そのままドサリと仰向けに寝転んだ。

ジュゥゥゥ……と、俺の体温で氷が溶ける音が心地いい。

 

(最高。何これ、最強。ここが俺の新しい自室でいいわ。もう一歩も外に出ない。一生ここでシャーベット食べて暮らす)

 

「お気に召して光栄です、カグヤ様。さあ、皆の者。このお方はこれより、この地下で『聖なる沈黙』に入られる。不敬な輩が近づかぬよう、そしてカグヤ様の『熱』を絶やさぬよう、国中の氷魔石をここに集めなさい」

 

クレアが勝手に仕切っている。

まあ、おかげで俺は、氷の上に寝っ転がったまま、召使いたち(震える騎士たち)が運んできてくれた最高級のシャーベットを口に運ぶという、究極のニート生活を再開することができた。

 

(もぐもぐ……幸せ。やっぱり王宮のシャーベットは違うな。これ、魔王軍の将軍より冷えてるんじゃないか?)

 

俺は、冷たい冷気に包まれながら、深い眠りへと落ちていった。

 

――俺は知らなかった。

俺がこの地下に引きこもったことで、王宮の地下から漏れ出す莫大な熱エネルギーが、王都の地下水路を循環し、完璧な「全自動暖房インフラ」として機能し始めたことを。

 

さらに、王都を覆う霧が魔法的な障壁となり、外敵からの偵察を完全に遮断。

「魔女を地下に服従させた(実際はもてなしているだけ)」という名目で、聖王国が周辺諸国に対して圧倒的な軍事的優位に立ってしまったことを。

 

 

 

「……っ、……ぁ(……ふわぁ……。よく寝た)」

 

氷の上で数日間寝ていた俺は、ゆっくりと身を起こした。

首筋に手を当てると、まだ少し熱い。

 

と、その時。

氷室の厚い扉が、勢いよく開かれた。

 

「カグヤ様!吉報です!次なる『冷房器具』……失礼、魔王軍の本隊が、あなたを奪還するためにこの王都へ向かっております!」

 

クレアが興奮した様子で駆け込んできた。

 

「……っ、……ぁ(え、魔王? ……それって、さっきの将軍より冷えてる?)」

 

「伝説によれば、彼の周囲では時間すら凍りつくとか。まさに、あなたがお召しになるに相応しい至高の氷ですわ」

 

「……っ、……ぁ(時間すら凍る……。……それって、実質『一生溶けない氷』ってこと!?)」

 

俺の脳内に、一つの理想的なビジョンが浮かんだ。

その魔王様をベッド代わりにすれば、俺はもう、一生暑さに悩まされることなく、永遠にニート生活が送れるのではないか?

 

(よし、会いに行こう。その魔王様に。俺の、俺のための、究極のエアコンに!)

 

俺は立ち上がった。

その瞬間、俺のやる気に当てられて、王宮の氷室に敷き詰められていた数トンの氷が、一瞬で蒸発した。

 

「……っ、……ぁ!(クレア、出発だ! 魔王を探しに行くぞ!)」

 

俺が指をさして気合を入れると、王宮の天井が熱膨張でバキバキと音を立てて崩落し始めたが、俺は聞こえないふりをした。

 

目指すは魔王。

世界で一番冷たい男。

 

俺の「究極のエアコン」探しの旅は、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。

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