貴女の顔を知りたい、貴方の心を知りたい   作:高町廻ル

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私は本物を知りたい

 みんな知ってる?この街には何でも願いを叶えてくれる魔法使いさんがいるんだって。

 

 知ってる知ってる。でも何でもでは無いみたいだよ。

 

 でもある人こう言ってるよ。あれは詐欺師だって。

 

 あそこの人はこう言ってるよ。こうなると知ってたら頼まなかったって。

 

 あんな意見の人もいるよ。思ってたのと話が違うって。

 

 でもそれは仕方ない話だよね。

 

 普通の人間が何の代償もなく、都合のいい様に美味しいとこだけ貰えるなんて…そりゃないよね。

 

 

 高校一年の春、入学式を終えて一ヶ月が経っておりクラスの浮き足だった空気もかなり薄れてきた。

 クラス内である程度仲良しのグループだとか、部活や委員会活動の先輩など誰もが何かしらのコミュニティを形成していた。

 一つの机に三人の男の子が囲って会話をしていた。

 

「あーわかるー」

 

 倉田読もまたその例に漏れず共通の趣味のある友人を作り、一端の高校生男子として立ち振る舞っていた。

 

「次の授業実験室だよな」

「そーいやそうだったな」

 

 読の友人二人がそう言う。

 そう言われて辺りを見渡すとクラスメイト達も教室の外に教科書を片手に出始めていた。

 皆が一様に「この授業が終わったら帰れる」とか「あとちょいで終わりだ」とかそんな事を考えている。

 

「実験室って遠いし急ごうよ」

 

 読はそんな意見を出す。

 間の休憩時間に対して移動距離が長すぎるのだ。

 

 三人組は教室移動の為に他クラスの前を歩く。すると移動先に人が十人ほど集まっていた。

 彼は何だろうと意識をその集団に向ける。

 

「でねー昨日は」

 

 その輪の中心には相羽玲奈と呼ばれる女子生徒がいた。彼女は朗らかに笑顔で応対をしている。

 同級生どころか二、三年もその名前を知っている。

 何故なら理由は簡単で、この学校一の美貌を持つマドンナだからだ。良くも悪くも沢山の人たちの注目を集める。

 

「すげぇ相羽さんだ」

「あんな綺麗な人中学までは見た事ねぇや」

 

 彼の友人二人は良いものを見たと眼福そうだった。

 読は相手の顔は知らないが名前聞いた事があった。

 三人はそのグループの側を特に関わるわけでもなく通り過ぎようとする。

 友人二人は一度だけチラリとその美貌を拝んでいたが、読はさしたる興味も湧かずに視線を向ける事なく隣を通った。

 

「へっ…?」

 

 読は玲奈の傍を通る時に耳を疑う様な声を聞いてしまい、つい声を出してしまう。

 

「ん?どうしたの?」

 

 玲奈は話しかけられたのかなと思い反射的に声のする方に、つまり読へと向ける。

 

「え?いや、何でもないです」

 

 彼は失礼にならない様に可能な限り相手の眉間あたりを努めて見てからそう言って立ち去る。

 

「あの人…」

「んー?玲奈の知り合い?」

 

 彼女の友人の一人が尋ねる、何があったのかと。

 

「違う…けどあの人」

 

 玲奈は倉田読という男の子の顔も名前も知らない。

 だがしかし彼女は去っていく彼の後ろ姿を見ながらまさかと思う。

 

(あんま関わんない方が良さそうだな)

 

 一方の読はこれまで敢えて距離をとっていたから気が付かなかった。

 しかし彼は去り際に相羽玲奈の持つ過去と秘密を知ってしまった。

 それは決して他言してはいけない事と分かってしまった。

 

 

 その日、問題は起きた。

 

「鍵が無い、心当たりはないか?」

 

 ホームルーム担任が教壇の前でクラス全員の前でそう言った。

 経緯は六限目の移動教室をする前にクラス委員が教室の施錠をしようとした時に鍵が無いことに気がつく。

 当然委員長は担任に報告を入れてから、一旦はスペアキーで施錠をする事になる。

 

(あーなるほど、だから委員長だけ実験室来るの遅かったのか)

 

 読は机で頬杖をつきながら成程と思う。

 

「心当たりがあるなら直ぐに教えて欲しい」

 

 担任の男性はそう言った。

 

「せんせー」

「なんだ?」

 

 クラスのお調子者ポジションの男が手を挙げて発言をしようとする。

 

「予備の鍵はあるんすよね?じゃあそれ使えば良いんじゃね?」

 

 彼のその意見に周りはその通りだとその思念が自然と伝播していく。

 とりあえず施錠が出来ればそれでいいのではないのかと言う大多数の民意が成立しそうになる。しかし担任は苦い顔をしている。

 

「鍵そのものは学校の備品だ。学校は備品の数を厳しくチェックするからな。一つだとしてもそれが紛失か窃盗なのかハッキリさせないといけない」

 

 先生の口から明確な窃盗という単語が出た瞬間、教室内の空気がピリつく。

 仮に窃盗なら犯人を特定しなければ帰れないのではという懸念がクラス内を覆う。

 クラス内が険悪な空気で満たされる。

 静かな教室内で様々な考えが充満する。「早く名乗れよ」「帰りたいんだが」「巻き込むなよ」とクラスメイトたちの考えはおおよそ一致していた。

読はそれらの思念を感じ取った。

 

「……」

 

 そして読もまた同じ考えを持っていた。その為解決を図る事にする。

 ふと目を閉じて集中する。すると流れてくるのはクラスメイトの大半が無関心か巻き込まれな事に対する苛立ちの中、一人だけが「どうしよう…」と後悔の念を抱いていたのだ。

 

(あいつか)

 

 彼が思念の届いた方へと視線を向けると少しだけ俯いた男子生徒がいた。

 

『言い出せない、言い出したら…』

 

 彼はここで鍵を隠した相手が悪戯でした事と、事態が大きくなった為に言い出せなくなってしまっている事を理解した。

 

「先生」

 

 読は手を挙げて発言したい旨をアピールする。

 

「倉田、何か知ってるのか?」

 

 先生は犯人が自首したのかと思った様だった。

 当然、読は犯人ではない為首を横に振る。

 

「すみません、鍵がどこにあるかは知らないです。けどもう一度教室をみんなで調べてみませんか?」

「え?」

 

 彼の出すその提案に先生だけでなくクラスメイトたちも驚くか、めんどくさそうにする。

 しかし一人だけこの提案に光明を感じた人がいる。

 

「みんなで探してみませんか?どこにも無いと思って焦って簡単なとこにあるのに見逃しているって可能性ありますよね」

「それは…」

「よくあるじゃないですか、一回落ち着いて深呼吸したら実は簡単だった的なやつ」

 

 実際頭に血が昇っていると簡単な事も出来なかったり、手こずるというのはある話ではある。

 

「うーん…」

「みんなで足元とかロッカー下とか探せば案外簡単に見つかるかもしれないじゃないですか。犯人探しはその後でもいいですよね?」

 

 クラスメイトたちは仕切っている読に対して不満を抱く者もいれば、その通りだなと考える人もいた。

 大衆の総意は取り敢えずみんなで探してみようかという流れになっている。

 先生もその流れを無視できず取り敢えず皆でもう一度探してみようという指示を出す。

 

「…おい」

「ひっ」

 

 読は少し経ったところでイタズラに鍵を隠した生徒の近くに行って、周りに聞いている人がいないか確認してからドスの利いた声で話しかける。

 

「俺だってさっさと帰りたいんだ、落ちてたのを拾ったふりでもして隠してる鍵出せ」

 

 読はそう言ってから無駄とわかってはいるが探すフリをする。

 その後、例の生徒が隠していた鍵をまるでたまたま見つけたかのように装って、この騒動は終結した。

 

 これこそが倉田読が魔法使いに願い事をした「代償」の一つである「人の心を読む事が出来る」力である。

 

 

「あの…読くん」

「なんだよ」

 

 背中から突然話しかけられたが、読は人の心を読むことが出来るため、突然背後から話しかけられても驚く事は無い。

 

「ごめんなさい、それで…ありがとう」

「くっだらね、謝るくらいなら最初からあんなバカな事やんな」

 

 彼は相手の謝罪に付き合う事もなく、またまともに向かい合いもせずその場を立ち去ろうとする。

 その塩対応に相手は顔を俯かせて、その対応に向き合おうとした。

 相手からしたら無駄に時間を使わされている、嫌われて当然なのだ。その事実を改めて痛感する。

 

「また明日な」

 

 彼は振り返りはしなかったが挨拶をする。

 相手が心の底から今回の件を反省しているのは伝わった為、取り敢えず怒るのはやめて許すことにした。

 

「ありがとう!また明日!」

 

 顔は見ていなかったが、それでも相手が晴れた表情をしているのは分かった。

 相手と別れてから階段を降りようとするがそこで視線を感じて足を止める。

 

「ん?」

 

 不躾な視線だった。もしくは興味深そうとも言える。

 

「すごいわね」

「はい?」

 

 突然話しかけられる。その声の主は相羽玲奈だった。

 

「相羽玲奈です。よろしくね」

「どうも倉田です。それで凄いって何のこと?」

 

 彼はしらばっくれようとするが相手は確信に満ちた表情をしている。

 

「誤魔化さなくてもいいわよ。貴方が私も同じで魔法使いにお願いをしているのは分かるわ」

「何だって…?」

 

 彼は人生で初めて相手から自分が魔法使いと接触した事を言い当てられて動揺する。

 

「やっぱりそうだ…」

 

 玲奈はぐいっと懐まで潜り込んで相手に向かって顔を近づける。

 

「いったい何を…」

 

 突然顔を近づけられて動揺してしまう。

 しかしそれは緊張や高揚ではなく、突然近づかれ驚いて警戒をしている。

 

「教室移動の時に感じたけど貴方の目線、どこか変だわ」

「目線…?」

「ええ、まるで人の顔が見えずらそうな変な感じ…私の顔を見ても好感どころか興味すら全く持たないなんて変だもの」

 

 そう言いながら玲奈は得た情報から相手について考える。

 

(もしかしてこの人相手の顔か表情が見えない?わからない?何の願いの代償かしら)

 

「何でそれを…」

 

 読は反射的に心を読んでしまい、ドンピシャで当たっていた為つい口から漏れしまう。

 いつもであればやらないミスだが余りにもイレギュラーが重なった為にポカをやらかす。

 

「そういう事ね、貴方のお願いは人の心を読む事あたりかしら?」

 

 自分の思考を完全に読まれたのを見て願いを当ててしまう。

 

「ごめんギブ」

 

 読は疲れた表情で両手を上げた。

 

「そうだよ。俺は願い事をして心を読む力を手に入れて、代わりに人の顔を認識できなくなった」

「なるほどね」

 

 玲奈は顔を近づけるのをやめて少しだけ距離を取る。

 

「ちなみに何で俺が魔法使いに接触したって分かったの?移動中の一瞬じゃわからないと思うけど」

「…………」

 

 玲奈は試しに心が読めるのか確かめるために頭の中で答えみせる。

 彼はその意図を察した。

 

「なるほどね」

「話が早くて助かるわ」

 

 彼女は元々読のいるクラスの友人に用があったのだ。しかし鍵の騒動のせいで友人と接触出来ずに外で待っていたのだ。

 教室内を覗くと明らかに動揺している男子生徒がいた。すぐに犯人の目星はついていた。

 その時読もまた犯人に当たりをつけているのが見えた。

 外から全体を見て当たりをつけるのと、当事者として重い空気の中で当たりをつけるのでは話が違う。

 もしかしたらと思いこうしてコンタクトを取ってみたというわけだ。

 

「当てずっぽうね。心を読んで焦らずに対応していれば」

「そうね。でも心や行動を読まれたり掌握されるなんて想定してなかったでしょ」

「まぁそりゃね」

「貴方にとっての人付き合いはコインの裏も表も無いものね」

 

 彼女は手を口元にやってくすくすと笑う。

 しかしその誰もを虜にする微笑みと仕草は読にはまるで通用しない。

 彼女にとってそれは初めての経験なのか軽く驚く。

 

「驚くんだね」

「不躾ね」

 

 その思考を読まれてちょっとだけ怒る。こう何度も心を読まれて気分が良くはない。

 

「心を読むのは強弱はつけれてもオンオフは出来ないんだ」

「それは不便ね。ごめんなさい」

 

 玲奈はここで考え込む。

 オンオフが出来ないのなら隠し事は通用しない事になる。

 そこまで恥の多い人生は歩んではいないが知られたくないこともある。

 

「んじゃまぁお互いに魔法使い絡みの事は忘れようか」

 

 読はそれを察して距離を取ろうとする。

 彼とて人の心の醜い部分に対して好んで触れたいとは思わないし、それが心を読める事を理解している相手なら尚更不快にはさせたくない。

 

「待って!」

 

 玲奈はそんな相手の思考すら想像した上で腕を掴んで引き留めた。

 彼女はここで手放したくなかった。やっと出会う事の出来た同じ苦悩を抱える理解者を。

 

「話す、私が魔法使いに何をお願いしたのか。だからここからいなくならないで」

 

 

 桐原玲奈はごく普通の女の子だった。

 毎日、朝起きてから学校に行って、授業を受けて放課後に友達と町中を歩き回って、そして家に帰ってご飯を食べてからイヤイヤ宿題をして寝る。

 その日常が崩れたのは小学五年生の時だった。

 

 たまたま夜遅く起きた彼女は喉が渇いたので一階の流しに向かうのだがそこで両親の怒号が聞こえた。

 彼女はそこで両親の仲が険悪であり離婚寸前である事を知った。

 

「嫌だ、嫌だ…」

 

 廊下でうずくまり頭を抱える。

 脳裏に浮かぶのは幼い頃の家族団欒の景色だった。

 願う。この離婚をやめて欲しいと、家族で一緒に暮らしたいと。

 

『いいよ。そのお願い叶えてあげる』

「え…?」

 

 その声が聞こえて顔を上げるとそこには顔や声にノイズがかかり、そして全体にモヤのかかったシルエットの誰かがいた。

 

「だれ…?」

『私はね、魔法使い。貴方のそのお願い叶えてあげる』

「お願い」

 

 正体不明の相手のはずなのに何故が玲奈は驚いたり怯える事なく話していた。

 その時点で異常事態なのだが何故が相手を懐に入れてしまっている。

 

『お父さんとお母さんの離婚やめさせたいんだよね?』

「出来るの?」

 

 何故か問題の相手がそのお願いを叶えられると思ってしまう。

 

『出来るよ、でもそのお願いは貴女にとって過ぎたお願い。だから代償を貰うね』

「代償?それはなに?何をあげたらいいの?」

 

 この時の彼女はもう離婚を止めれさえすれば何でもよかった。

 

『うん、その代償はね。「誰からも好かれる相貌と相手を魅了する力」だよ。つまり離婚をやめさせるには貴女はこれからの人生は誰からも好かれる様になって皆んながお願いを聞いてくれる様になるよ、それがお願いを叶える代償』

「え…?」

 

 それを聞いて拍子抜けてしまう。

 誰からも好かれてしかも何でもお願いを聞いてくれる?それは代償ではないと思った。

 もっと命のような大きなものを失うと思っていたのだ。

 

「お願い魔法使いさん、お父さんとお母さんの離婚をやめさせて」

 

 彼女はその禁断の果実に口をつけた。

 

 その次の日から彼女の生活は激変した。

 両親はあの日から離婚の話はしなくなり、口論もしなくなった。

 それどころか自分に優しくなって、お願いを聞いてくれて欲しいものは買ってくれる様になった。

 そして学校に行けば誰もがチヤホヤしてくれるようになった。

 魔法使いはこれを代償と表現していたがむしろご褒美ではないかと。

 しかしある日、それが大いなる間違いである事に気がつく。

 

 中学二年生の時にある事に気がついてしまう。

 両親は自分を介してでしか会話をせずに、二人きりになれば何も話さない、それどころか二人きりにすら極力なろうとしない。

 

(そうか…そうだったんだ…)

 

 これが魔法使いの言った代償なのだ。

 両親が離婚をしないのは玲奈の魅了の力で無理に婚姻関係を留めていただけで、二人の仲はもう修復不可能なだけだった。

 娘のためだけにこの家庭は歪められていた。

 

(何てバカなお願いをしたんだろう…)

 

 その事に気がついた次の日、両親の前で「自分の事は一旦忘れて決めて欲しい」と懇願した。

 幸いにも玲奈の願望はここでは強制されなかった。

 二人はあっさり離婚を決めて、玲奈は母親に引き取られて「桐原」から「相羽」になった。

 皮肉にも彼女の目には母親は離婚前よりも後の方がいきいきと楽しそうにしているように見えた。

 

 離婚した次の日、名前が相羽になってから周りの人が気を遣って色々と便宜を図ってくれたが、もう彼女はそれすらも素直に受け取れなかった。

 それらは全て魅了によって歪められた好意なのだと受け取り難かった。

 この孤独と罪悪感から逃げられない事が魔法使いの課した「代償」なのだと理解した。

 

 

「コレがざっくりとした私と魔法使いの話」

「そうか…」

 

 二人は場所を変えて近くの喫茶店で話していた。

 因みに何故か玲奈にお店からちょっとしたサービスが送られたがそれも魅了の力の一端だろう。

 

「貴方はどうなの?」

「……」

 

 読が話す義理は特にない。そもそも玲奈は興味はあるが強制はしていない。

 何故なら玲奈が勝手に聞いてくれと言って話しただけだからだ。

 しかし何故か彼は身の上を話していた。

 それは玲奈の持つ魅了とは関係ない、そうしたいと思ったからだ。

 

 

 母の眠る病床のそばで泣いていた。

 

「お母さん…」

 

 読の母親は意識不明の重体だった。

 医師の診断では手術こそ成功しても目を覚ます保証は出来ないとの事だ。

 そっと母の手に触れるが何の反応も示さない。何の声も聞こえない。

 

「お願い…」

 

 母と話したいと思った、声を聞きたいと思った。そう強く願った。

 

『いいよ、そのお願い魔法使いが叶えてあげる』

「誰…?」

 

 突然降って湧いたように声が届く。

 俯いていた顔を上げた先にモヤのかかった誰かがいた。声はまるでノイズがかかっているようで男なのか女なのか、年齢すら推測できない。

 

『お母さんとお話しさせてあげる』

「いいの?」

『うんでもお願いを叶える代わりに「代償」を払ってもらうよ』

「何でもいい!早くお母さんと話したい!」

 

 藁にもすがる気持ちでついそう言ってしまう。

 

『せっかちは損するよ?まぁいいけどね』

 

 そう言ってから魔法使いは強い光を放って消えていった。

 

『皆んな大丈夫かな…』

 

 声が聞こえてくる。耳で捉えるのではなく頭に響くような声。

 

「お母さん…?」

 

 彼はこの瞬間、他人の心を読む力を手にした。

 

「お母さんっ!」

 

 彼はギュッと母の手を握って聞こえてくる声を噛み締めた。

 

「どうした読?大きな声を出して」

「読ちゃんどうしたの?」

 

 そこで別室で説明を受けていた父と五歳上の姉、そして担当医が入ってくる。

 

「お父さん!お母さんの声が…」

 

 振り返ってその報告をしようとした時、彼は凍りついた。

 父と姉の顔がまるでモヤがかかったように見えないのだ。

 

「な、んで…?」

 

 彼のその疑問に答えるように耳元に声が響いた。

 

『相手の心の声が聞こえるなら「相手の顔と表情が分からない」それでも問題はないよね?』

 

 軽薄に感じる声と共にそう告げた。

 読が他人の表情が分からない症状に気がついた父親は、息子を精神科にすぐさま見せたが診断結果は母親が倒れた事による過度なストレスと断じられた。

 

 後に母親は奇跡的な回復を見せて激しい運動は出来ないがそれ以外の後遺症は残らず日常生活に復帰をした。

 しかし読の症状は母の回復とは比例せず一切改善しなかった。

 そして彼はもう家族の顔も思い出せない。

 

 

「そう…」

 

 玲奈は読が心の声が聞こえる理由と顔を認識する機能を失った理由を聞いて何も気の利いた事を言えなかった。

 

「別に慰めて欲しいわけでもないし」

 

 彼は紅茶に口をつけながらそう言う。

 

「心読めちゃうんだよね、やりずらいなぁ…」

「普段は力を抑えて喜怒哀楽を感じる程度にしてるんだけどな。それでも悲しんだり、心配したり、嘘ついてるかは一瞬で分かるから」

「心の声丸聞こえよりはマシだけどさ…」

 

 これまであらゆる人が自分に媚びたり優しくする中で、彼だけは気遣うくらいはするがそんな態度は一切見せない。

 ちょっとだけ癪だが自身の美貌も魅了も全く通用しない。

 当たり前だが顔の作りが分からないのだからそこで好悪の感情が湧かないのだ。

 

「あ…」

 

 そこで彼女はある事に気がついてしまう。

 目の前の相手はある意味では自分と対等に接してくるのだと。

 

「ねぇ、一つだけお願いがあるんだけど…」

 

 彼女は意を決して切り出す。

 久しぶりだった。断られるかもしれないお願いをするというのは。

 魅了は万能ではない。当然好きが裏返って憎まれた相手には効かないし、突然世界一周しろとかのような無理すぎるお願いは通せない。

 目の前の相手は自分のお願いや要望を必ずしも聞いてくれるとは限らないのだ。

 その事が久しぶりに怖いと感じた。

 

「いいよ、無理じゃない範囲なら。んで何?」

 

 彼は特に気負う事なくそう言った。

 目の前の相手はそこまで無理難題を出さないだろうと思ったからだ。

 

「私と付き合って欲しいの」

「無理」

 

 意を決した告白をあっさりと袖にした。

 

「無理な範囲じゃないならいいって…」

 

 ここまで秒でフラれるとは思ってなかっただけにかなりショックがある。

 

「その付き合ってってのは遊びに行こうみたいなノリじゃなくて男女交際の事だろ?無理だね」

 

 彼は今日知り合ったばかりなのに何故交際に話が発展したのか気になった為問う事にした。

 

「てか何で付き合うとかになるんだよ、訳がわからない」

 

 玲奈は心の中にある誰にも叶えてもらえないと思っていた願望を口にする。

 

「私はお願いをしたら多分ほとんどの人が付き合ってくれると思う。でもそれは嫌なのよ。相手も私を真剣に好きになって欲しいし、私も真剣に好きになりたい」

 

 切実でロマンチックな願いだった。だが玲奈の体質上叶えるのは殆ど不可能でもある。

 

「はーん、だから魅了が効かない俺ってわけね。誰と男女仲になっても必ず代償がチラつくから」

 

 彼はおおよその言いたい事は伝わった。成程と納得も出来た。

 

「うんだからお願い!お試しでもいいから付き合って!」

「いやだから無理だって」

 

 相手からかなりショックを受けている雰囲気を感じる、だが読からしたらその気もないのに付き合うのはあり得なかった。

 

「……」

 

 相手は取り付く島すらない相手の態度にどんよりと俯いている。

 彼もさすがに言いすぎたかなと少し罪悪感はあった。

 

(あれ…?)

 

 ここで彼は相手から悲しい以上に高揚している感情が溢れているのを感じた。

 

「真剣にお願いをしてるのに断られたのは初めてかも、すっごく新鮮」

 

頼めば大体のことは叶ってきただけに、それが通用しない相手にますます興味が湧いてくる。

 

「決めた!」

 

 彼女は両手の拳を握って何やら覚悟を決めて立ち上がる。

 

「普通に話しかける分には問題ないよね?」

 

 相手に生理的に嫌悪感を抱かれていたならば、もう接しない方がいい為、そんな伺いを立てる。

 

「別に玲奈さんの事が嫌いなわけじゃないけどさ…」

 

 相手をガッツリと振ったせいか、ついつい優しくしてしまう。

 事実別に嫌いではないのは事実ではあるが。

 

「じゃあ告白を受けるって言わせるまでアプローチをすれば良いんだよね!なんか燃えてきた!」

「何でこんな事になるんだ…」

 

 その宣言に彼は頭を抱える。

 人から好かれる事が当たり前の彼女は、自ら好かれる為、そして好きになる為に努力をする事となる。

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